2008年6月25日水曜日

一家心中、大量殺人事件続発について

 昨日、千葉県柏市にて老齢の男性が一家の人間を四人も殺害する事件が起きました。男性には知的障害があり一概に心中事件とは言えないのですが、どうもこの手の一人で何人も殺害すると言う事件がこのところ続発しているように思えます。もちろん正式な統計を見たわけではなく不確実なのですが、こういった事件が表沙汰になる件数が増えているのは間違いないので、ちょっとその辺について書こうと思います。

 まず一家心中ですが、確か去年にも中学、小学生の子供と心中しようと父親が凶刃を振るった事件があり、それ以外でも何度かこういった事件がこの一年でよく起きています。また、心中とは違った一人の人間による大量殺人事件も、今回の秋葉原通り魔事件を筆頭に、主に若い世代の男性によって何件か起きています。

 こういった事件の背景について私見ながらいくつか意見を出してもらうと、いわゆる格差が目に見えてはっきりしてきたのが一つの原因になったのかと思います。これは社会学を習った人間なら誰でも知っている内容ですが、19世紀にデュルケイムというちょっぴり暗そうなフランス人が「自殺論」という本で、自殺は景気の不況期に増加すると思われがちだが、好況期にも増加する傾向があると証明しました。実際に今の日本は表向きは数年前と比べるとよっぽど景気がいいのですが、自殺者の数は一向に減少する気配はありません。

 なぜ好況期にも自殺が増えるかと言うと、単純に言って、人間と言うのはみんなで苦労している間はそんなに不満は感じないのですが、何人かが羽振りがいいのを見ると、以前と同じ苦労をしているにもかかわらず不満が大きくなると言う、比較の心理がそうさせるようです。それこそ、2000年代初期のデフレ不況下では日本はどっちを向いても景気が悪かったのであまり大きな問題にはならなかったものの、このところは一部では景気が良くなってしまい、よくならなかった側の人間からすると前よりは幾分楽になったと言えども、なんとなく気持ちは素直になれないというような感じです。

 特に、私が警戒しているのはある言葉の変化です。それまで職に就かず職業訓練も受けない若者、つまりニートのことを「無気力な若者」と呼んでいたのが、ここ一年くらいで「現状に不満を抱く若者」という言葉に置き換わっている気がします。この言葉の変化がどういったところから来ているのか、また本当にそう変わっているのかまでは検証しませんが、なにかしらこういった気配を私は感じています。
 実際に、2004年の段階で現状を危惧する内容の記事を読んだことがあります。誰かは忘れたのですが、現在ニートとなって親の庇護下で生きている若者は将来親が年をとって庇護することができなくなった時が非常に危険だといい、その記事が出る少し前に起きた、「自分にも親にも将来がないことがわかっていたから」と言って、ニートの若者が両親を殺害した事件が今後も増えると予想していました。

 一家心中と若者の大量殺人、近いようで意外に問題の原点は近い気がします。しかしそれにしても皮肉なものと言うか、そこまで若者を追い詰めた景気の悪さが、良くなるとともに顕在化するというのも。

2 件のコメント:

  1. 確かに皮肉ですね。花園さんの意見は筋が通っていて納得させられます。人間は相対的にしか、自分を評価することができないのでどうしても他人と比べてしまう。その他人に当たる人が恵まれていればいるほど自分が恵まれていないと思ってしまう。日本の景気がよければ、恵まれている人が多いということになるので、その人達と比べて恵まれていないと思う人も多くなる。よって、自殺をする人も多くなるのでしょうね。

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  2.  この記事はちょっと内容が順を追わず、書きたい事をばらばらに書いたので、うまく内容が伝わるか心配してました。
     直接的な解決方法は、裕福な人の姿を見せないことです。そしてまた皮肉ですが、毎日散々北朝鮮の惨状を見せることが、ガス抜きに最もよいと思います。
     比較の概念はいつかまた書こうと思いますが、内容は非常に複雑になると思います。

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コメント、ありがとうございます。今後とも陽月秘話をよろしくお願いします。

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