2008年8月10日日曜日

スカイ・クロラを見て

 実は先週、友人に誘われて公開中の映画、「スカイ・クロラ」を見にいきました。詳しい内容は現在も公開中なので言えませんが、簡単に感想だけを書いておきます。

 具体的に言うと、この作品のテーマは終わりのない日常です。このテーマはこの映画の監督をしている押井守氏が何度も扱っているテーマで、「うる星やつら ビューティフルドリーマー」という作品でも、楽しい時間である文化祭の準備が永遠に続く世界というものを書いています。

 作中に、主人公は終わらない日常ということに対して、「普段歩く道、その中の些細な変化だけでは、満足することはできないのか?」という自問をしております。実は私も、このテーマについて昔から延々と考えていた時期がありました。高校時代には非常に中途半端な形でしたが、「永遠」ということについて考える小説も一本上げています。

 極論を言ってしまうと、人間というのは何かしら目に見える形で自らを含めた周囲の変化を確認しないと、生きていけない人間だと思います。共産主義の硬直化した社会や、同じことを繰り返すサラリーマンの日常、どちらも「人間的ではない」と大抵の人は批判します。逆に、変化が目に見えてわかる子供の成長などは、非常に好感を持って受け止められます。

 ちょっと話は外れますが、ゲームジャンルのなかでRPGというものが何で高く評価されるのかといったら、それはやっぱりキャラクターがレベルが上がるなどして成長するからだと思います。スタート時からずっと同じ装備で延々と同じ敵を倒すシューティングやアクションなどは、やっぱり辛口の評価を受け安いと思います。ファミコンの、「怒」はおもしろかったけど。

 しかしその一方、激しい変化に対して人間は極度の疲労を感じるのも事実です。最近だとめまぐるしい家電製品の進歩やパソコンの新機能に対して、「この際ウィンドウズは2000でもいいじゃないか」という人もでてきた……のかな、私はそうなんだけど。歴史的な事例だと、E・フロムがドイツでナチスのようなファシスト政権が誕生したのは、第一次大戦後に急激に民主化がが行われために国民は不安を感じ、逆に硬直的で保守的な政策を採ってくれるナチスを待望したためと分析しました。

 こういう風に言ってると、変化が全くないと嫌だし、かといって変化が激しくとも嫌だという。人間って本当にわがままですね。ただこれまた極論を言うと、変化の究極点というのは、やっぱり滅亡だと私は思います。それならばまだ、少ない変化でも満足できる人間の方がすばらしいのではと思い、レトロな趣味を持ち続けていこうと心に誓う次第であります。

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