2008年8月12日火曜日

漫画家による小説の表紙絵について

 去年、太宰治の著作「人間失格」が漫画「DEATH NOTE」で有名な小畑健氏によって表紙絵が描かれるや爆発的に売れ出したということがありましたが、その後も二匹目の泥鰌とばかりにこのところ人気漫画家の表紙絵で飾る文芸小説の出版が増えております。代表的なのは「伊豆の踊り子」や「地獄変」、「こころ」などがあり、こういった一連の動きに対して中には「これじゃただのラノベ(ライトノベル)だ」と、批判する人もいるようです。ですが私の意見としては、少なくともこういった名作を読まないよりは読む方がいいに決まっているので、表紙絵が人気漫画家によって書かれたことによって手にとるきっかけになるのだったら、別にいいのではないかと思っています。

 と、いいのではと言いつつ、実は私も内心ではこういう表紙の小説が増えていることに対して忸怩たる思いを感じてしまいます。というのも、私は以前にかなり熱心に小説を書いていました。やばい時なんか一日二十枚ペースで毎日書いていき、投稿も結構やっていました。しかし、ちょうど5年前の初夏、本屋である小説が平積みにされているのを見てピタリと小説を書くことをやめました。その小説というのも、今も爆発的な人気を持っている「涼宮ハルヒの憂鬱」です。
 別にこの小説を読んだわけではありません。読んだわけでなく、表紙を見て気づいたのです。

「ああ、もう美少女を前面に出さないと、小説は売れないんだな」
 
 実は私の投稿先というのはいわゆるライトノベルと言われるジャンルの小説賞でした。私自身、アクション映画や戦闘アニメが大好きなので、そういう活劇的な表現が自由に許されるライトノベルでアクション小説を書きたいと思っていました。しかし私が書くことをやめた五年前にはもう、本屋においてあるライトノベルの小説の表紙は皆、美少女が描かれたものしかなくなっていました。
 別に美少女を出すことを否定するわけではありません。物語のエッセンスとして、美形のヒロインは大抵必要になるでしょう。しかし、何でもかんでも美少女を中心におかなくてはいけないというわけでもないでしょう。

 ですが今の本屋を見ていると、やっぱり表紙に美少女を描かないと小説は売れないようです。スピード社の水着じゃないですけど、本が売れるのは小説の話のおかげなのか表紙の絵のおかげなのか、これじゃ全くわかりません。そういうことに気づいたとき、多分自分の小説は評価されないだろう、売れないだろうと思い、ぱっと小説を書くことをやめてしまいました。

 今回の文芸小説の売り上げも、やっぱり表紙に負う所が多いのでしょう。内容が評価されず、外っ面ばかりが重んじられる世の中を私は昔から批判してきましたが、ここまで影響力が強くなってしまうと、なんか声を上げる気力すらなくなってきました。願わくば今回そうやって文芸小説を手にとった読者の方がその文芸の面白さに気づき、他の文芸作品にも自主的に手にとるようになり、中身のわかる読者へと変わっていってもらいたいものです。そういいつつ、私も「NHKにようこそ」というライトノベルを、表紙絵が私の大好きな安倍吉俊氏が書いていたから買っちゃったんだけど。内容はやっぱり面白くなかったけど。

2 件のコメント:

  1.  確かに最近美少女を前面に出した小説をよく見ます。僕の周りにもそういうのを読んでる人が多いですが、僕は1度も読んだことはありません。もちろんその中に面白いものはあると思いますが、外見重視の作品に違和感を覚えるのでそういう小説は買わないようにしています。それでも他の小説は読みます。最近では、三津田信三の「禍家」を読みました。久しぶりに心底怖いと思う作品にであえたなと少し感動しました。僕みたいなのは多分少数派だろうけど評価してくれる人はちゃんと評価してくれるのではないでしょうか?

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  2.  なんだかんだ言って、良い小説は見てくれる人は見てくれていると私も思います。しかし出版不況とあいまって、実力があるのに本を出してもらえない作家も多いらしく、文学界を取り巻く現状はあまりいいとは言えませんね。
     このブログでも小説を連載しようかと企画中ですが、なかなか書き始められないなぁ。

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コメント、ありがとうございます。今後とも陽月秘話をよろしくお願いします。

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