2011年6月11日土曜日

人質立てこもり犯に対する射殺の是非

瀬戸内シージャック事件(Wikipedia)

 私くらいの世代であれば上記リンク先で書かれている「瀬戸内シージャック事件」について知らない方々が多いかと思われます。この事件の概要を簡単に話すと、盗難車両で運転中に検問に引っかかった当時20歳だった犯人は仲間らと逃走し、その逃走中に銃砲店を襲ってライフルなど銃器を強奪すると広島港に停泊中だった「ぷりんす号」を襲って乗客、船員を乗せたまま乗っ取りました。その後犯人は途中で乗客を解放したものの船員は人質にし続け、何度も発砲(散弾は64発、ライフル銃弾は50発)しながら海上で篭城を続けていましたが、最終的にはその存在すら隠されていた大阪府警の狙撃部隊によって射殺されて落着しました。

 この事件がどのような影響を与えたかと言うと、言うまでもありませんが犯人射殺の是非です。Wikipediaの記事によると当時の新聞はほとんどが「射殺もやむを得ない」と立場をとり、「あの」といったらなんですが朝日新聞ですら是認したそうです。しかしいつの世にもこういうのがいるもんだと言うべきか、自由人権協会のある弁護士によって犯人を狙撃した狙撃手が殺人罪で起訴されました。曰く、頭部ではなく手足などを狙えば十分であったのではという意見だったそうですが、最終的に裁判では県警らの正当防衛が認められて無罪とはなったものの、その後の犯人逮捕における銃使用条件に影響を与えたとされます。

 この事件を踏まえて今回私が提起したい問題は、人質をとって立てこもる犯人を射殺するべきかどうかです。結論を言えば私は有無を言わさず即刻射殺するべきだという立場をとります。
 私が何故このような立場をとるのかと言うと、人質をとって立てこもられた場合は人質自身の安否はもとより対応する警察も大きな危険にさらされるからです。いちいち挙げませんが主だった立てこもり事件では多くの殉職者が出ております。しかもこの手の事件は人質をとっている犯人側の立場が強く、食料などを要求することで事件が長期化することも少なく、長期化すればするほど人質の安全に影響する可能性を考えれば狙撃による犯人射殺という手段を積極的に採用するべきではないかと思います。

 しかもこういった立てこもり事件についてさらに言えば、通常裁判というのはその犯罪を本当に行ったのかを審議する場所でありますが、立てこもり事件においては現行犯どころか現在進行で犯罪を続けているといっても過言ではなく、そもそも裁判なんて刷る必要があるのか疑問に感じます。量刑についてはまだ議論の余地がありますが死刑のハードルも下がっているのですし、いちいち裁判なんてせずに即刻犯人を射殺することは私はそれほど大きな問題ではないように考えます。そしてなにより、ここで私の主張する立てこもり犯に対する射殺が一般化することによってこんな馬鹿な真似する人間が出てこなくなることも期待できるのではないでしょうか。

 なお私にとって印象的な立てこもり事件を上げるとすると、「西鉄バスジャック事件」が挙がって来ます。詳細はここでは語りませんが一人の女性を殺害した上にわずか6歳の女の子までも人質に取った犯人は既に社会復帰しているそうですが、私はこの犯人がのうのうと生きていることに腹が立つ上、あそこで狙撃することが出来ればどれだけ事件解決が簡単だったのだろうかと考えるといろいろと思うところがあります。

 最後に、ここまで立てこもり犯の射殺を主張しながらでありますが今回引用した「瀬戸内シージャック事件」の記事の下部にあったこの記述に目を引かされました。

「1972年、連合赤軍の活動家が銃器で武装し人質をとって山荘内に立てこもったあさま山荘事件において警察は犯人を射殺せず全員逮捕した。この事件に関しては、「連合赤軍「あさま山荘」事件」(文藝春秋発行、著者佐々淳行)によると、当時の警察庁長官である後藤田正晴が「犯人は全員生け捕りにせよ。射殺すると殉教者になり今後も尾をひく」との考えから、機動隊は犯人の逮捕を前提に活動したとされている。」

 ここで語られている「あさま山荘事件」は語るまでもない有名な事件で、犯人逮捕までに複数の殉職者が発生したことはもとより多数の警官が重傷を負いました。私のさっきの主張からするとこういう事件でこそ犯人射殺をするべきなのですが、殺しては殉教者になり後を引くという当時の後藤田正晴のこの発言は、政治家とはこういうものなのかと正直しびれました。結末を知っている人間からすればわかりやすいですがこの事件で犯人らが逮捕されたことを受けて直前の「山岳ベース事件」の全容が明らかになり、連合赤軍解体はもとより過激派に対する社会の見方も一変することとなりました。そのような観点からすれば後藤田正晴のこの対応は、多くの犠牲者が出てしまったことは誠に残念ではあるものの決して的はずれなものではなかったように思えます。

  おまけ
 私は今回取り上げた「瀬戸内シージャック事件」については昔にテレビで放映された番組(確か「女神の天秤」)で知りましたが、私の記憶では確かこの番組で犯人を狙撃したのは「国民にもその存在を隠されていた大阪府警の零中隊隊員」と報じられていたように思います。ただ現在のSATの前身となったその零中隊は1977年に創設され、シージャック事件が起きたのが1970年と考えると時期にずれがあり、最初はただの記憶違いかなと考えました。しかし、そもそも「零中隊」なんてかなり珍しい単語をどこで覚えたのか、しかもかなり鮮明にこのシージャック事件と記憶が結びついていることを考えるとただの記憶違いですっ飛ばしていいものか悩むので、詳細がわかる人がいればコメント欄にでも書いてください。
 あとついでに書くと、現在のSATは本当に国民に完全内緒で創設され、これも今日ここで取り上げた「西鉄バスジャック事件」で初めてお見えした部隊です。なおかつとどめとばかりに書き込んでおくと、SATで初めて殉職者が出た事件は2007年の「愛知長くて立てこもり発砲事件」です。この事件も、私が犯人即射殺を主張する一つの材料となっております。

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