2010年2月28日日曜日

移民議論の道標~その十、何故移民は必要?②

 昨日はスペシャルで放映された「トリビアの泉」を見るために途中でブログ書くのを打ち切っちゃいましたが、あんなにつまらないのであれば無視して最後まで書いとけばよかったとちょっと後悔してます。
 それはさておき昨日からの続きで、そもそも何故移民の受け入れが必要かという賛成派の主張について、前回のように労働力の需給バランスを整えるという経団連からの主張に加え現在の日本ではもう一つ、人口減問題に対する少子高齢化対策としてその必要性が各所で主張されております。

 この少子化対策としての移民受け入れは先の労働力の需給問題とも関わってきますが、現在の日本で起こっている歪んだ人口ピラミッド構造の是正がその目的となってきます。現在の日本は勤労を終えた高齢層(61歳以上)の人口に対して引退した高齢者を支えるべき青年層(19~60歳)の人口が相対的に低く、その上今後高齢層の人口はしばらく増えていく一方に対して出生率の低下から青年層の人口は減少していくことが見込まれ、このままでは年金や社会保険といった社会保障制度を保てなくなると言われております。日本の社会保障制度がこのままでは本当に崩壊するのかどうかについては私は内心怪しいとは思ってはいるものの、少なくとも現状より青年層にかかる負担は大きくなっていくのは間違いないとみております。

 こうした少子高齢化問題にどのように移民が関わってくるのかというと、現在の日本はあの手この手と少子化対策を行いながら出生率を高める事でこの問題に対応しようとしておりますが、この際無理に少子化をどうにかしようとするのではなく、今すぐ働いて税金を納める事が出来る青年層の人間を外国から呼んでしまおうというのがこの移民政策の目的です。
 いわば日本人の出生率を高めようとするのが少子高齢化問題の根治治療策であるのに対し、この移民の受け入れは対症療法とも言うべき、ショックアブソーバー的な案というわけです。

 結論から言うと私は、この少子高齢化対策という観点からこの移民の受け入れに対して賛成的な立場にあります。というのも今現在の日本で最も世代別人口が高いのは団塊の世代といわれる1946~1948年生まれの層で、この層が社会保障の対象から抜けるまでなんとか頑張りぬけば、その後社会保障対象人口は減少していく事が見込まれます。私はその期間を日本人の平均寿命をやや低めに見積もって80歳と想定して2028年までと考えておりますが(実際にはもうすこし後でしょうが)、2028年まで制度を維持する事が出来ればその後は社会保障支出は減少が見込まれ、要はそれまでの期間をどうやりくりするかに日本の年金、社会保障制度はかかっているのではないかと単純に考えております。
 然るに現在の日本の少子化対策ですと、仮に今年に子供を大量に生んだとしても2028年にその子供達は18歳にしか達しておらず、税金を納める年齢どころか税金を与えて育てねばならない年齢なので社会保障の維持にはあまり貢献する事はできません。

 そうであるのであれば、むしろ現時点で勤労年齢に達しており来日してすぐに働いて税金を納める事の出来る移民を一定度受け入れることで青年層の人口を直接増やし、人口ピラミッドの歪みを是正しながら2028年までなんとかこらえる方法を選択した方が良いのではというのが私の考えです。また受け入れた移民がそのまま日本での生活に定着して永住を決断し、日本国内で子供を生んで増やしてくれるのであれば移民を受け入れない場合に比べて出生数は多くなり、2028年以後の人口バランスの是正にも貢献する可能性があります。

 確かに移民を受け入れるに当たって社会整備や日本語教育などある程度費用がかかる事が見込まれますが、仮に20歳の移民者を受け入れるに当たって来日後3年間は教育費用がかかるとしても、その後10年、20年と日本で働いて税金を納めてくれるのであれば最終的には費用対効果はプラスに転じるのではないかと思います。もちろんこんなの私の都合のいい当て推量の計算なのでそんなうまくいくわけないという意見ももっともなのですが、それならば費用対効果がプラスに転じる可能性の高い優秀な人材を如何に呼び集めるかという案を考えるべきで、できればすぐに議論を打ち切らずにもっと内容を深めてもらいたいところです。

 もちろんこの様な案は言うは易しで行なうは難し、予想し得る問題を考えるだけでも目が回ってきますが、私はこのまま座して何もしないよりは実験的に小規模でもいいからなにかしら行動を行うべきではないかと常々思います。またこの案を実行するに当たって最低限必要となってくる条件は移民者が日本に長期に滞在してくれるということで、移民者が五年程度の出稼ぎと考えて出て行ってしまえばかけた教育費用の分だけ無駄になるので、十年以上の在住で永住権の付与など思い切った決断も必要となってくるかもしれません。日本人はそれだけの決心を持って行うか、このまま座して待つか、どちらが正しい決断なのかどうかを決めるのは早いに越した事はありませんが今すぐ出さなくても良いのですから、このような議論だけは活発に行っておくべきなのではないかと思い、この連載を行うことにしたわけです。

 最後にやや蛇足ですが、私は今後世界的に食糧が不足する時代が来ると見越して今後の日本は緩やかに人口が減少していく事が望ましいと考えております。しかし現在の人口構造ではあまりにも急激に人口が減少する構造ゆえにブレイクスルー的に上記の移民受け入れ案が一時一定度必要となると考えているわけですが、私が見る限り政府としては人口が今より減ってGDPを始めとした国力が落ちることは望ましく、子供をなかなか生まない日本人より多産の移民を恒久的に受け入れることでなんとか今の水準の人口を維持しようとしている節が感じられます。私の案も私が睨んでいる政府の案もどちらも少子高齢化対策という意味では同じですが、内容となるとちょっと方向性が異なっております。前者は高齢化対策に重きを置いているのに対し、後者は少子化対策に重きを置いている、という具合に。
 ちょっとややこしいですが、この辺の立場の違いも理解していただければ非常に助かります。

 恐らくここで書いたところがこの連載の一番ややこしいところなので、どうにか終わってほっとしました。
ε=( ̄。 ̄;)フゥ

2010年2月27日土曜日

移民議論の道標~その九、何故移民は必要?①

 まず最初に訂正です。この連載の「その七、フィリピン人看護師」で散々日本が受け入れたフィリピン人看護師のことを書きましたが、実際に日本にやってきているの看護師の国籍はフィリピンではなくインドネシアの方が大半だという指摘を受けました。その指摘によるとフィリピンとはETAの整備が遅れているため、インドネシアの方が先に入ってきているそうです。訂正してお詫びします。

 そういうわけで本題に入りますが、今日はそもそもの議論として一体何故移民が必要とされるのかという根本的な議題について触れておきます。
 まずこの移民の受け入れを最も強く主張しているのは経団連こと財界で彼らの主張を大まかに私の理解でまとめると、日本は少子高齢化が進んでいて労働力となる青年人口がこのままでは不足する事が目に見えており、そのような事態に備えて日本の生産力を落とさないように労働力を確保しなければならず移民が必要だ、といったところでしょうか。はっきり言いますがこれは詭弁です。

 そもそもの話として今現在の日本で労働力が不足しているのは介護や医療といった分野で、現在の経団連の中で大きな発言力を持っている自動車、家電産業といった分野の各企業はリーマンショック移行は労働者の雇い止めを相次いで行っており、むしろ働けるなら働きたい人が数多くいるというほど労働力が飽和状態となっております。わざわざ私が言うまでもないことですが、彼らの本音としては人件費の削減のために安い給料で働かせることが出来る移民の募集であって、現に行われている日系ブラジル人の受け入れも彼らの要求によって実現しました。

 しかし前回の記事でも書いたようにただ安い労働力を求めて移民を受け入れるとその分野で働く日本人の賃金も比例して下がるため、国内の消費力がより低下してグローバル企業にとっては利益に適っても、日本国全体では返って不利益となる事態になりかねず、まさに国敗れて企業在りとも言うような亡国の策となってしまう可能性があります。

 そのため、私は現在の経団連の主張のような移民の受け入れには基本的に反対です。逆に介護や医療といった真に労働力が不足している分野については、技術も必要とされる分野なだけにあらかじめ訓練を受けてきた者に限って必要とされる人数の上限を設けて受け入れる必要はあると考えております。もっとも、現在のインドネシア人看護師については受け入れ態勢、いやそれ以前に日本人の中で就職希望者が増えないという待遇の改善が図られないということが問題だと思うのですが。

 ちょっと今日は時間がないためここで中断しますが、今現在の日本の移民議論で重要な焦点となるのはこの労働力ともう一つ、人口減社会への対応という目的があります。これについてはまた次回にて。

2010年2月26日金曜日

私の考える無双シリーズ

 以前に私がよく遊んでいたゲームの中に無双シリーズでおなじみの「三国無双」がありました。このゲームについては過去にもいろいろと書いておりますがそのゲーム上の自由度の高さゆえにそれこそ気が狂わんばかりに遊んでおり、三国無双3で裏切られるまではこの世で最も面白いゲームだと本気で考えた時期もありました。
 そんな無双シリーズですが近年は三国志や日本の戦国時代に限らず様々なジャンルにそのゲームシステムが応用され、ガンダム無双や北斗無双などすでに発売されているタイトルもあります。それゆえに次は一体何を題材にして無双シリーズが作られるのかということが議論されてたりもしており、中にはガンダムも出てくるけどスパロボ無双なんかいいのではないかという意見をよく見ますが。

 しかしそうした意見を差し置いて私が敢えてどんなものを作ればいいのかというのなら、断然にお勧めするのが「大江戸無双」です。時代は江戸時代の中期に限定して迫り来る野党や役人をばったばったと斬り殺す、ここまで言えば勘のいい人ならもう感づいているでしょうが着想の元は徳川吉宗こと「暴れん坊将軍」です。
 では実際にやるとしたら、どんなキャラがどんな武器持って戦うのか、ひとまず私が思いついたのは下記の通りです。

・徳川吉宗(柳生新陰流の刀)
・大岡忠相(縄)
・鼠小僧(小判)
・八百屋お七(口から火を噴く)
・柳生十兵衛 (柳生新陰流の刀)
・長谷川平蔵(十手)
・遠山景元(桜吹雪を見せながらのプロレス技)
・由比正雪(杓丈)
・田沼意次(千両箱)
・磔茂左衛門(竹槍)
・華岡青洲(メス)
・紀伊国屋文左衛門(みかん)
・二宮尊徳(鉄の本で殴る)
・平賀源内(電気)
・伊能忠敬(ハイキック)
・お岩さん(皿)

※括弧内は使用武器

 我ながら、マニアックな面々を取り揃えたもんだと思います。
 この面子で無双シリーズのゲームを作るとしたらやっぱりラスボスはペリーになってくるのでしょうかね。ペリーと来たら今日見た下のサイトの企画が非常に面白かったです。

ペリーがパワポで提案書を持ってきたら(デイリーポータルZ)

2010年2月24日水曜日

移民議論の道標~その八、全体賃金の低下

 前回の記事では現在進行形のフィリピン人看護師の問題を取り上げましたが、その際に引用させていただいたサイトの(「看護・安全・守る」)記事にてなかなか興味深い内容が取り上げられていたので、管理人様より許可をいただけたので今日はこの点について私の考えを紹介します。

 その気になる内容というのは「外国人看護師問題」の記事内の「3.3賃金について」のところにて触れられている箇所で、簡単に概要を説明するとフィリピン人看護師の受け入れ要件の中には日本で支払われる賃金は日本人と同等の額と規定されているのですが、この要件が後々ネックになってくるのではないかという指摘です。

 一体この賃金についての用件が何が問題なのかというと、日本とフィリピンでは物価が違うために日本では低い賃金とされる金額でも本国フィリピンでは高額なものと映り、フィリピン人看護師らがわざわざ日本に仕事を求めてきてくれるのもこの賃金の差が大きく影響しているのは予想に難くありません。しかし今の日本国内の派遣労働と似ていますが、もし一般の日本人看護師の人件費より低い賃金でフィリピン人看護師が雇えるのであればどの病院も日本人を雇わなくなり、下手をすれば日本人看護師はみんな職を失うことになりかねません。
 こうした懸念や全国各地で不足している看護師の人数を増やすために上記の「賃金は日本人と同等」という要件がつけられたのでしょうが、引用させていただいた記事でこの要件は下手をすれば、

フィリピン人の賃金を低く設定する→フィリピン人の低く設定された賃金に日本人も合わせられる

 という風に働かないかと、実にうまい指摘をしております。はっきり言ってしまえば、派遣労働でもそうだったのだから私もこうなると思います。

 私の従兄弟(♂)も看護師をしていますが、今の日本の医療は制度が崩壊している中を現場の医師や看護師の熱意や努力によって必死に支えられているとよく聞きます。ただでさえ薄給激務といわれる看護師という職がもしフィリピン人看護師の流入によって賃金が更に低下してしまえば今後ますます看護師を目指す日本人は減少し、最悪のシナリオだと食糧のみならず医療や介護も外国に依存しなければならなくなる可能性すらあります。

 私はよく「水は低きに流れる」という言葉を日常でも使うのですが、このように移民の受け入れによって賃金低下が予想されるのはすべての業界に当てはまります。経営者としては優秀な人材を高い賃金で雇うよりも質は低くとも安い賃金で雇える人材を欲しがるに決まっており、日本と物価に差のある国から来る移民を受け入れた場合は日本人を含む日本人全体の賃金は基本的には低下していくことになるでしょう。
 しかし今の時期だったら説得力もてますが、この様な移民の受け入れを行った場合はまさに亡国の道です。賃金が下がるとともに国内の消費力が低下することでデフレが加速し、また低賃金の移民によって職を奪われた日本人は職業訓練が進まず、国内の技術力や生産性も合わせて低下していくでしょう。

 そのためフィリピン人看護師の受け入れ要件としてあった日本人と同等の賃金保障というのは非常に重要な条件で、これがしっかりと守られなければ移民政策はただ国内の産業を空洞化させるための手段に成り下がることになります。
 ですので極論を言ってしまえば、財界が主張しているようなすでに行われている日系人移民などの低賃金の移民受け入れというのは日本国内だけを市場としないグローバル企業の利益には適っても、国家の利益には適わないという風に考えられます。みんな自分だけが大切なのですから財界がこの様な主張するのも勝手でしょうが、財界人でない自分とするとやはりこのような主張をする人間らとは相容れられません。

 だからといって私は移民政策を否定するつもりはなく、むしろこの様な障害をどのようにして取り除いて受け入れていくかを今後考えるべきだとこの連載を通して主張したいわけであります。
 言ってしまえば移民を低賃金労働者の確保と捉えるのではなく、労働力の不足している産業の補充者として捉えねばならず、賃金は決して日本人へのものと差をつけてはならないというわけです。賃金が日本人と一緒では移民を行う意味がないじゃないかと言われるかも知れませんが、国家が移民を行うのは企業の利益率を高めることではなく労働力を補充するという目的であって、その目的にあった手段をしっかりと実行しなくてはなりません。

 と、ここで私は企業と国家では移民に対して目的が異なってくると書きましたが、そもそも一体何故移民を行おうというのか、その目的を明確に持っておくことは言うまでもなく大切なことです。そういうわけで次回は何故今の日本にとって移民が必要なのかということを解説します。

2010年2月23日火曜日

移民議論の道標~その七、フィリピン人看護師

 これまで移民を巡る各問題について日本の現況の説明ばかりしてきましたが、そろそろ私の個人的な意見とかが盛り込まれる内容に移って来ました。そうは言いながらもまず始めに行うのは、去年より本格的に受け入れが始まったフィリピン人看護師についての紹介です。

 このフィリピン人看護師の受け入れというのは、ニュースでも報道されている日本の各病院にて起こっている医師、看護師の不足問題を解決するため、フィリピンとのEPA(経済連携協定)の一環として看護師資格を保有しているフィリピン人女性の日本での就労支援、受け入れのことを指しております。この受け入れに当たってフィリピン人看護師に与えられた条件として主なものだと、下記のものが上げられております。


1、日本の国家資格取得
 フィリピンの看護師資格保有者であって3年間の実務経験を保有していること。日本での看護師国家資格の取得前に国内の病院での就労・研修を行う。
2、日本語研修の実施
 入国後六ヶ月の日本語研修を受けること。
3、日本人と同等以上の報酬
4、看護師の受け入れ枠は当初二年間で400人を上限
 資格取得後の在留期間の上限は三年だが、更新回数の制限無し

 上記条件を簡単にまとめると、まず本国フィリピンで看護師としての資格と実務経験を持っている上で、来日後は日本の病院で研修を受けつつ最終的には日本での看護師資格試験の合格が義務付けられているということです。

 このフィリピン人看護師の受け入れは受け取り方によって定義は変わってきますが、私はこれも一種の移民として捉えているのでこの連載で取り上げることにしました。まずこの政策について私の評価を説明すると、確かに看護師の不足はすぐにでも解決せねばならない問題でその目的や方向性には理解できるものの、残念ながら現時点では早計に行いすぎて失敗に至るのではないかと見ております。

 何故この様な評価をしたのかというと、このフィリピン人看護師を受け入れた各病院からの報告が徐々に報道されるようになってきておりますが、それらの報道で私がよく耳にするのは彼女らの日本語教育が思っていた以上に進まないという報告です。現在来日してきたフィリピン人看護師は日本の各受け入れ先病院で研修を受けつつ日本語を学んでいるのですが、よくドラマかなんかでは働きながら日本語は自然に覚えるように映しますが、そんな簡単に習得できたらどんだけいいものかと私は思います。やはり言語の習得というのは相当にセンスのある人間ならともかく集中的に勉強しなければなかなか身につかないもので、看護師という大変な職業をしながら学ぶというのはやはり難しいのではないかと思います。そしてこのように日本語教育が進まないゆえ、将来的に日本で働き続けるために必要な日本の看護師資格試験の合格も現状では難しいのではないかと見られています。

 このフィリピン人看護師の受け入れ政策で何が一番問題なのかというと、日本の受け入れ態勢が全然整っていなかった、甘い想定をしていたのではないかと私は考えています。これは世界的にどの国にも言えますが移民という政策を実行に移す際に何が一番重要なのかといえば受け入れ後にどう定着させるかという受け入れ態勢にあって、もしこれに失敗してしまうと移民で移って来た人達は人生を狂わされて本国に帰国してしまったり、極端な例だと移民先の国に止まって犯罪集団化する危険性もあります。そのため移民を受け入れるに当たって生活面でのサポート、言語面での教育というのは何にもまして重要な要素となります。

 それが今回のフィリピン人看護師の受け入れを見ていると、やはり外国人慣れしていないゆえか日本はこの受け入れ態勢をしっかりと整備しておらず、きちんとした計画を持っていなかったということが露呈してしまいました。もちろん看護師という厳しい職のために異国である日本に来てくれたフィリピン人の方々に私は深く感謝していますが、残念ながら彼女らの熱意と努力に応える態勢を日本が整え切れなかったのは認めざるをえません。受け入れを行った病院に対するアンケートでも、今後も受け入れを続けるかという問いにNoと答えた病院が多かったそうですし。

 では具体的にどうすればよかったのか。この辺は素人ゆえにあまり大したことは言えないのですが、やっぱりフィリピン本国でもっとしっかりと日本語教育を行った上で受け入れをする必要があったのではないかと思います。その上であまり言語に影響されない病院内の職場の整理など、来日後に問題が起こった後にすぐさま対処できるサポート体制の準備など、やれることはまだまだいろいろあったと思います。
 一例を挙げると、青森県の病院に派遣されたフィリピン人看護師の方が現地の寒さに慣れることが出来ずに一番最初に帰国することとなったのですが、同じ日本人でも寒さに慣れないような場所なんだから、もっと南の病院に移れなかったのかと個人的に思いました。

 ただその一方、やっぱりフィリピンの方々らは根っから明るい方ということで介護の現場などでは入所者らから非常に親しまれているという報告も聞きます。こうしてやってきてくれる方のためにも、もっとお金をかけてでも日本は彼女らをサポートして定着を図るべきなのではないかという気がします。
 そう思う一方、あくまで彼女らが出稼ぎのような日本で数年間という一時的に働くという目的で来ているのであれば、私はこの受け入れ自体を考え直す必要があるのではないかとも思います。その辺についてはこの記事で合わせて書くつもりでしたが、すでに大分長くなっているのでまた明日に回すことにします。

 最後に今回の記事を書くにあたり非常に参考にさせてもらったサイトをご紹介しておきます。

看護・安全・守る

 この記事よりも上記サイトの中の「外国人看護師問題」のページのがこの問題についてよくまとめられているので、興味のない方も是非読んでいただきたく思います。
 それにしても、あまり何も考えずに書いたからあんまりまとまりがないなぁこの記事……。

  追記
 この記事の中で日本が受け入れている海外からの看護師の国籍をフィリピンと書いておりましたが、実際にはインドネシア国籍の方が大半だそうです。私の勝手な印象でフィリピンの方が大半だと誤解しておりました。訂正してお詫びします。

2010年2月22日月曜日

自民党の審議拒否について

小沢氏らの国会招致など申し入れ 衆院議長に野党(産経新聞)

 またも素晴らしく頭痛に悩まされているので、今日も短めの記事を一本書いておきます。
 昨日の長崎県知事選、東京都町田市長選にて自民党の擁立候補が民主党の擁立候補に勝ち、鳩山首相と小沢幹事長の政治資金問題が選挙に影響したものかと各所で大きく報じられています。今回の選挙結果を見て私が感じたのは、一昔前と比べて近年の選挙は政治動向にすぐ反応し、政党支持率などの各世論調査の結果に則した結果が出やすくなったように感じました。

 90年代の選挙では主に地方の農家や土木事業者を自民党ががっちり固めていたのもあって世論調査では圧倒的に低い支持率ながらも議会では自民党が多数派を維持し続けていましたが、2005年の郵政選挙以降は固定支持層というものが瓦解して浮動票と呼ばれる層が増加し、割と政治の動きがストレートに選挙結果に反映するようになったように見えます。
 皮肉にもこの様な形態は二大政党制を90年代から強く主張してきた民主党の理想形であり、前回総選挙ではこの形の選挙に乗ることで民主党は大勝利を得ましたが、その大勝利の直後にもかかわらず今回の地方選挙で敗北したということは次回の参議院選挙も十分にこの様な事態が起こりうるということを示唆しているでしょう。

 逆に野党に転落して一方、全然いいところのなかった自民党は今回の選挙結果で一矢報いる形となり、ようやく反撃の糸口を掴めたと言ってもいいと思います。先月まで前回総選挙後に総裁に就任した谷垣氏ははっきり言って頼りなく、就任直後に趣味のサイクリングでこけて顔を縫ったというどうでもいいことしかニュースにならなかったなど私もあまり評価していなかったのですが、少し前の与謝野馨氏から鳩山首相への「総理は平成の脱税王だ」という代表質問以降は波に乗り、この前あった党首討論でも谷垣氏はなかなかいい質問を見せておりました。

 そして今日、自民党は地方選挙勝利の余勢をかって小沢幹事長の国会招致を条件に予算委員会の審議拒否に入りました。実はこの審議拒否という手段は諸刃の剣となりやすい戦術で、昔ある新聞が書いたように「天の時、地の利、人の和」の三条件が揃わないと効果を発するどころか逆に批判の的となってしまいます。
 一つ一つ説明すると、まず天の時というのは国会で審議の必要な案件がまだ残っていること、地の利というのは他の野党も同調しているか、そして人の和というのは国民は審議拒否を了承するかということです。

 今回の例ですとまず天の時は予算議論の真っ只中ということで当てはまりますが、地の利では他の野党はまだ呼応していないため足りておらず、そして最後の一番肝心な人の和についてですがこれはもう少し様子を見ないといけません。しかし今回谷垣氏が、「今をおいて他はない」と言った通り、直接民意の出る選挙直後にすぐ行動に移したというのはもっともな判断かと思います。またこの審議拒否についてまだマスコミは批判的に報道しておらず、私自身の実感でも国民は小沢幹事長の更なる説明を求めているように見えるので少なくとも大きく批判されることにはならないのではないかと見ております。

 過去に民主党がこの審議拒否をした際には国会を無駄に中断させていると激しい逆批判を受けていましたが、今回の自民党の行動がどう評価されるか、今夏の参議院選挙を占う上で一つの指標になるかと思います。

2010年2月21日日曜日

移民議論の道標~その六、外国人研修生

 現在の外国人参政権問題の議論において移民についてもよく議論がなされますが、その中の意見の多くに日本はずっと単一民族国家でやってきたのに移民など受け入れたら大混乱になるという意見が見受けられます。この意見について私は賛成半分、反対半分といったところで、まず外国人の受け入れや生活面の保障といったところでは確かに今の日本は経験不足で、これは今度やるフィリピン人看護婦問題でも書きますがかなり致命的な間違いや失敗を犯すなど移民を受け入れるというには程遠い所があります。しかしその一方、日本の経済はすでに部分的ではありますが移民労働力に頼らなければ産業が成り立たないところまで来ており、今更移民の受け入れを拒否しようにも現実離れしているのではないかと思います。

外国人研修制度

 日本に来ている移民の中で重要な役割を果たしているのは前回にて取り上げた主にブラジルなどからやってくる日系人移民ですが、その影でもう一つ大きな移民集団となっているのが上記リンクにある外国人研修制度によってやってくる外国人研修生達です。
 この外国人研修制度というのは日本の優れた職業技術などを発展途上国の人間に労働現場で伝授、講習させるというODA的な目的で始まった制度なのですが、現時点でこの制度は元の目的から大きく逸脱して利用されているよりほかなりせん。具体的にどう逸脱しているのかというと、外国から研修生という待遇で呼び寄せればその研修生は労働法の適用範囲外に置かれるため、職場で技能講習を兼ねて働かせる場合は賃金を支払わなければないけないのですがその賃金は最低賃金を下回っても違法にならなくなるのです。

 そのため現時点で日本人労働者より劣悪な労働条件で働かされているといわれれる日系人移民よりも賃金は下回っており、私がテレビの特集で目にした例だと時給200円という例もありました。しかもそうやって働く現場は現実には何の技能講習にもなっておらず、繊維工場に来ているある中国人のインタビューではその工場で使われている機械は現在の中国ではどこも使わないような古い機械で、扱い方を憶えて本国に戻った所で何の役にも立たないと語っていました。

 ではそんな劣悪な条件にもかかわらず何故彼らは外国人研修生の募集に応募するのかというと、やはり本国との通貨格差が大きく影響していますが、現在の外国人研修生の過半数を占めるのが中国人だということを考える中国の貧しい農村にターゲットを絞って日本の企業が募集をかけているからだと私は見ています。現在の状況を見るにつけより安価な労働力を求めて日本の企業がこの制度を悪用しているようにしか見えず(2005年時点で83,319人が入国)、すでにこの制度に頼りきっている企業が実際に存在していることを考えると、日本人は望むと望まざるを得ずにすでに移民社会へと歩を進めており、もっとどうすれば移民に対応できるかを考える時期日本は来ているのではないかと私は考えています。

 また繊維産業のみならず、この外国人研修生は産業は産業でも、日本の農業現場にも中国人の外国人研修生がたくさんきております。わたしがテレビの特集で見た例だと長野県の高原野菜畑でたくさんの人数が来ており、雇用主の日本人農業経営者によると以前は夏休み中の農繁期に大学生などがたくさん来てくれたが今ではどこも募集に応じてくれず、賃金面などを含めて彼らなしではもうこの農業は成り立たないとまで述べていました。また彼ら中国人は出来るだけお金を稼いで帰りたいと思っているものの、残業代を払う余裕もないため双方我慢が続いているとも申していました。

 皮肉にもすでに日本人の中では農業経験者は少なくなっており、下手な人間を雇うよりは農村出身の彼ら中国人研修生を雇用した方が都合がいいという現状です。私みたいに一年間中国で生活してきた人間ならともかく、よく日本人は中国産野菜というと農薬など敬遠する節がありますが、こちらもまた皮肉ですがすでに日本は国産野菜についても中国に依存しつつあるわけです。

 最後にこの外国人研修生にまつわる、ある事件の紹介をしてまとめておきます。

<在日中国人のブログ>熊本県で中国人研修生が農家夫婦殺害後に自殺、背後に何が?(レコードチャイナ)

 上記リンクに貼ったニュースの内容はというと、外国人研修生として熊本県の農家で働いていた22歳の中国人男性が首を吊って自殺しており、彼を雇用していた農家夫婦も他殺体で発見されたというニュースです。わざわざ説明するまでもなく状況からこの研修生の中国人男性が夫婦を殺害した上で自殺したと伺わせるニュースですが、このニュースについて誰がどう思おうがそれは個人の勝手です。
 私は勝手に思うに、こういうことをいつまでも続けていたら外国から日本が敵視されたり恨まれても仕方がないのではないかと思います。またこの事件に限らず、私もかつて記事を書きましたがこの外国人研修生の過労死もあまり大きく取り上げられませんが下記リンクにまとめられているように実際に起きております。

外国人研修生に強いられる過労死、発生率は日本人の2倍 - 現代日本に横行する奴隷労働・人身売買(すくらむ)

 よく犯罪率が高いことを理由に中国人みんなが犯罪者かのような言い方をする人間がいますが、この様な外国人研修生の現状を見てまだそんなことを言えるというのなら、青臭いかもしれませんが自分は日本人として恥ずかしく感じます。私は真に努力して苦労している人は日本人だろうと中国人だろうと変わらず評価するべきで、この様な厳しい環境下で働いている研修生らの待遇改善を訴えることが日本のワーキングプア問題の改善にもつながると考えており、この問題を他人事と取ってはならないという意見を今日の結論とさせてもらいます。

2010年2月20日土曜日

煮え湯を飲むとどうなるか

 最近本当に硬い記事ばかり書いていて婚後一年過ぎた夫婦のような倦怠感を感じているので、久しぶりに砕けた記事でも書こうかと思います。例によって過去の私の体験談なのですが、この話は私が高校生の頃の話です。

 その日は学校で期末テストがあり、テスト前に私は水筒に入れて持ってきておいたお茶を飲みつつ教科書をめくりながら復習をしているとある友人が、
「おいお前ばっかり飲んでないで、俺にも一口飲ませろよ( ゚Д゚)」
 と、私の飲んでいるお茶を求めてきたので、私は一計を持ってこう答えました。

「いいよ(・ω・)」
「えっ、本当にいいのかよ?(゚Д゚;)」
「いいけど、口つけて飲むなよ(・ω・)」
「わかってるって(・∀・)」
 
 実はこの時魔法瓶に入れて持ってきていたお茶というのは自分でもびっくりするくらい熱いお茶で、最後の友人の「わかってる」という言葉を聞ききながら心中、「いや、わかってないのはお前だって(゚Д゚;」と、突っ込みそうでした。なおこの場にはもう一人別の友人がいたのですが、その友人は私が何をしようとしているのかをすぐに察して敢えてこのやり取りには加わらず、横を向きながら黙ってててくれました。
 それにしてもこの友人があまりにもうまいこと引っかかってくれたので水筒を渡す際に噴出してしまうのを我慢するのに必死でしたが、何とかこらえて水筒を手渡すと、その友人は真上に大きく口を開けるとゆっくりと水筒を持ち上げて行き、真っ赤に燃えるほど熱いお茶を直接喉へと降り注ぎました。

 この時の光景を、先ほど黙っててくれた友人は後に、「スローモーションのように見えた(;´Д)」と評しております。
 見事に私の術中にはまった友人はお茶を注ぎ込むやすぐに噴出し、その後猛烈にむせかえっていましたが、横で見ていた私達はというと今か今かと必死でこらえていた分を発散するかのように爆笑していました。よく苦しい思いをさせることを「煮え湯を飲ます」といいますが、文字通り煮え湯を、しかも喉に直接飲ませたのは私くらいなものでしょう。

 もちろんこの後友人にはこっぴどく怒られましたが、運悪くその日の晩の友人宅の夕食はキムチ鍋で、火傷した喉では満足に食べられなかったそうです。我ながらひどい事をしたとは思いますが、あれほど見事に引っかかってくれるともうなんていったらいいかわからないもんで、今でもこの時のことを思い出しては噴出してしまうことがあります。

2010年2月19日金曜日

高橋大輔選手、銅メダル獲得!

 不況のニュースばかりで依然と国全体で根暗ムード満開の日本ですが、本日は本当に明るいニュースが入ってきたということで私も一筆したためておこうかと思います。

「喜怒哀楽」の思い込め=高橋、たどった4年間の道(時事通信)

 すでに各所で報道されているように現在開催中のバンクーバーオリンピックの男子フィギュアスケート競技にて、日本の高橋大輔選手が見事三位に選ばれて日本男子フィギュアスケート史上初の銅メダルを獲得しました。
 このバンクーバーオリンピックではすでにメダルを獲得している選手がほかにも何人かいる中でどうして私がこの高橋選手のみを取り上げようと思ったのかというと、彼のこのオリンピックに至るまでの苦難の道のりを考えるとその努力を称えずにはいられないと感じたからです。

「高橋選手らしい演技を」 京で病院関係者 声弾ませ応援(京都新聞)

 高橋選手は上記のニュースでも報道されているように、今回のオリンピックの前にひざの靭帯断裂というスケート選手としては選手生命を脅かしかねない大怪我を負っていました。しかしこの不幸というより他のない大怪我をリハビリにて見事克服し、その後長い怪我の間のブランクを乗り越えて今日の表彰台にまでどれだけ苦難と努力の道を歩んできたのかというと胸が熱くなってきます。実際にテレビで放送された彼の演技を見ていて、私も思わず涙をこぼしてしまっていました。

 私は以前、しかもこのブログをしていて一番文章が荒れていた頃に書いた「私の好きな野球選手」の記事にて書いたように、メジャー昇格を直前にして大怪我を負ってしまいながらも諦めずにその後本当にメジャーのマウンドに立った桑田真澄選手を尊敬していると書きましたが、今回の高橋大輔選手も桑田選手同様に一個人としてその努力、その不屈の精神に心から尊敬するとともに今回の銅メダル獲得を祝福したいと思います。高橋選手、おめでとうございました。

外国人参政権裁判談話の問題

 今連載中の「移民議論の道標」とも内容が密接に関わるので、さすがにこのニュースは見逃すことが出来ません。

「政治的配慮あった」外国人参政権判決の園部元最高裁判事が衝撃告白(産経新聞)

 記事の内容を要約すると、平成7年にて永住外国人に地方参政権が付与されないのは憲法上の平等に反するという在日韓国人から国への訴えに対し、判決では必ずしも違反ではないとした上で判決後の談話(傍論)にて園部元最高裁判事が、「(地方参政権が永住外国人に付与されることは)憲法上禁止されていない」という発言をしたことに対し、発言主の園部氏自身があの発言をしたことについて、

「(在日韓国・朝鮮人を)なだめる意味があった。政治的配慮があった」

 と振り返り、法の最高監視者でありながらかなり無責任な行動を取っていたということを報じています。このニュースを見た私の第一印象は、こんな無責任な人間が最高裁判事をやっていたという時点でいろいろと思いやられました。

 まず当時のこの発言の余波について説明しておくと、かねてから永住外国人に参政権付与を主張してきた在日韓国、朝鮮系団体が俄然勢いづき、従来の主張をさらに強めて現在に至るまで請求の大きな根拠の一つになっております。

 私がこの園部氏の発言に呆れている点はどこかというと、法に対して厳格であって政治的中立を保たなければならない裁判官ともあろう人間がまさか、「なだめるために政治的配慮をした」という、裁判官として決してあってはならない理由で以って、いくら法的拘束力がないとしても社会に大きく影響を与えかねない迂闊な発言を法廷で言ったというところです。しかもそんな重大な発言をしておきながら、「裁判官は言い訳をしてはならない」という鉄則を再び破って、「在日韓国、朝鮮人のような特別永住者にならともかく一般永住者にも参政権を与えようとする民主党の政策はありえない」などと、引退したからといって元裁判官がここまでペラペラしゃべっていいのかと感じてしまいます。まぁ個人がどう考えるかを規制してもいけないのですが。

 この地方参政権についての議論は本筋の連載の後半にて行いますが、自分も含めて冷静に問題点を整理して議論する必要のある問題だと考えております。それゆえ、「なだめるため」という理由で発言するなどは持ってのほかということを今日のまとめとさせていただきます。

2010年2月18日木曜日

移民議論の道標~その五、犯罪人引渡し条約

 前回の記事にて私は現在の日系人の移民(=出稼ぎ)受け入れには大きな問題があるとして、すぐにでも現法体制を改正するべきだと主張しましたが、その最大の要因ともいえるのが今回の主題となる「犯罪人引渡し条約」です。

犯罪人引渡し条約

 この条約は読んで字の如く、それぞれの国同士で国外逃亡犯を捕縛して引き渡すという条約のことです。何故この犯罪引渡し条約が問題なのかというと、現在の日本の外国人登録者数で第三位の人口を誇るまでに至ったブラジルとの間に日本はこの条約を結んでおらず、目下の所、日系ブラジル人が日本で犯罪を犯したとしても日本の警察に捕まる前にブラジル本国に帰国したら刑罰を課せない状態にあります。

ブラジル人「以前から盗み」…名古屋ひき逃げ(読売新聞)

 上記のニュースは先月に三人もの人間が亡くなった名古屋市で起きたひき逃げ事件のニュースですが、リンク先に書かれているようにこの事件の犯人は出稼ぎに来ていた日系ブラジル人でした。彼らはこの事件が起こる以前から常習的にカーナビなどを窃盗しており今回ひき逃げ事件を起こしたことでようやく捕まったわけですが、仮に警察に捕まる前に本国に高飛びされていればカーナビの窃盗容疑はもとより、ひき逃げの容疑についても追求できなかったでしょう。

 実際にそのように高飛びされたという例はこれまでにも報告されており、日系ブラジル人によるとされるひき逃げによって実際に人が亡くなっているものの、その容疑者がすでにブラジルに帰国しているために罪に問えないという、亡くなった方の親類によるドキュメンタリー番組を私も見たことがあります。

 そもそもこの犯罪人引渡し条約、今回調べてみて私も驚愕したのですがなんと日本は世界的にもこの条約を交わしている国数が非常に少ない国で、現在韓国とアメリカのたったの二ヶ国とだけしか結んでおりません。参考までに他国の条約締結国数をここで紹介すると、

・フランス:96ヶ国
・イギリス:115ヶ国
・アメリカ:69ヶ国
・韓国:25ヶ国


 日本が条約を結んでいるアメリカと韓国はいろんな国と結んでいるのに、日本だけがここまで極端に少ないというのは素人が見たって明らかに異常でしょう。逆を言えば日本人は海外で犯罪を犯したとしても日本に逃げ帰れさえすれば罪に問われないということになり、そういった事情があるからこそ国連から東南アジアにおける日本人による(主に暴力団)人身売買に対して取締りがなされていないと注意されているのかもしれません。

 私は移民を受け入れるに当たって、引き受け元の国とこの犯罪人引渡し条約を結んでいるということが最低条件として必要だと考えております。大半の移民がそうでないにしろ、やはり一人や二人は犯罪を犯す可能性のある人間も混ざって入ってくるのを防ぐことは出来ず、仮にそうした人間が国内で犯罪を犯して本国に逃げ帰ったとしても刑罰を課せる体制でなければ日本人との間に不要な不信感を作りかねません。

 ただこの犯罪人引渡し条約を結ぶにあたり一つだけ厄介な国があり、それはどこかというと何を隠そう中国です。現在の日本における外国人登録者人口で中国人は韓国、北朝鮮人を追い抜き一位にもなりましたが、移民を受け入れるに当たって犯罪人引渡し条約が最低限必要だと説いておきながら、自他共に新中派と認める私でも中国とはこの条約を結ぶべきではないと考えております。

 というのも現中国共産党政府は外交において日本だろうとアメリカだろうとどこにでも強気に自国のルールを迫る性格があり、仮にこの犯罪人引渡し条約を結ぼうものなら、本来この条約では政治犯は例外として引渡し対象とされないのですが、恐らく中国は中国にとって煙たい要人が来日するたびにこの条約を盾に引渡しを要求してくる可能性が高いでしょう。それこそ今日オバマ大統領と会談したダライラマ十四世氏などはその筆頭で、下手すれば台湾元総統の李登輝氏にすら引渡しを要求するかもしれません。
 また中国は日本以上に刑罰に厳しい国で、麻薬の所持だけでも死刑で執行も判決が下りてすぐに為されるため、この点についても注意、検討する必要があります。

 ただ日中に跨る窃盗団などの摘発協力であれば中国政府、警察としても願ってもない話でしょうし、これはこの連載の後の方で解説しますが中国には日本が移民として受け入れるのに魅力的な人材が数多くいるため、麻薬、窃盗、殺人といった犯罪に限って日中警察で捜査協力、情報の共有化を進めた上で移民の一部受け入れを実施するべきだと私は考えております。

 最後にこの犯罪人引渡し条約についてですが、仮に日本が締結を求めても相手国がそれを受け入れないのではないかという懸念があります。まず欧米諸国からしたら死刑制度のある日本は敬遠されるでしょうし、また日本の警察や検察は足利事件の菅谷さんの例で明らかになったように強引な取調べをする傾向があり、その上代用刑事施設、通称「代用監獄」の存在など本当に法治国家かと疑うような制度や施設が盛りだくさんです。仮にこのような国から引渡し条約を結んでくれと言われても、私だったら遠慮してしまいます。

 よく中国の裁判や取調べには問題が多いと日本のメディアは報じていますが、確かに中国の制度よりは幾分マシなものの、日本の司法制度もいろいろと問題が多いということを認識しておくべきかと思います。


  おまけ
 この前上海に行った時に友人に、中国には暴走族はいないのかと尋ねた所、
「いないよ。そんなことしたらみんな警察に殺されるもん」
 といわれて、改めて中国警察の強さを認識させられました。実際に旅行するに当たって、中国は非常に治安がいいところです。

2010年2月17日水曜日

移民議論の道標~その四、日系人移民について

 この連載の二回目、「日本の現状」で移民にまつわる現在の日本の様々なデータを紹介しましたが、その中の特筆すべき存在として私はブラジル人の増加を挙げていました。このブラジル人、というより正しくは日系ブラジル人たちですが、彼らは経済界からの強い要望によって1990年に改正された入国管理法によって従来と比べ就労ビザが取得しやすくなったことから年々増加し、現在の日本において外国人人口の第三位につけるまで来ております。

 そもそも何故日系人が就労ビザが取りやすくなるよう入管法が改正されたかですが、当時の時代背景と前回「国籍の決定条件」の記事にて解説した血統主義と出生地主義の概念が深く影響しております。
 1990年当時の日本は言わずもがなのバブル景気真っ只中ということから経済も絶好調の頃で、企業はどこも人手不足で年々人件費も高騰を続けておりました。そのため経済界は政府に対して人件費が安価な外国人労働者の受け入れを当時に強く迫っていたのですが、政府としては不用意に移民を受け入れを始めて一挙に大量の外国人労働者が流入する警戒感を持っており、妥協策として日本人の子孫である日系人に限って就労ビザの発行を認めることにしたのです。

 何故日系人に限って政府は受け入れを始めたのかというと、私の見方だとまず第一に総受け入れ人数の規制があった上で、日系人であれば日本の文化や生活に慣れやすいだろうという目算があったのだと思います。もっともこれはあちこちの社会学の論文にて報告されていますが、両親がその国の出身者である移民二世であっても成人後に来日するのであれば適応するのは非常に難しいそうです。逆に成人前の14、5歳までに来れば適応する可能性は高いそうですが。

 この日系人に限るという条件は言うまでもなく血統主義に基づく政策ですが、こういった手法は何も日本に限らず遠くドイツでも同じようなことをしていると以前に聞いた事があります。ちょっと耳に挟んだ程度ですが、ドイツでも近年に移民の一部受け入れを始めた際、その条件としてかつて多くのドイツ人が移民として渡ったどっかの国の一部地域出身者に限って受け入れたそうで、日本と同じく血統主義に基づいているそうです。

 話は戻って日本の日系人移民の話ですが、この受け入れを始めたことから戦前戦後にかけてたくさんの日本人が移民したブラジルやペルーの日系二世、三世らが日本に移民、国籍が得られず就労ビザだけなので正確には出稼ぎにやってくるようになり、受け入れ開始から二十年経った今に至ると群馬県や静岡県、愛知県の一部地域で大きなコミュニティを構えるほど一般化して行きました。

 何気にこの辺が非常に重要なのですが、確かに日本全国の人口で比べると中国人、韓国人より日系ブラジル人の人口は一段低くなりますが、日系ブラジル人は自動車や繊維産業の工場がある地域に固まって居住する傾向があるため、地域ごとの人口割合で見ると前回に紹介した図録にあるように多くの都市で他の外国人を抑えてトップに立っているだけでなく、中には全住人の10%以上を占めている都市もあります。そのため現在民主党が国会に提出しようとしている外国人の地方参政権付与案に含まれているかまではわかりませんが(多分含まれない)、仮に日系ブラジル人にも付与されるとしたら一番力を持つ集団となる可能性が高いです。それがいいかどうかはまだわかりませんが、すでに大きなコミュニティを抱える集団ということもあってまるきりのけ者にするのはするで問題があり、地方参政権議論で彼らを無視するべきではないというのが私のかねてからの持論です。

 さてそんな日系人移民ですが、いきなりですが私は早期に現在彼らを受け入れている制度を改正する必要があるかと思います。それは何故かというと彼らを受け入れるに当たってあまりにも現在の制度には穴が多く、そうした問題点を改善していった上で受け入れを行わねばやってくる日系人、そして日本人にとってもよくないからだと思うからです。
 これは日系人に限らず他の外国人にも当てはまりますが、特にそれを強く感じるのは犯罪についてです。そういうわけで次回は、恐らくこの連載でも一、二を争う鬼門になるであろう外国人犯罪についていろいろ書いていこうと思います。

2010年2月16日火曜日

鳩山、小沢資金疑惑の残したもの

 ちょっと息抜きとばかりに政治系の短い記事を一本書いておきます。

 さて民主党は去年から続く鳩山首相の故人献金疑惑(脱税)、小沢幹事長の裏金疑惑と、事実上の民主党2トップの金にまつわる疑惑の紛糾から今年は始まりましたが、各世論調査からも明らかな通りに国民が彼らの疑惑に対する説明に納得していないもののこれらの問題は段々とうやむやになってきて、小沢氏の問題については検察も起訴を見送るなど投げ出す結果となりました。
 彼らの疑惑について各メディアは検察発表を鵜呑みにして余計なものも含めて逐一報道しておりましたが、この問題、というよりこの問題の結末についてきちんと掘り下げたメディアはほとんどいなかった気がします。

 あまり長々前置きするものでもないのでもう結論を書くと、今回のこの鳩山、小沢両氏の政治団体における資金疑惑が残した負の遺産とも言うべきものは、問題が発覚したとしても秘書の行ったこととすれば政治家本人は責任を免れるということにあるのではないかと私は思います。
 両氏とも報道や捜査によって明らかとなった疑惑に対し、チンパンジー(何故か福田元首相の顔がよぎった)が見たって筋の通っていない説明をした上で、「秘書が勝手にやったことだ」とまとめており、しかもそのわけのわからない説明によって実際にこれらの疑惑はうやむやになりつつあります。

 言ってしまえば仮に政治家本人が脱税なり裏金収賄なりを率先して行っていたとしても、これからはそれらの問題が発覚しても秘書のせいにすればどうとでも言い逃れが出来るということを今回証明してしまったようなものです。もし今回のようなことがまかり通るのであれば、かねてからザル法と言われてきた政治資金規正法はザル法を通り越して有名無実と化しかねません。
 私も以前はあまりに細かすぎてもと思ってそれほど賛成ではなかったのですが、やはりかつて鳩山首相が国会にて主張していたように、「秘書の責任は政治家本人の責任だ」とばかりに、今後は秘書が勝手にやっていたとしても政治家本人にも無条件で監督責任が課されるように政治資金規正法を改正する必要があるかと思います。

2010年2月15日月曜日

移民議論の道標~その三、国籍の決定条件

 なかなか前置きから抜け出せずにいますが、このあたりは移民を考える上で決して外してはならない非常に重要なところなので前もって解説をしておきます。
 さて一口に「移民」という言葉の定義を出すとしたら単純に、「国籍の違う人間が外国で定住する、もしくは働く」といったところでしょう。この定義の中に出てくる「国籍」という条件が移民を考える上で非常に大きな要素になることは疑いもないのですが、この国籍がどのように決まるか、またそれがどのように世界で扱われているかという点について意外と知らない人が多いのではないかと思います。

 まず日本人が見落としやすい事実として、グローバル化の中で海外ではすでに二重国籍がそれほど珍しくなくなってきております。二重国籍とはその言葉の通りに異なる複数の国の国籍を同時に持つということで、これを認めている代表的な国は言わずと知れたアメリカです。
 現在の日本では両親が日本人であるもののアメリカで生まれた人間については日米の二重国籍を認めていますが、成人後には日本、もしくはアメリカのどちらかを自分の国籍として選ばせており、基本的には日本単独の戸籍は日本人にしか認めておりません。

 ここで早速出てきましたが国籍は出生時に決まるのですが決め方には主に二種類あり、それぞれを「血統主義」、「出生地主義」と呼んでおります。
 前者の血統主義は両親、もしくは父親か母親のどちらかがその該当する国の国籍を有している場合、その子供にも国籍が認められるという考え方で、現在の日本の制度はこの血統主義に基づいております。それに対して後者の出生地主義は両親がどこぞの誰であれ、その国の領土で生まれた子はその国の国籍が認められるという考え方で、これなんかは先ほどの例に出てきたアメリカやブラジルといった国々です。

 そのため一時期流行っていて多分今でも続いているでしょうが、日本人の両親がハワイで子供を出産すると先ほどの二重国籍扱いとなり、将来的に日本国籍を維持するのであればアメリカ国籍を放棄しなければならないのですが、それまでであれば両国の国民が持つ権利を自由に行使できる立場になるのです。まぁうまい話には必ず落とし穴があるのが決まりで、権利を得られる代わりに義務も課されることとなるのでアメリカで徴兵が行われたら従わなくちゃいけなくなるというわけですが。

 この国籍の決定条件がどのように移民に影響を与えるのかですが、仮に出生地主義を採用している国で移民が行われた場合、その国に乗り込んできた移民一世は外国籍のままですが日本で働きながら子供(移民二世)を生むとその子供は移民先の国籍が得られることとなります。またこの場合、子供がその国の国籍が得られるのに親が外国籍のままというのはあんまりだということで、子供を生んだ場合は親にも国籍が認められる国もあります。
 しかしこれが血統主義である場合、たとえどれだけ長い期間移民先の国で働いたとしても移民一世はおろか、移民先の国で生まれ育って両親の母国に一度も行ったことがない移民二世も国籍が得られるわけでなく、母国が出生地主義を採用している場合には下手すりゃ無国籍扱いになってしまう可能性すらあります。

 そのため現在の日本なんかが典型的ですが、血統主義国では移民というよりも出稼ぎの受け入れという形で外国人労働者を雇い入れることが多くなります。もちろんどの方式を採用するかはそれぞれの国の自由ですが、フランスのように条件付で出生地主義を採用している国と比べると現状の日本は少子化に対応した移民政策ではないということがわかってきます。
 こういったところが移民議論の大きなキーポイントとなるのですが、単純に短期の出稼ぎ外国人を大量に受け入れるか、少子化の是正も踏まえてそのまま日本に根付いてくれるような外国人を受け入れるのか、その目的によってこの国籍条件は再考する必要が出てきます。

 ただ面白いことに、日本とドイツは血統主義を採用しつつ移民を受け入れるという政策を続けております。ここまで言えばわかるかと思いますが日本の場合それは日系ブラジル人移民のことで、明日にはこの件についてあれこれ解説します。

2010年2月14日日曜日

移民議論の道標~その二、日本の現状

 昨日はなにかに疲れていたのか文字通り半日も寝ていてブログもサボってしまいました。確かに金曜日は夜更かしして「囚人へのペルエムフル」を夜中の三時までやってましたけど、昼食、夕食後にそれぞれ二時間近く寝ているのに夜十時に布団に入るなんて自分で「小学生かよ……」と突っ込むほど終始眠かったです。

 それはさておき早速始めたこの移民についての連載ですが、まずは手始めに現在の日本における外国人を取り巻く現状について各データをおさらいしておこうと思います。最近こういう愚痴が増えてきましたが、こういうデータを取り扱う面倒な記事は週末や休日など時間のある日しか出来ないので、出来る限り二度調べせずにすむ位に片付けておきたいです。
 そんな紹介するデータの一発目はなんといっても国籍別外国人登録者数のデータで、早速リンクを貼ることにします。

国籍(出身地)別外国人登録者数の推移(法務省)

 できれば上記サイトで貼られている図表を直接貼り付けられればいいのですが、PDFファイルのためうまくいかないので国籍別外国人登録者数の多い上位三ヶ国のデータのみ抜粋します。

  国籍別外国人登録者数の増減
        1998年    →  2008年
総数   :1,512,116(100.0%)→2,217,426(100.0%)
中国   :272,230(18.0%)→655,377(29.6%)
韓国・朝鮮:638,828(42.2%)→589,239(26.6%)
ブラジル :222,217(14.7%)→312,582(14.1%)
注:括弧の中は全外国人登録者数の中での割合


 ここで取り上げている「外国人登録者」の定義というのは、日本に90日以上滞在する外国人には居住している自治体に在留を届け出る必要があり、その届出されている登録でもって測った外国人の人数のことを指しております。

 それでこのデータについてですが、見てもらえばわかるとおりにこの十年で日本に居留する外国人の数は実数にして約70万人、率にして約147%の増加をしております。そしてその内訳を見ると、これは調べた私も結構驚いたのですが、かつては全外国人登録者数の半数近くを占めていた韓国や朝鮮国籍者人口が減っているばかりか割合でも大きく減少を見せ、その代わりに増加した中国国籍者は2倍以上の増加を見せております。また同様に三位のブラジル国籍、というよりは日系ブラジル人人口も約1.5倍の大きな伸び率を見せており、こちらも今後の移民議論において見逃せない数字となっております。

 先に簡単に分析しておくと、外国人登録者数は2009年のデータでは中国人を除けばどこも減少している可能性が高いと私は見ております。というのもこの手のデータは景気の影響に左右されやすく、特に韓国やブラジル国籍者はリーマンショック以降に本国に帰った人間が多いと聞いており、韓国に至ってはこの世界的不況が彼らにとって追い風となっている所もあるのでその幅も大きい気がします。

 ではそんな外国人登録者の在留目的はというと、あんまりあてにならないですが一応法務省から下記のようなデータがあるので紹介しておきます。

在留資格別外国人登録者数の推移(法務省)

 あまりデータのいじくりようのないデータですが、このデータの中の永住者の内訳が「一般永住者」、「特別永住者」の二種に分かれております。この特別永住者というのは戦前に韓国と北朝鮮から日本から渡ってきた人達やその子孫に与えられる資格該当者のことで、他の外国人と比べて日本の出入国や居住条件などが大幅に認められています。現国会で議論されいている外国人参政権付与において重要な位置づけにある集団ですので、これはまた後ほど解説します。

 そしてこの議論において左右両方から一番批判が来そうな外国人犯罪のデータですが、ちょっと古いデータですがそこそこまとめているサイトがあるので一応紹介しておきます。

奈良大学社会学部2001年度「社会学特殊講義」(関西大学社会学部助教授 間淵領吾)

 結論から言いますが、この外国人犯罪において正確なデータを求めることは限りなく難しいと言わざるを得ません。
 というのも上記リンク先のデータにも当てはまりますが、基本的に犯罪率というのは、「犯罪検挙数÷該当集団母数」の割合で、10万人当たり何人が犯罪を犯したかという数字にまとめたものです。しかし日本人だけならともかく外国人の場合だと何を以って母数を求めるかによって大きく変動してしまいます。

 いくつか例を出すと、例えば在留90日以下の短期滞在者と長期滞在者とで分けると圧倒的に短期滞在者の中で犯罪率が高くなる傾向があり、この両者を一緒くたにすると長期滞在者が実態にそぐわず犯罪を犯しやすいと見られるデータになってしまいます。そしてあまり話題にする人がいないものの前から疑問に感じていたのですが、この手のデータで密入国者の犯罪がどのように処理しているのかが全く見えてきません。

 密入国それ自体が違法なのですから日本でやることも当然犯罪に関わることが多い密入国者ですが、仮に彼らが犯罪を犯した場合はその犯罪は外国人犯罪件数に数えられるのか、またその場合かれら密入国者は犯罪率を出す際の分母に加えられるのかが出回っているデータにはどれも明示されておりません。
 もしこれら密入国してきた犯罪者がきちんと統計処理されていないのであれば、正式な手続きを経て日本に入国している外国人登録者たちは他人の犯罪も自分達の犯罪として計算されているということになり、実態にそぐわないデータとなっている可能性が非常に高いです。
 この辺が前から疑問なのですが、ちゃんと外国人犯罪率データはその辺も考慮して外国人登録者の犯罪だけを分子として計算しているのかが全く見えてこず、そういった事情もあるのであまり世の中に出回っているこういうデータを私は信用しておりません。
 ただ外国人犯罪の件数増加や犯罪率の高さについては刑務所の定員問題などを聞く限り確かに事実で、「外国人には犯罪を起こす人間が多い」ということは私も認めております。しかしどれほど多いのか、またどのような人種、国籍、滞在型に多いのかについてはまだまだ検討する余地があるでしょう。

 最後に外国人地方参政権問題に一番深く関わるであろうデータとして、各自治体別外国人登録者人口割合のデータで面白いのをひとつ紹介しておきます。

都道府県別外国人数(社会実情データ図録)

 上記のリンク先のページを見てもらえばわかりますが、外国人居住者の多い各自治体でその国籍別割合を求めた所、なんと紹介されているすべての自治体においてブラジル人がトップだったということがわかりました。
 よくこの外国人地方参政権問題の話題が出るたびに、「韓国や中国に国を売り渡すのか!」という意見が飛んできますが、実態的には規模はともかくとして、地方参政権付与によって地方政治に大きく力を持つのはブラジル人ということになります。もちろん反論としてブラジル人は在日韓国人や朝鮮人のようにまとまった組織がないと言えますが、韓国籍や中国籍の人を危険視している人達はこのブラジル国籍の人のこともちゃんと眼中に入っているかといえば甚だ疑問です。そういった様々な事情を含めて、幅広くこの連載で議論していければ幸いです。

2010年2月12日金曜日

移民議論の道標~その一、導入

 前からやろうやろうとしながら先延ばしにしてきましたが、そろそろ腹をくくってこのテーマについていろいろ書こうかと思います。
 さて現在、与党民主党が地方参政権を永住外国人を始めとした日本国籍外者にも付与しようという政策を掲げたことから海外から移民を本格的に受け入れる準備を始めたのではないかと、インターネット上のみならず保守系評論家からも激しく批判がなされております。民主党が本当に移民を受け入れるかどうかは別として、確かにこの地域参政権の永住外国人への付与は移民を受け入れていく上では加速させる政策にはなるでしょう。

 そのような移民の受け入れについて、現状で日本人の大半は反対、少なくとも受け入れるべきだという人間はごく少数しかおりません。移民に反対する理由の多くは移民に混じって犯罪者がやってきて治安の悪化が起こるという理由や、先ほどの地域参政権の話と絡んで日本が内部から外人、それも主に中国や韓国といったアジア圏の国の人間に政治に介入されて国の内部から崩されるといった意見がよく上げられているように見られます。

 ここでいきなり結論なのですが、私は現段階で地域参政権を認めることには反対ながらも、将来的に日本は規模についてはともかく移民を受け入れるべきだと考えております。
 一体何故私がこの様な意見を持っているのかについてのみ説明を行ってもいいのですが、それ以前に私は、決してこの方面の専門家でないながらも現在の日本におけるこの移民を巡る議論はどこか焦点がずれているのではないかと前から感じていました。

 いくつか具体例を挙げると、まず移民受け入れ反対論のほぼ八割は治安の悪化だとして中国人、韓国人犯罪者の問題を取り上げる人間が多いのですが、事実上の移民である日系ブラジル人労働者がこの手の議論ではあまり俎上に上がってきておりません。決して日系ブラジル人が悪いと言うつもりはないのですが、国籍別外国人居住人口では大きな増加率を続けている国であり、ちょうど先月にも大きくニュースになりましたが死亡ひき逃げを始めとした大きな刑事事件もこのところ頻発に起きております。

3人死亡ひき逃げ、容疑者送検 運転のブラジル人(47ニュース)

 こっちは言い方は悪いですが、中国人や韓国人犯罪者による治安悪化を理由として移民に反対している日本人の多くは、移民がいいか悪いかというよりもナショナリズム的な意識から反対しているのではないかという気がします。確かに外国人居住者の犯罪率は通常の日本人より遥かに高く憂慮すべき問題ではありますが、私は移民議論で本当に重要となるのは、どうやって優秀で善良な外国人労働者を受け入れていくかという点にあると考えており、犯罪率が高いからといって脊椎反射的にすぐ移民に反対だというのは気が早過ぎるでしょう。

 またこの手の議論でよく、「フランスは移民を受け入れて見事に失敗したじゃないか」という意見が目に入るのですが、前からこの意見に対して、「移民を受け入れている国は他にもあるのに、どうしてフランスばかりが取り上げられるんだ?」ときな臭く感じており、一体どのような点で失敗したのかという個別具体的な意見となるとなかなか見当たらずずっとこの意見を疑問視しておりました。逆にリンク相手の「フランスの日々」のSophieさんをはじめとしてむしろ現地に在住している人ほど移民に対して肯定的な意見をしており、仮にフランスが失敗したというのならばそれを反省材料にしてより優れた政策に変える努力があってもいいのだし。
 少なくともフランスは、移民を受け入れてサッカーではジダンを手に入れたわけだけど。

 実際に移民を受け入れている国はフランスに限らず先進国ではドイツやイタリア、また同じ島国のイギリスも多種多様な人種を抱えております。そして何より、最大の移民国家であるアメリカがどうしてこの手の議論で出てこないのか、この辺に私は日本の移民議論において一種作為的なものを感じます。もちろんアメリカは建国当初より移民国家で黒人問題を始めとした長い歴史を持つ、移民国家としても特別な国ではありますが、移民の受け入れにおいてどこが特別でどこが特別でないのかで議論から外したりせず、もっと遍く例を比較して議論をするべきだと私は考えております。

 そしてなによりも、日本は望むと望まざるを得ずすでに一定数の移民なくして成り立たない状態にまで来ています。自動車産業や繊維産業の各企業ではすでに賃金の安い日系ブラジル人労働者なくして経営は成り立たないとまで言われており、また国家のライフラインともいえる第一次産業の農業においてすらも外国人研修制度でやってくる中国人労働者が各方面で支えており、このまま中途半端な状態で受け入れを続けるよりも、もっと本格的に議論を行ってどうせ受け入れるのであればマシな形にしていくべきではないのかというのが私の考えです。

 そういうわけで浅学ではありますが、あれこれ批判が来るのは覚悟の上でこれからしばらく移民について議論すべき問題と現状について記事を書いていこうかと思います。このせいでしばらくはまた時事系ニュースが書く量が減ってしまうかもしれませんが、その辺はSOFRANがきっとカバーしてくれると勝手に信じています。

  おまけ
 2006年のワールドカップにてジダンが頭突き問題を起こした際、一体ジダンは何を言われてあんなに怒ったのかという議論にて、
「お前アルジェリア移民のくせに、頭の方はナイジェリアだよな」
 という意見が、誠に不謹慎ながら私の中で一番面白かったです。

2010年2月11日木曜日

石田三成は本当に戦下手だったのか?

 石田三成というと豊臣政権下で太閤検地を主導するなど、どうも官僚的なイメージが付きまとう戦国武将で関ヶ原の合戦での敗戦もあって軍事的才能は低かったという評価が一般的です。特にゲームの信長の野望シリーズではその傾向が顕著で、政治能力がトップクラスに高い一方で武力はほぼ最低ランクの典型的な内政型武将で、実際に私も戦下手だったから関ヶ原では島左近勝猛に全部任せていたんだろうなどと勝手に考えていました。
 しかし本当に石田三成は軍事面の知識がなかったのか、そんな概念を考え直させられるあるエピソードが関ヶ原の直後にありました。

 関ヶ原の合戦の後、捕縛された石田三成は処刑場となる京都に護送されたのですが、天下を握ったも同然の家康を気にして旧知の人間ですら三成に声をかけない中で、黒田長政と藤堂高虎の二人が三成に声をかけたそうです。
 長政は自分の陣羽織を捕縛されている三成にかけると、「ご苦労でござった」と、武士としてねぎらいの言葉をかけ、藤堂高虎は三成に、「関ヶ原での我が軍の鉄砲隊は如何でござった?」と尋ねたそうです。この高虎の問いに対し三成は、「少し乱れがござった」と答え、その原因は何かと高虎が重ねて聞くと、「指揮官に自信がないせいかと思われる。お替えになるがよかろう」と答えました。それを聞くと高虎は、「実は拙者もそう思っておりました。ご指導、ありがとうございます」と、三成の返答に満足して見送ったそうです。

 このエピソードを聞くと、三成は戦場において敵軍の様子を仔細に把握していたという様に取れます。しかも戦国時代を見事生き抜き伊勢において藤堂藩を開いた藤堂高虎と一致した意見を持ったということは、それ自体相当な観察眼と言うか見識を持っていたのではないかという気がします。
 同じく関ヶ原では三成同様に豊臣政権下では官僚的な役割であった大谷吉継も大奮戦しておりますし、関ヶ原の敗戦一つで三成に軍事的才能が全くなかったと判断するべきではないかもしれません。しかも三成は徳川政権下では一貫して否定的に見られていた(徳川光圀のみ肯定的に評価した)人物で、これからはもうすこし公平な評価が特に必要な人物なのかもしれません。

  参考文献
・歴史を「本当に」動かした戦国武将 松平定知 2009年 小学館新書

2010年2月7日日曜日

レビュー「東京マグニチュード8.0」

 先日とあることがきっかけでフジテレビで放映された「東京マグニチュード8.0」というアニメを最初から最後まで見ました。このアニメはそのタイトルの通りに首都東京で直下型巨大地震が起きたことを想定したストーリーで、オープニングテーマが何をどう考えてあんな内容と噛み合ってない曲を採用したのかがわからないことを除けば全体的になかなか楽しめた作品でした。

 簡単にあらすじを説明すると、夏休みが始まってすぐ主人公である中学一年生の女子生徒、小野沢未来が小学三年生の弟である小野沢悠貴を伴って東京お台場にあるロボット展示会に遊びに行った所、その地で地震に巻き込まれ、現地で知り合った日下部真理とお台場から世田谷の自宅まで帰宅するまでのストーリーです。

 このあらすじで何が特筆するべきなのかと言うと、東京で起こる巨大地震の際に実際に想定されている問題で何が一番やっかいなのかというと、東京に通勤通学などでやってきている人達が交通手段やライフラインが破壊されて自宅に帰るに帰れない、大量の帰宅困難者が発生するという点で、それをこうしてピックアップしたのはみていて「ホホゥ(,,゚Д゚)」とされました。
 劇中でも帰宅するまで四日間かかっており、この帰宅困難者の問題がどれだけ根深いのかを考える上では格好の材料かと思われます。

 実は大分以前に災害社会学の授業を受けた際に阪神大震災の教訓、そして東京で予想されるこの帰宅困難者の問題などで詳しく講義を受けたのですが、こうした災害時には何をするべきなのか、どのような情報が必要なのかというのは平常時ではなかなかわかり辛く、個人でも出来る対策や自治体の災害計画などをある程度把握しておく必要があると強く説かれました。

 その授業の話も面白いのでまた今度詳しくやってもいいのですが、地震は予測もできなければ待ってもくれません。常に神経を張っているとさすがに疲れますが、忘れない程度に「もし起きたら」という気持ちを持っておくことは地震大国日本にいる上で非常に大事になるかと思います。

 ちなみに先程の災害社会学の授業にて講師が、何が災害現場にとって一番ありがたいかというと下手に復興ボランティアに来るよりも郵便局などを介してお金を送ってくれることだそうです。お金があれば現場でもいろいろと物資を調達することが出来るそうです。

検察批判 裏金の受け渡しの有無について

 久々に友人のSOFRANが記事を寄稿してくれたので、早速アップさせていただきます。内容としては、彼らしいなぁと思う記事内容です。


 先日2月4日、年明けから政界を騒がせていた、小沢一郎民主党幹事長の資金管理団体「陸山会」の土地取引に関わる4億円を政治政治収支報告書に記載しなかった問題が、一応の決着を見ました。東京地検特捜部は、昨日まで逮捕拘留していた石川知裕衆議院議員(36)、大久保隆規元公設第一秘書(48)、池田光智(32)を起訴しましたが、その容疑とされた収支報告書の不記載を決定した際に関与を疑われていた小沢氏は不起訴としました。検察当局は2月4日の会見で、「特定の政治家を狙い撃ちしたものではなく、法に則って、淡々と捜査をしただけ。」と説明していましたが、各週刊誌の報道や過去の検察の捜査手法から判断すると、この捜査の一番の目的は小沢一郎の起訴、願わくば逮捕まで持っていき、そのことによって民主党政権の基盤を崩したいという狙いがあったことは明らかでしょう。一部マスコミは今回の結果を受けて、【検察の敗北】と報じたりもしています。
 
 この、大きなスパンで見れば昨年の西松建設疑惑から始まる小沢氏に対する捜査は、一体、我々国民にとってどのような意味を持っているのか? この記事では、小沢氏のお金にまつわる疑惑というよりも、それを捜査する検察組織の問題点を指摘した上で、それらについて批判したいと思います。

 まず最初の問題点は、水谷建設による小沢氏側への裏金の受け渡しは本当にあったかどうかです。
 これは岩手県の胆沢ダム工事の受注見返りとして、水谷建設の幹部が2004年10月に石川議員に、2005年4月に大久保秘書に各々5千万円を渡したという疑いで、小沢氏側はこの合計1億円を含んだ4億円を元手に世田谷区の土地を購入した。このように単なる不記載ではなく、その4億円の中に不正な裏献金が含まれているゆえ、その犯罪性、悪質性が強調され、先の小沢氏関係先への強制捜査、異例ともいえる石川氏ら3人の逮捕に正統性が保障される。これが、検察側のストーリーです。

 しかし、石川、大久保両氏は、聴取の始めから一貫して、「そのような不正なお金は断じて受け取っていない。」と否定しています。終始報告書の不記載に関して石川氏は、当初は「形式的なミス」と述べていたが後に、「故意にやったこと」と供述を変えているのとは対照的です。また、胆沢ダムの工事を取り仕切っていた鹿島建設が下請けの水谷建設に小沢氏側に裏金を渡すように命じたとも報道されていましたが、鹿島建設側は、「そのような事実はない」と否定しているのです。
 
 では、誰がうそをついているのか? そもそも、お金を渡したと証言している水谷建設の元幹部とは一体誰なのか? 実は、その証言の主は水谷建設の元会長・水谷功と見られています。彼は法人税法違反(脱税)の罪ですでに実刑判決が確定し、今は獄中の身。この人物は、2006年の佐藤栄佐久前福島県知事の収賄事件においても、「県発注のダム工事受注の見返りに、知事の親族会社の所有地を時価よりも高く買い取った。」という事件の核心に触れる重要な証言をしています。しかし、後に佐藤前知事の主任弁護士に対し、「一審での供述は、当時自分の裁判(脱税事件の方)が進行中で、実刑を回避しようと、検察から言われたままを証言した。」と語っております。この発言を佐藤氏側の弁護団は、昨年7月の最終弁論で明らかにしたそうです。

 このように、この人物は一度、検察の意向に沿って嘘の証言をしている過去があるのです。とすると、今回の小沢氏側への現金受け渡しの証言もその信憑性を疑わざるを得ないと言えます。

 また、この裏金授受に関する素朴な疑問として、当時、野党だった小沢氏に国土交通省の管轄する公共工事の受注を仕切るまでの権限があったのかというのもあります。
 結局、東京地検は先の会見で、記者からの「裏金の存在は解明できたのか?」との問いに、「小沢議員の説明(4億円の原資は個人資産である)をそのまま認定したわけではなく、資金の趣旨は公判で明らかにする」と述べるにとどまりました。ぶっちゃけて言えば、裏金の受け渡しに関しては、確たる証拠が得られなかったということでしょう。

 またこの件に関しての、マスメディアの報道にも疑問が残っています。この間の報道で、裏金を渡したとされる日に元幹部が乗った東京行きの新幹線の領収書があるとか、受け渡し場であったホテルの領収書があるとか。TBSにおいては、「ウラ献金疑惑、居合わせた人物が、核心証言」とのニュースを昼、夕方、夜と流しました。水谷建設に近いという関係者が、石川氏の5千万円授受の瞬間を目撃したという内容などですが、相当具体的に、その時の現場を再現していましたが、その後検察が重要証言として参考にした形跡もなく、どうも胡散臭いニュースのように思えます。

 最後に、昨日の保釈後の石川氏の肉声を紹介しておきたいです。それは鈴木宗男衆議院議員が毎日更新している【ムネオ日記】にある証言で、

「17時50分、保釈された石川代議士から連絡が入った。とても元気な声で安心した。その話の中で、『水谷建設の人がいればぶん殴ってやりたい。いい加減な調書を検事の誘導に乗って作られ、大変な目にあった。頭からウソ話に乗り、取調べをした検事もとんでもない』と憤っていた。」(注:2/5の日記内容)

 この「ぶん殴ってやりたい」との発言は過激で、聞く人がいれば、この人反省してないなーと思うかもしれません。
 ただこの発言の意を手前勝手に解釈すると、「まったくあの事は、黙っておくことが筋じゃないのか。ぺらぺらしゃべりやがって」なのか。「誰だか知らないが、嘘の証言をしやがって、不記載の件は認めるが、こっちがどんだけ裏金のことで検事に絞り上げられたと思ってるんだ。くそ、誰だ、でっちあげやがったやつは、コンニャロック。」なのでしょうか?もちろん、私は後者が真実であると考えています。

 私はジャーナリストでも何でもなく、一介の素人にすぎませんが、今回の件に関しては大新聞やテレビの報道だけでなく、ネットであるとか、週刊朝日などの週刊誌、あくまでジョークですが日刊ゲンダイなど三流紙などの情報を積極的に読み取っていくと、一般に語られている小沢=巨悪の政治家という構図だけでは図りきれない事実が浮かび上がってくると思います。特に大新聞、テレビと他のメディアとの情報の落差は大きかった、それは確かな事実です。
 検察とは、果たして正義の組織であるのか? この組織は、日本社会に何をもたらそうとしているのか? 要チェックです。

  参考サイト
ムネオ日記
佐藤栄佐久 公式ブログ


  花園祐注
 今回のこの検察の捜査に対する報道で何が一番問題だったかと言えば、メディアが捜査対象となった小沢氏側、捜査する側の検察両方に問題性があると整理した報道をすることができず、メディアによって批判対象がそれぞれ異なっていたというのが大きかったように思えます。かくいう私も小沢氏の政治団体が自由党解党時に政党助成金を着服していたのではないかという疑いから終始小沢氏側を批判して、他のメディアがやっているのだからわざわざこのブログで検察の捜査手法を槍玉に上げる必要はないと取り上げませんでしたが、ここまでお粗末な結果になるのだったら始めの段階でもうすこし批判しておけばよかった気がします。

 それこそ今回寄稿してくれたSOFRANのように常に複数メディアに網張っている人間ならともかく、普通の人はテレビならテレビ、新聞なら新聞、週刊誌なら週刊誌と普段一つのメディアでしか情報を取らないため、今回の事件全体の構図がなかなか読み取れなかったのではないかと思います。
 ついでなので書いておきますが、週刊誌やタブロイド紙は情報のテレビや新聞と比べると信用性が低いとしばしば言われますが、今回朝青龍を引退に追い込んだスクープを取ったのは週間新潮で、たまにはいい報道をすることがあります。

2010年2月6日土曜日

最近のテレビCMについて

 大分前、恐らくこのブログを始めたあたりにも書きましたが、このところ悪い意味で目に付くテレビCMが多い気がします。

 この前総務省からも各テレビ局に注意が飛びましたが、現在どこの曲でもCMを放送する時間に限ってわざと音量を上げるようにしており、番組を見ているこっちからするとその度に聞きたくもなければ見たくもないCMを無理やり見させられているようでお世辞にもいい気分がしません。
 もちろん広告収入をテレビCMで上げることで我々視聴者は無料でテレビ番組を見ることが出来るのですから多少は我慢すべきでしょうが、それにしたって最近の一部のCMはいくらなんでも度が過ぎていて、見ていて本気で売る気あるのかと思うくらい不愉快にさせられるCMが見受けられます。

 そのような不愉快にさせられるCMの中で今私が一番カチンと来るのはほかならぬキムタクの出ているタマホームのCMで、なんか検索をかけるとどうやら私と似たような印象を持つ方が多いらしく、あの無意味に「( ゚Д゚)<タマホーーム!」と何度も叫ぶBGMがうるさいの何の。将来家買うことになっても、絶対にタマホームは使わないぞと私に決意させたCMです。

 その逆に見ていてほっとするというか、癖になってこのところ毎日視聴しているCMはしょこたんこと中川翔子氏の出ているアンチウィルスソフトのノートンのCMです。

しょこたん動画 - TVCM メイキング公開中 | Norton 2010シリーズ

 上記のノートンのページ内にてそのCMを見ることが出来ますが、なんというか音楽がゆったりと流れていて、映像も切り替えが少なく近年に見てきたCMの中では一番いい印象を覚えました。CMに限るわけじゃないですが、近年のテレビ番組などは展開がどれも速い上に音楽も聞いててなんか焦らされるようなものが多く、そうした中でこうしてゆったりと構えて見れるCMは本当に久々に感じました。このCMで私の中のノートンのイメージはぐっと上がり、もしアンチウィルスソフトを買うことがあるのであれば是非ここのものを買おうと思います。

 さてこの悪い方のタマホームのCM、いい方のノートンのCMも、それらの評価の分かれ目はBGMこと音にあります。これは以前に広告業界の人から話を聞きましたがやはりテレビCMで一番重要になってくるのはBGMだそうで、昔放送していたキリンビバレッジのアミノサプリのCMで使われた「麒麟戦隊アミノンジャー」のCMでは、五人戦隊のメンバーがそれぞれの名前(症状?)を次々と叫ぶシーンにて、「上の空」の番にて敢えてその症状通りに何も喋らせないことで視聴者を振り向かせるように仕向けてたそうです。
 実際に、「体脂肪!」、「お肌!」、「ヘロヘロ……」、「……………(上の空)」、「飲べえ(゚∀゚)」という順番で言われると否が応にも気になり、私もCMが放送されていた当時は何度も振り向いてしまっていました。もっともこちらの場合、「またもしてやられた(´Д`;)」と思う程度で、タマホームのCMほど不快感はありませんでしたけど。

京都にある大学について

 今日何気なく「Gogle analytics」でこのブログの検索ワードを調べてみた所、

「花園祐 京都大学」

 というワードが入っていて、やや苦笑しました。

 多分私が京都の大学に通っていたということをこのブログの中で散々言っていたからこういう検索をした方がおられたのかと思いますけど、結論から言えば私は京都大学出身ではなく、別に隠す必要はないのですが京都のとある私大出身です。
 ただ私がその大学に在学中、初対面の相手に、「京都の大学に通っている」と自己紹介すると決まって、「京都大学?」と聞き返されるのには辟易してました。近畿圏の人間なら京都にはたくさん大学があるということをわかってくれていますが、どうもそれ以外の地域となると京都の大学となると京大がすぐ出てきてしまうようで、恐らく私に限らず京都の学生は皆似たような経験があるかと思います。

 ではそんな京都には一体どれだけ大学があるのか、そこそこ名の通った大学であれば数え上げれば切りがなく、各大学ごとにそれぞれ特徴があります。ただいかんせん私がそれほど他の京都の大学生と頻繁に交流があったわけでないので知ったかぶりしてその特徴を個別に解説することは避けますが、京都はそれだけ大学が多いということもあって学生には住み易く、かつ学生生活に必要な施設も豊富なので個人的には東京の大学に行くよりも就職機会を除けば得られるものは多いと思います。
 というのも私は元々今も住んでいる千葉県の出身で、高校時代に私の周囲にいた人間はみんな東京の大学に進学していて彼らからいろいろ事情を聞いており、そうした伝聞の情報と自分の体験を比較すると、個人の体験や経験はともかくとして学生生活全体で見れば京都の学生のが恵まれている気がします。

 具体的に何がいいかというとまず圧倒的な利点は家賃の安さです。私なんかは特別で月三万円のアパートに住んでいましたが、敷金礼金が高いものの月五万円も払えばそこそこいい部屋も借りられて通学も京都市内であれば自転車でどこでもいけます。京都精華大学とか京都産業大学は北っ端にあるのでさすがにきついかもしれませんが。
 そうした居住条件に加え学術施設の豊富さも見逃せず、ちょっとした博物館から考古学の発掘現場など、興味があればいろいろと見識を深めるきっかけとなる施設が多く、しかも寺社仏閣に行けば重要文化財があって当たり前ですから至れり尽くせりです。

 ただこうした利点よりも、何が一番よかったかと言えばやはり山に囲まれていたという条件が私の周りで一番人気がありました。京都は盆地で南を除くと三方が山に囲まれており、ちょっと時間があれば簡単なハイキングがいつでも出来ます。やはり日本人は農耕民族ゆえにDNAに山のある風景が染み付いているというべきか、山に囲まれた生活を経験していない関東出身の私や同じく山のない上海出身の知り合いの中国人もあの京都の風景を折に触れて懐かしがっています。

 ただ残念なことに、私の周りではそのような近くの山へ実際に行楽に行く学生はそれほど多くありませんでした。私なんてアホなもんだから、「極寒、信楽サイクリングツアー」で書いたように山越えて滋賀県行ったり伏見稲荷に何度も行ったり、叡山電鉄に乗って比叡山にも行くなどしてましたが、こういうのはごく少数で大抵の学生は盆地の中で止まり続けていました。折角なのだから、見ているだけじゃなく足を運んだ方がいいのに……。

  おまけ
 京都の北西部に「保津峡」といってトロッコ列車が走り、川下りで有名な景勝地がありますが、ここの近くまで自転車で行ったことがありますが、保津峡と言うだけあってすごい坂道だったので自転車を降りて進んでいき、途中まで行って帰ろうと自転車に乗って坂道を下ろうとしたら物凄い加速がついてちょっとビビりました。どれくらいの加速かというと、全力でブレーキ握っているのに自転車がピタッて止まらず、まるで自動車みたいに緩々とスピードが落ちていく感じで、未だかつてあのような感覚は保津峡以来感じておりません。

2010年2月5日金曜日

こんなに上がった漫画の価格

 先日店頭に並んでいたのでのコミックフラッパーで連載している「殿といっしょ」(大羽快氏作)という漫画の1巻を買ったのですが、内容は戦国大名に題材をとったギャグ四コマ漫画でなかなかディープな歴史ネタが盛り込まれており、女性キャラの書き分けができていなくて見分けがつかない点を除くとそこそこ読める内容だったわけなのですが、そういった内容以上にこの漫画で一番気になったのはそのあまりのページ数の薄さでした。基本的に四コマ漫画はどの雑誌でもページ数が少ない中で連載されるため単行本は薄く、かつ発行ペースも間隔が大きく空きがちなのですが、この「殿といっしょ」の1巻に至ってはなんと127ページしかなく、それでいて値段は他の通常の漫画と変わらず540円(税込み)だと言うのですから、なんというか値段に見合わない気がして読後感は正直言ってとても悪かったです。

 この「殿といっしょ」はメディアファクトリー社出版ですが、ここに限らずこのところ漫画の値段の高騰振りが目に付きます。大分前にデフレについて記事を書いた際に日本の物価は消費税5%導入後は総じて低下しているものの何故か書籍だけは上昇を続けていると書きましたが、このところ各漫画出版社が古本屋やインターネットでの不正アップロードによって漫画が売れなくなったと自らの窮状を訴えるのを見るにつけ、そもそも値段を上げ過ぎなのが販売、業績低下の原因ではないかと苛立ちとともに感じていました。
 そこで今日は週末で力も入れられるということもあり、ちょっと頑張って如何に漫画の値段が上がってきているのか自宅内で検証してみようかと思います。

 まず漫画の値段ときたら、避けては通れないのが漫画雑誌の値段です。ちょうどよくウィキペディアに少年ジャンプの値段の変遷がまとめられているので、早速下記にて引用します。

・週間少年ジャンプの値段の変遷
創刊時 - 1970年6月 90円(100円?)
1970年7月 - 1970年11月 80円(不明)
1970年12月 - 1973年3月 90円(100円)
1973年4月 - 1973年11月 100円(不明)
(1973年11月16日 第一次オイルショックに伴う「石油緊急対策要綱」を閣議決定)
1973年12月 - 1976年6月 130円(150円)
1976年7月 - 1980年6月 150円(170円)
1980年7月 - 1989年3月 170円(180円、または190円)
1989年4月 - 1990年8月 180円(190円、または200円)
(1989年4月1日に消費税3%が導入された)
1990年9月 - 1996年1月 190円(200円、または210円)
1996年2月 - 1997年8月 200円(210円、または220円)
1997年9月 - 1998年4月 210円(220円、または230円)
(1997年4月1日に消費税税率が5%に変更)
1998年5月 - 2004年4月 220円(230円)
2004年5月 - 2008年8月 230円(240円、または250円)
2008年9月 - 240円(250円)
※括弧内は特別定価



 自分が記憶している限りでジャンプが最も低い価格だったのは180円で、その頃と比べると消費税が導入されたとはいえ60円も高い240円、率にして13%も上がっているとは、こうしてみると改めて驚きです。とても今の世の中がデフレだとは思えない上がり方です。
 ただこの値段の上昇の仕方についてはいくつか意見があり、確かに値段は上がったもののページ数も同時に増えていて1ページあたりの単価はそれほど上がっていないと下記のサイトでは主張されております。

週刊少年漫画雑誌はここ30年くらい値上がりしていない(情報中毒者、あるいは活字中毒者、もしくは物語中毒者の弁明)

 上記サイトでは時代ごとにページ単価を比較しているのですが、何故かはわかりませんがジャンプやマガジン、サンデーなど複数の雑誌を一緒くたにしているうえに発行年もかなりバラバラなまま比較しているのでちょっとどうかと思うデータではありますが、結論としてはオイルショック後はそれほど変わっていないとまとめております。
 しかしこのサイトで紹介されているデータで少年ジャンプのデータだけに注目すると、以下のような変遷が確認できます。

1992年:190円 422ページ 1Pあたり単価:0.450円
2007年:240円 474ページ 1Pあたり単価:0.506円


 大まかに言って0.45円から0.50円の、率にして約11%の値上がりが92年から07年の間に行われたということになり、先程のジャンプの価格の変遷で私が挙げた89年から07年の間の13%の値上がりと比較しても遜色がない気がします。
 第一、ページ数が数パーセント増えたところで印刷にかかるコストなんてそれほど変動するとは思えませんし、いくらページ数が増えたからと言ってそれが販売価格の値上げに直結するというのは出版社の低の言い訳にしか私には聞こえません。

 こうした漫画雑誌の価格に対し、今回私がむかっ腹を立てた漫画単行本の価格はどのような変遷を辿っているのでしょうか。まずは今回槍玉に挙げた「殿といっしょ」と同じ四コマ漫画で価格を比べてみると、今手持ちの漫画だとこの様になります。

  四コマ漫画価格比較
・殿といっしょ 大羽快 2007年出版 メディアファクトリー 540円 127P(4.25円)
・うめぼしのなぞ 三笠山出月 1996年出版 エニックス 500円 110P(4.54円)
・あずまんが大王 あずまきよひこ 2000年出版 メディアワークス 680円 160P(4.25円)
・ほんとにあった!霊媒先生 松本ひで吉 2009年出版 講談社 560円 157P(3.56円)
※すべて単行本は1巻のデータ 括弧内はページ当たり単価


 我ながらディープな組み合わせとなりましたが、結果をまとめると「殿といっしょ」は極端に高くなく、逆に講談社は非常に良心的であるということだけがわかりました。ただ少し言い訳をすると、「殿といっしょ」と「ほんとにあった!霊媒先生」はB6サイズ(128×182mm)の本に対して、「うめぼしのなぞ」と「あずまんが大王」はA5サイズ(148×210mm)の本です。

 というわけで初っ端からしょっぱい出だしですが、今度はまだ比較しやすい同じ出版社から出ている単行本の価格を比較しようと思います。まずはジャンプコミックスからで、折角なので敢えて同じ作者で少年誌系コミックスと青年誌系コミックスを比較してみました。

  少年誌、青年誌系ジャンプコミックス価格比較
・エンジェル伝説 八木教広 1993年出版 集英社 390円 215P(1.81円)
・クレイモア 八木教広 1993年出版 集英社 420円 191P(2.19円)

・エルフェンリート 岡本倫 2002年出版 集英社 530円 203P(2.61円)
・ノノノノ 岡本倫 2008年出版 集英社 530円 211P(2.51円)
※単行本はすべて1巻のデータ 括弧内はページ当たり単価


 岡本倫氏の単行本については私も以前に書いたように作者自身が値段を抑えようとあの手この手と手段を講じているだけあってさすがのページ単価ダウンですが、八木教広氏が悪いわけではないですが、少年誌系のジャンプコミックスの値段の上がり方はさすがに目に余ります。何度も言いますが、この間日本はずっとデフレで他の物価は下がり続けております。

 しかし、こうしたジャンプコミックス以上に私が問題視しているのは何を書くそうアフタヌーンのコミックスで、前にも岩明均氏の「ヒストリエ」が値段が変わっていないのに巻を重ねるごとに薄くなるのは何事かと書きましたが、それ以上に問題なのは藤島康介氏の「ああっ女神さまっ」です。百聞は一見に如かずということで、早速比較を行いましょう。

  「ああっ女神さまっ」(講談社)単行本価格比較
1巻 1989年出版 430円 180P(2.38円)
10巻 1994年出版 450円 172P(2.61円)
20巻 1999年出版 530円 241P(2.19円)
30巻 2004年出版 490円 148P(3.31円)


 まだ20巻までの変遷は理解できるにしろ、20巻から30巻への高飛び振りはこうしてみるとえらい数字になって調べた本人ですら驚いております。ページ単価でみると2.19円から3.31円への1.12円上昇で、率にして約51%の上昇です。
 私個人の意見ですが、いくら人気作家でこの値段でも売れるとしても、作家や出版社はこんな売り方をしていて恥ずかしくないのかと一度聞いてみたいものです。

 ここまで手持ちの漫画単行本に対してあれこれ価格を比較してきましたが私の中の結論として、やはり漫画業界はデフレ下の日本においてこの十数年間、一貫として価格の値上げを行ってきたのは確かだと言える気がします。売上げが落ちたから値上げをしたのか、値上げをしたから売上げが落ちたのか、どっちが先かまではわかりませんがその値上げに至るまでに企業内でどれだけコスト削減に取り組んだのかなどが私には見えてこず、こうした一方的で一貫とした価格設定の仕方だけを見ていると古本屋に客を取られるのも自業自得なのではないかと人事ながら感じます。

 最後に個人的な意見ですが、確かに読者となる子供の数が減って出版社として本当に苦しい状況かもしれませんが、少年誌系コミックスについてはただでさえお小遣いの少ない小学生がメインの購読者層であることを考え、もう少し価格努力を行って欲しいと願います。

2010年2月4日木曜日

小沢一郎の不起訴について

石川議員ら3人を政治資金規正法違反で起訴(産経新聞)

 本日東京地検は、かねてより政治資金規正法の違反容疑で取調べを行ってきた小沢一郎民主党幹事長の起訴を見送るとの発表を行いました。その一方、この関連の容疑で逮捕された小沢氏の元秘書であった石川知裕議員ら三人は起訴するとのことで、結論から言えば私にとってこれはいろんな意味で残念な結末でした。

 私は過去の四億円の土地購入にまつわる小沢氏の周辺に及んだこの一連の捜査が始まった際、検察の狙いは報道されていた鹿島建設などからの裏金の授受ではなく、「小沢一郎、政党助成金私的流用疑惑について」の記事で書いた自由党解散時の政党助成金流用疑惑だろうと踏んでいたのですが、今回のこの一連の捜査ではこの流用疑惑については一切触れられてきませんでした。
 まぁこの政党助成金の流用については後で自分も調べてみた所、どうも自民党も武部勤氏や中川秀直氏が幹事長時代に彼らの政治団体に振り込んでいたそうなので、政界では暗黙の了解となっていたということがわかったのですが……。

 ただこの流用疑惑が取りざたされないにしても、この結末はいくらなんでも問題なのではないかと思います。私は当初、この事件が建設企業からの裏金が渡されたかどうかなどについてはあまり興味を持っていなかったのですが、事件が進むにつれて四億円の土地購入資金の原資についての小沢氏の発言が次々と変わっていったのを見て不自然さを感じ、もしかしたら本当に全額裏金で買ったんじゃないかと疑うようになりました。以下に軽くその変遷をまとめると、

1、銀行から担保を出して四億円を借りて出した→融資を受けたのは支払い後だとばれる
2、これまでこつこつと自宅の金庫に貯めていた金で出した
3、金庫のお金は貯めていった金ではなく小沢氏の父親の遺産だった→本人が昔、遺産はからっきしなかったと述べていた

 何故こうも原資に関する内容がコロコロ変わるのか、素人目に見たってやはり怪しく思えます。虚偽記載にしたって、最初の銀行から融資を受けたって言っている時点で小沢氏も今回の件を了承していたと見るのに十分じゃないかと思います。
 とはいっても、証拠不十分で安易に逮捕されるというのもまた問題で、どうせだったら石川議員らも不起訴でこの事件は終えるべきだったんじゃないかと私は思います。たださっき書いた朝青龍の引退に追い込んだ事件をスクープしたのは週刊誌だったので、ひょっとしたら時間が経てばこの事件は急激に何か動くこともあるかもしれません。

朝青龍の引退について

 ちょっと前の記事で朝青龍のことばかり書いてちゃいけないと言っておきながら、やっぱり書かずにはおれません。
 本日、場所中に知人に対して暴行を行ったことからかねてより去就が注目されていた横綱朝青龍が相撲協会に自ら引退を申し出ました。この朝青龍の引退について私は、自らその進退を決めたことを評価する一方、相撲協会ともども遅きに失した判断だったと考えております。

 これはあくまで私の経験則ですが、世の中にはいくら反省を促しても同じ過ちをくりかえす繰り返す人間というものは絶対に存在していると思います。朝青龍もご多分に漏れずその例に当てはまる人間で、これまで何度も即刻引退物の不祥事を引き起こしてはもう酒は飲まないとか、真摯に反省しているなどと口先では言うものの結局すぐまた同じような問題を引き起こしておりました。個人的に一番呆れたのは怪我を理由に巡業をサボっておきながらモンゴルでサッカーに興じていたあの事件ですが、私は相撲協会はあの時に朝青龍を即刻解雇するべきだったのではないかと思います。
 厳しい言い方になりますが、何度更正のチャンスを与えられても反省の出来ない人間は時間を与えるだけ無駄で、早い内に厳しい処分なり追放をすることこそが必要だと私は思います。

2010年2月2日火曜日

呆れた採用面接をした会社

 さすがにもうそろそろ時効かなぁと思うので、私が受けた採用面接でびっくりさせられた会社の話を一つ紹介しようと思います。

 いきなり実名を挙げちゃいますがその会社というのは京都の「くろちく」という、なんか不動産とかアパレル、雑貨の販売とかいろいろやっている会社なのですが、数年前に私が就職活動をしていた当時、京都に住んでいたこともあって自転車でいける距離の近さから説明会、採用面接を受けてみたのですが、唖然とさせられたのはここの一次面接でした。

 一次面接はグループ面接で、私と数人の就職希望者(確か全員女性)は他の会社でも聞かれるような型通りの質問に順番に答えていたのですがその途中、その場にいた一番えらそうな営業の社員の携帯がいきなり着信音付きで鳴り、「えっ?( ゚Д゚)」とした表情をする我々をよそ目にその社員は平気でその着信に出るや席を立ち、とっとと面接を行う部屋から出て行ってしまいました。

 確かこの会社はそれほど大きい会社でもないことから当時の新卒採用にてコンサルタント会社に一部業務を委託していましたが、この事態に対してコンサルタント会社の女性社員が場を取り持って他の社員とともに面接を続けたのですが、確かそれから十分以上は面接が続いたものの結局その出て行った社員は戻ってこないまま面接は終わりました。しかしその面接終了時にも面接官の一人(しかも一番えらそう)が突然携帯を鳴らしてそのまま出て行って戻ってこなかったことについて何の言及もなく、我々はその日はそのまま帰されて、後日私のところに無事不採用通知が来たというわけです。

 仮にもし就職希望者がその携帯に出た社員と同じことをしたとすると、まず間違いなく面接を行う会社はなんて常識のない人間だ、あんな奴は採用するなと言うに決まっていますし、下手すりゃ「てめぇなめてんのか(#゚Д゚) ゴルァ!!」とその場で怒鳴られるかもしれません。もちろん会社員にもいろいろ事情もあるだろうし面接中だろうと急な電話に出なければならないというのも理解は出来ますが、いくらなんでも何の断りもせず、しかも長電話になるならなるで途中で一言も侘びを入れずに出っ放しというのは私には理解できません。

 別にこういうことをわざわざ書かなくともよかったといえばよかったのですが、いくら選ぶ立場だからといって採用企業は何をしてもいいというわけじゃない、最低限のルールは守らなければならないということを就職シーズン前に言っておきたかったので、個人的な恨みを含めて今回書くことにしました。このほかにもこの手の話はまだまだありますが、会社の実名を挙げ、ホームページのリンクまで貼る辺りが私らしいなという気がします。

民主党のマニフェスト破りについて

 政治系のブログなんだから朝青龍のこととか書いてないで、たまにはちゃんとした時事評論でもやっとこうと思います。どうでもいいですが、このところやけに自分の文体がラフになってきた気がします。意識はしてないんですけど。

 さて通常国会も始まったのでこれから政策についていろいろと議論されればニュースにもなるかと思っていたのですが、現在の所去年の補正予算案の審議と採決だけしか主に行われていないのでどうにもこうにも記事が書き辛い状況であります。そんな中、政治系ニュースでこのところ主に取り上げられているのは小沢民主党幹事長の闇献金疑惑ばかりなのですがこちらについては私も散々書いているので今回は置いといて、これとは別にこれからの今年の本予算審議で重要な所となる民主党がマニフェストに掲げた政策について、このところ閣僚から発言が相次いでおります。

 まず最も二転三転しているのは今年の中ごろから始めると去年は意気込んでいた子供手当てで、この子供手当てを当初の月額二万六千円(2010年はこれの半額)を満額対象世帯に配ることについて、いちいち閣僚の名前まで挙げませんが満額出すのは難しいという人もいれば全然余裕で配ってやるなどと意見が分かれております。こういった閣僚の間で意見が割れていることをメディアはよく取り上げて今日も鳩山首相の発言を報道しているのですが、あくまで私の所見ですが国民の間でこの議論はそれほど興味がもたれていないのではないかと思います。

 元々この子供手当て、またこちらもマニフェストに掲げられていた高速道路の原則無料化は去年の総選挙の時点から今に至るまで賛否両論が分かれており、特に後者に至っては恐らくどこの調査でもただの一度も賛成が反対を上回ったことはないと思います。おまけにこの子供手当ては国からお金をもらうということで、日本人の妙に周りの反応を気にする性格が作用してか表立って、「くれるってんなら早くくれよ!」っていう意見を言う人が少なく、そういった諸々の事情ゆえに国民の間で議論が大きくならないきらいがあります。もっともこの場合、議論が大きくならないというよりはこれらの政策自体に無関心な所が大きいという気もしますが。

 それがゆえに、先程の高速道路原則無料化の撤回を筆頭に民主党のマニフェスト破りが現鳩山政権の致命的な支持率低下につながらないのだと私は見ております。テレビに出てくるコメンテーターや自民党議員などにはこれらのマニフェストと矛盾している点を厳しく追及する者もいますが、いかんせん国民自身があのマニフェストに元々期待していなかった、下手すりゃ反対していたということからどうにも大きな動きには今のところつながってはおりません。また民主党もこういったところはちゃんと心得ているのか、原則無料化はできないと言い切った後はあまりこれらの問題に言及しないようにして被害を最小限の留めようとしています。これが麻生政権だったら、来年には出来るかも、いや出来ないかもと言い続けては支持率低下を招いたでしょう。

 私自身、高速道路の原則無料化と子供手当ての廃止については元から反対でした。ただ官房機密費の公開を拒んだというのは個人的には残念でした。まぁこっちも大きな動きにつながらなかったけど。
 言ってはなんですが民主党のマニフェストは私も去年の総選挙前に「みんながマニフェストを読まない理由」の記事で内容が当たり前のことしか書いておらずあまりにもくだらなすぎて価値がないと評したように、もとより投票の指針になるどころか何の広報にもなっていなかったと思います。それが故に今の民主党のマニフェスト破り、というか公約破りは民主党に何のダメージも与えないと言い切ってもいいです。ですのでメディアも野党もマニフェストと実際にやろうとしている政策がどうとかこうとか言い合わず、この際マニフェストのことは金輪際忘れて本当にやろうとしている政策について議論した方が有益ですらないかと思っています。

 かつて民主党は小泉政権時に、小泉元首相が改革、改革と叫んだことで改革という言葉の価値を貶めてしまったと訳のわからない批判をしていましたが、少なくともマニフェストと叫び続けてマニフェストはもとより公約は守られないものだと定着させた民主党の方が責任は重い気がします。まぁ公約破りは小泉政権時も、「この程度の公約破りは大したことではない」と言い切るなど、いろいろ凄かったけど。

2010年2月1日月曜日

中国の検閲について

<日中歴史共同研究>内容報道のNHK放送 中国国内で遮断(毎日新聞)

 最近このパターンが増えていますが、今日もニュースに対して思った感想を書こうと思います。
 リンクに貼ったニュースは現在日中の専門家らによって行われている歴史共同研究についてNHKが海外向け放送にて報じた所、なんと当事者であるのに中国国内では戦後史の場面の放送だけが遮断されたということを報じているニュースです。このニュースを見た私の感想はというと、こんな当たり前だと思っていたことでもニュースになるんだなといった所です。

 実はこういうことは中国では珍しくなく、私が留学で滞在している最中にも何度か目撃したことがあります。はっきりとそれだとわかったのは天安門事件(第二次)が起きた六月四日の放送で、外語大ということもあって私の大学寮のテレビでは各国の放送が見られたのですが、いつものように夕方のNHKニュースを見ているとアナウンサーが、

「1989年の本日、中国にて天安門事件が--」

 と、言った所で突然ブツンっという音とともに画面が暗転して何も見えなくなりました。最初はテレビの故障かなと思ったのでチャンネルを変えてみると他のチャンネルは映り、NHKの衛星放送にて何がしかの問題が起きたのかなとも思ってしばらく元のチャンネルのままにしておいたのですが、時間にして約二、三分、しばらく時間が経つやまたもブツンっという音がしてNHKのニュース画面は再び映りました。しかし、画面が切れる前に言いかけていた天安門事件についてのニュースは案の定すでに終わっていました。

 言ってはなんですが、中国ではこういうことは日常茶飯事だと思います。著作権については全然緩いくせに、こういった政治や思想についてやけにお堅い所はネット上も実生活上も全く同じです。ちなみにその天安門事件の日はクラスメートのアメリカ人が、「今日は何の日か知ってるか?」ってわざわざ話を振ってきました。さすがに人権にうるさい国なだけある。

 今回放送が中断させられた箇所もどうやら天安門事件について触れようとする場面だったようですが、こうした放送が中断させられるという事実以上に、海外放送についても中国政府は常に検閲を行っているという事実に目を向けるべきだと私は考えます。友人も言っていましたが一体中国政府はどれだけの人員と労力を使ってこうした検閲を行っているのか、その規模と力の入れようを考えるといくら人が余っているからってもう少し別の方に使ったらどうだと言いたくなって来ます。今回のケースから察するに、まさかNHKの放送内容を事前に知ることなんて無理なんで、恐らく常にテレビを見ている監視員が最低一人はいて、しかもその人物には中国全土でNHKの放送を中断させる権限を持っているということが予想されます。

 こうしたテレビならまだ一人か二人の監視員で済みますが、インターネットともなれば常時膨大な人数を割り当てて検閲を行っていることでしょう。実際に台湾系サイトならまだしも中国系のサイトでは天安門事件や文化大革命について言及しているサイトはほぼ皆無に近く、一説によるとそういった中国にとってまずい情報をアップロードした人間を罰するのではなく、アップロードさせたままにしているサイトの運営者、管理者やプロバイダーを罰することでネット上の情報も検閲しているそうです。うまい叩き方だと思う。

 最後に日本のメディアへちょっと苦言を呈しておくと、今回のNHK海外放送の遮断を報じるメディアは多いものの、先月にあった中国政府の検閲に抵抗する形でのGoogle社の撤退検討騒動と合わせて報じるところは皆無だったというのは少し情けないかと思います。どちらの中国の検閲に関わる内容で、商業と社会倫理、そして情報の捉え方を考えていく上ではパッケージングして報じるべき内容ではないでしょうか。
 そういうわけでどこかそういった報道をしていないかと少し検索をかけたところ、今回のニュースとではないですがGoogle社の撤退騒動について西日本新聞がありきたりといえばありきたりですが、なかなかよくまとめた社説を書いているので紹介しておきます。

中国ネット検閲 情報統制は無理だと悟れ(西日本新聞)