2008年10月23日木曜日

悪魔の経済学 その二

 本当は続けるつもりはなかったのですが、前回の記事を書いてる途中にふと、よくアメリカ型の新自由主義は弊害の多い考え方だと批判する意見は数多いのですが、一体どこにどんな弊害を生む要素があるのかという説明は実は少ないということに気がついたので、ちょっとその辺を解説しようと思います。

 まず巷によく出ている意見で多いのは、「市場に任せれば何もかもうまくいく」という価値観が、この新自由主義経済学の欠陥だというものでしょう。この指摘自体は間違ってはいません。小泉政権時に行われた規制改革路線もこの考え方で行われ、それによって規制を皆取っ払われた全国のタクシー業界は現在競争過多となってタクシー運転手から事業者に至るまで、「規制をもっと増やしてくれ」と国に嘆願書を出すまで追い込まれており、基本的に今の時代で全く規制をせずに経済がうまくいくということはないでしょう。ちょっと専門的な事を言うと、規制のない無法経済はどれもゼロサムゲームになるのがオチです。

 ちなみにこれは昨日歩きながら思ったのですが、この新自由主義経済学の説明の際に、「無政府主義」という言葉は何で出てこないんだろうなぁと気がつきました。まぁ死語なんだけどさ。
 この無政府主義ではバクーニン(どうしてこう、ロシア人って極端なんだろう)という人が有名ですが、あまり勉強していないで解説するのもなんですけと、この思想は基本的には共産主義以上に左翼思想が強く、経済に対して国家は一切の関与を行うべきではなく政府はただ国防のみを行えばいいという思想の一派です。非常に幅の広い思想で一概に私が言ったようなもので定義できるというわけではないのですが、私の定義を言い表す有名な言葉で「夜警国家」というものがあり、これは先ほどの「国防のみを行えばいい」という姿を一言で説明した言葉です。この言葉と私の定義を聞いて、はっと気がついた人とは私と仲良くなれそうです。

 これはあまり人が言わないのですが、私から見て新自由主義というのは見方を変えるとこの無政府主義と言っても過言じゃない気がします。そして先ほどの夜警国家の概念についても、アメリカのブッシュ政権での極度な軍事化を見ていると、規制自由化と国防強化はやはり同一線上にあるのかなとも思えます。日本も海外にまで自衛隊を派遣するようになったし。
 佐藤優氏はアメリカのネオコンは思想的にはトロツキスト、要するに世界革命を目指す古い共産主義的な思想だと説明しており私もこれには納得しますが、政策で言うなら無政府主義の方が近い気がします。

 まぁそんな説明はほっといて本題に戻りますが、最初の規制を何でも取っ払うという価値観は確かに欠陥で、こういったことを指摘している経済学者やコラムニストの方はまぁちゃんと仕事をしていると思います。しかし中にはこの新自由主義に対して、「儲け第一主義」が良くないとかいう批判をする人も多くいますが、私はこれには呆れてしまいます。何故かというと基本的に経済を担う企業はそれこそ「儲け第一主義」ですし、今更それを否定してもしょうがないと思うからです。またその価値観がどのような弊害を生むのか、大抵の人は「強者がのさばり弱者が苦しむ」といいますが、儲け主義がこれに直結するかというとどうも腑に落ちません。それよりは先ほどの「市場第一主義」のほうが強盛弱衰に繋がるという指摘の方が的確です。

 そこで私の意見ですが、確かに市場第一主義とかいろいろ突っ込むところはあるのですが、あまり表に出ていない新自由主義の欠陥的価値観というのは、何でもかんでも金銭に置き換えて勘定をするところだと思います。
 昨日の記事でも書いたように、浮気をすることによる損害リスクと快感をわざわざ金額に置きなおして比較したりするなど、新自由主義経済学にはどうも人間の感情など、本来金銭に置きかえれないものまで無理やり置き換えた上に計算をしようという特徴がある気がしてなりません。なにもこの浮気の話だけでなく、「動物を買うことによってかかるエサ代と、動物によって和む心的ストレスの緩和に貢献する価格比較」とか、「金のかかる美人と金のかからないブスの生涯の費用対効果」などと、かなり無理やりな計算比較を連中は当然のように行います。

 そして実際の経済活動においても、ブランドイメージを金銭に置き換えたり、知名度やメディアへの出演時間の計算など、本来お金に換えるに適当でないものまで金額を出してしまいます。特に私がよく疑問に感じるのは、「~の経済効果は○○円です」などという触れ込みです。以前の宮崎県知事の「東国原旋風」の頃はテレビの露出時間からクソ生意気な電通が「広告料に置きなおすと○億円の経済効果が宮崎にあります」などとしたり顔で説明してやがったが、どこをどういう風に計算したらそうなるのか、また実際に宮崎の生産高がこの時期に「○億円」増えたのかというと滅茶苦茶怪しい数字な気がします。
 しかしこの発表があった当時はどこも検証することなくこの数字を出して、見ている側も何がなんだかわからないまま「へぇ、すごいんだなぁ」と感心してました。しかし数字の根拠は未だに不明で、今思うと東国原旋風に便乗して衝撃的な数字を出し、自分らへの注目を集めようとする策謀だったような気がします。同様のもので、「阪神優勝による経済効果」ってのもあります。こっちも、数字の根拠をずっと私は追っているのに未だにわからずじまいです。

 こういった本来金額に直すことの出来ないもの、人間の感情までも含めて無理やりに勘定してしまう、これこそが新自由主義の一番問題のある欠陥だと私は思います。具体的にどんな弊害があるかというと、前回の記事で書いたアメリカの自動車会社の例のように、取るべき行動を決める際に、絶対やってはならないことという行為までも費用対効果で比較してしまう弊害があります。前回の例だと、車の事故などは本来絶対に起こしてはならないものであるのに、遺族への保証金額と車の欠陥対策費を比較し対策を行わなかったりと、お金で比較するべきでない行為までも比較対象にすることにより、返って社会に対して重大な損害を与える行動を取ってしまうという点こそが、この価値観の最大の欠陥だと私は思います。

 竹中平蔵氏と同様に日本での新自由主義の第一人者である、前日銀総裁の福井俊彦も小学生に対する講演で、
「皆さん、大事なものはみんなお金に変えてください。お金に換えておけばその価値をいつまでも保存することが出来ます」
 という、頭のおかしいことをのたまったことがあります。真に大切なものはお金で価値が換算できるはずもなく、またお金で換算せずとも、たとえ何億円を積まれてもまげてはならない道理(殺人など)も世の中にはあります。そういったものを根底から覆しかねないのが、この新自由主義の価値感でしょう。

 本当は今日で終わるつもりだったのに、また明日も続きます。明日はちょっとこういった部分に関係する環境問題、それも二酸化炭素の排出権取引の欠陥について解説します。

2 件のコメント:

  1.  なるほど。そういうことだったのか。はじめてわかりました。お金に換えれないものというのはいろいろありますよね。その人の一生を変えることとか。それとか体、記憶、人命とか。

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  2.  なんだかんだいって、あのジャックスカードのテレビCMの、「お金で買えないもの、プライスレス」って言うのは非常にいいキャッチコピーだと思います。

     最近だと偽心理学が流行って、人間の心理や行動、考え方にまで妙な値段がついたり計算されることが増え、私たちも消費行動に移る心理(キャンペーンの影響など)を損得勘定で自然と計算するようになってしまった気がします。

     実はこの続きに私の流派の経済学の真髄が続くので、最初は意識してなかったのですが宇沢流社会的共通資本主義経済学を今度説明します。そこまで私はこの流派の専門家じゃないのですが。

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コメント、ありがとうございます。今後とも陽月秘話をよろしくお願いします。

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