2009年8月31日月曜日

「クレヨンしんちゃん、モーレツ大人帝国の逆襲」の私的解釈

 すごい大昔にこのブログで一回だけちょこっと触れましたが、私はアニメの「クレヨンしんちゃん」の映画版、「モーレツ大人帝国の逆襲」の大ファンです。実際にネットでいろいろ見ていると私だけでなくいろんな方がこの作品をシリーズ最高傑作と評しており、大人から子供まで幅広く楽しむことの出来る一大娯楽作品として見られているそうです。

 そんなこの作品ですが、内容をかいつまんで言うと大阪万博の時代を模したようなテーマパークにひろしやみさえといった大人たちが洗脳されたかのように通い詰め、ある日の合図を境にしんのすけやひまわりをはじめとした子供たちを置いていってしまいます。それに対してしんのすけたちは救出を試みるというのがおおまかな筋書きなのですが、詳しくは是非作品を直接手に取って見てください。
 私がこの作品を見たのは20歳の頃でしたが、その頃でも十分に面白いと思いましたが更に年を重ねた現在になって改めてこの作品を思い返してみると更にいろいろと思いつくことが出てきたので、今日はちょっとその辺について書こうと思います。

 この作品では万博を模したようなテーマパークで大人たちが楽しそうに遊ぶのを尻目に、子供たちは託児所に預けられてやや暇そうに他の子供たちと遊ぶ様子が描かれています。そして話の後半では敵役となる男が、大人が自分で一番良かったと思う時代にいて何が悪いのだと主張します。それに対してしんのすけは、ラストシーンにおいて大人に取っては楽しいかもしれないが子供にとっては必ずしもそうではない。自分たちから未来を奪わないでくれと訴えることになります。

 この一連のやりとりを改めて考えるにつけ、恐らく本作品の製作者の方は、

「楽しいと思える時代で敢えて時を全く動かさなければ、ずっと楽しくいられるのでは?」

 という問いを投げかけているのではないかと最近になって気がつきました。楽しい時代を繰り返し体験できるのであれば、敢えて時を停止させた方が人生には良いのではないかということです。
 しかしこれはやはり大人の都合で、大人の世代から差のある子供の世代からすると必ずしも大人が楽しい時代は楽しいわけじゃありません。そんな思いが入っているのが上記のラストシーンにおけるしんのすけのセリフで、これまた私の解釈はというとまず一つ目は、

「子供の自分たちが大人となった後に楽しめるかもしれない未来を奪わないでくれ」

 ということで、最近気がついたもう一つ目の解釈は、

「今より辛く、苦しくなる可能性があるとしても、もっと楽しさが広がる可能性もある未来を閉ざさないでくれ」

 という意味もあったのではないかと思うようになってきました。もちろんこれは私の勝手な解釈ですが、こんな解釈に結びついただけでもこの作品は見てよかったと心から思います。
 また最後の解釈をより深く考えてみると、時を停止させる意味、進ませる意味についていろいろと考える内容が広がっていきました。実はこの時の概念については昔に友人と果てしなくやりあったので、そろそろ蔵出しとばかりに順次放出して行こうと思います。

 実はこの記事でもまだ熟成するのに時間が足りていないのか、自分ではうまく書ききったとは思えない内容になってしまいました。それほどまでに時という概念を考えることは私にとって難しいのですが、仮に私がこの時の概念について思いのたけを全部表現することができたら、シャレや冗談じゃなくいつ死んでも構わないです。

2009年8月30日日曜日

選挙後に予想される各党人事

 恐らくこのブログの閲覧者の方たちは今回の選挙についての記事を期待されている方も多いと思われますので、未だ開票中ではありますが選挙関係のネタも一本投下しておくことにします。

 まず今回の総選挙の現在までの開票状況ですが、民主党が自民党を破って単独過半数を握るのは最早絶対的に確実で、目下の焦点は総議席の三分の二にあたる320議席を民主党が握れるかというところにまできております。ちなみに先週初めの各新聞社の予想ではどこも民主党が300議席を越す情勢と報じる中、どこか一社だけが320議席を取れそうかもと書いておりました。私が思うに恐らくどこの新聞社も320議席を越える予測調査結果を出していたでしょうが、さすがに尻込みをして300議席に落ち着かせて報じたのではないかと思います。

 そんな新聞社を尻込みさせるほどの大勝を見せた今回の民主党とは対照的に、前回に大勝してただけに自民党は今回大量の落選議員を出すことになって傍目にも敗北の色が強く映ってしまいました。先ほど中継で入りましたが麻生首相は今回の選挙の責任を取って総裁職を辞任する意向を表明し、明日から自民党は次の総裁を誰にするかが党内の大きな焦点となるでしょう。
 この次の総裁については選挙中はどこのマスコミもあまり予想を書いていませんでしたが、目下の私の予想としては選挙前の国民の評判から枡添要一氏が最有力候補であると考えております。仮に枡添氏が総裁に就任するとしたら、多分参議院議員としては自民党総裁は初めてになるんじゃないかなぁ。別に悪いことじゃないけど。

 その枡添氏の対抗馬は議員、閣僚経験から言えば現財務相の与謝野馨氏なのですが、この人はかねてから健康不安説もあるだけでなく今回の選挙中も一回体調不良で倒れたそうなので、野党の党首のようなタフな役割を果たせるかといったら誰もが不安に感じると思います。あと途中までしか見てないけど、出口調査だとこの人もちょっと危ういそうだし。
 そうなるとその次に誰が来るかといったら、多少贔屓が入っていますが私が敬愛する水木しげる氏の故郷である鳥取県選出の石破茂氏が有力な枡添氏の対抗馬として来るのではと考えています。こっちはもう当選確実ですし、現自民党において屈指の政策通ということもあって順当に選ばれるとしたらこっちのような気がします。

 このほか石原伸晃氏も有力候補なのですが、幹事長代理という党執行部職についていることもあり、なおかつこの人はいざってところで頼りないところがある人(道路公団民営化議論の時など)なので、誰も野党の党首なんてやりたくないというのであれば目立ちたがり屋なのでやるかもしれませんが、あまり自民党にとってもいい選択だとは私は思えません。前の都議選での自民党敗北の責任もあいまいなままだし。
 それにしても、こうしてみると随分と自民党も人材がいなくなったという気がします。小泉政権時に閣僚などの役職を得ることで表舞台にデビューした面々はどれもさっぱりで、当時に評論家からも小泉元首相の最大の罪は自分の後に続く人材を育てなかったと指摘されていましたが、今になってみるとその通りだったなという気がします。ま、ワンマンのトップはどこもかしこもそういう性格がありますが。

 その一方、大勝した民主党もこれから政権を主導するに当たって最初の関門となるのがこちらも同じ人事です。特に民主党は選挙前に社民党、国民新党と連立を組むと宣言しているだけに各党からどれだけの人数、人物を閣僚として採用するかがいろいろと見物です。また民主党内からどのような人物をどこに配置するのも同様で、昨日に友人ともこの件で話してきたのでいくつか紹介します。

 まず確実かと思われる人事として、幹事長職に小沢一郎氏が就任されることが予想されます。小沢氏自身が表に出るような首相、官房長官といった職種を苦手としていることもあり、党内でも強い権力をもてる幹事長職につくのではないかというのが目下の予測です。もちろんこの場合首相は鳩山由紀夫氏ですが、閣僚を含めて人事権は小沢氏が握ることが確実でしょう。鳩山氏もこの前のインタビューで「(人事は)小沢氏でないとわからない」と記者に素直に返事しちゃいましたし。

 この小沢氏のほかの民主党主要議員で言えば、菅直人氏は恐らく閣僚入りすると思います。ただこの人は口が過ぎるところがあるので官房長官などはまずなく、そことなく目立たない職に入れられるんじゃないかと思います。逆に岡田克也氏は口が堅くてムッツリ気味のフランケンなので、官房長官が向いてそうです。
 大臣職で言えば恐らく鬼門となるのが厚生大臣と防衛大臣でしょう。厚生大臣は前任者の枡添氏が非常に人気が高かったこともあり、またこれから新型インフルエンザの大流行の対応に注目が集まるので生半可な人物を送れば国民から大きく揶揄される可能性があります。そのため恐らく民主党としてもエース級を送るでしょうが、順当に行くならミスター年金こと長妻昭氏かと思われますが、恐らく長妻氏は年金担当特命大臣のような所に行くかと思うので誰か別人物が来るかと私は思います。防衛大臣については、かねてより安全保障問題が民主党内で意見が割れていることが理由で、どの人物をここに据えるかで執行部の方針が見えてくるでしょう。

 逆に処遇でいろいろと気になるのが前原誠司氏です。この人は結構公然と民主党の方針とは全く逆の発言をすることもあり、迂闊に閣僚に入って変なことを発言されたら執行部もたまらないでしょうが、知名度があることと民主党若手の旗頭みたいな人物でもあることからどこへ配置するのか気になります。ついでに挙げとくと、田中真紀子氏もいろいろと扱いに困る議員です。

 最後に一つ民主党のアキレス腱となりかねない議員として、山岡賢次議員がおります。何故アキレス腱なのかとは説明しませんが、個人的にはこの人を主要役職に据えて置けば民主政権は後で絶対痛い目に遭うのではないかと私は見ております。

「陽月」の検索について

 未だによく人から、どうして「陽月秘話」というブログ名にしたのかと聞かれるのですが、その理由については過去の「ブログタイトルについて」の記事でも書いておりますが、もう少し詳しく書くと自分の好きな「中庸」という精神を「陰陽」という言葉に捉え、それをかつての自分の号の「葉」という文字の音に合わせようと「陽月」を用い、音がよくなるようにブログっぽく「秘話」を付けたわけです。

 そうしてつけたこのブログ名ですが、実は陰ながら「陽月」という言葉ときたら「陽月秘話」と連想されるようにならないかなぁとブログ開始当初から考えていました。ところが現実はそんなに甘いもんじゃなく、当初グーグルやヤフーで「陽月」と検索をかけても全然ヒットしてくれませんでした。では当時「陽月」と検索をかけると一番上に来るのといったら、この前に退団をしたそうですが、陽月華氏という元宝塚の女優さんでした。その次に来るのは今度は「陽月」という人形屋さんで、いつかはこいつらを追い抜いてうちの陽月秘話が「陽月」という検索だけでトップにきてやると、陰ながら執念を燃やしていたわけです。

 そんな私の執念が影響したかはわかりませんが、最近になって両方の検索エンジンで検索してみるとさすがにトップにはきませんが、見事一ページ目に「陽月秘話」が来てくれるようになりました。このブログも最初はあれでしたがなんだかんだ言って現在では本店と出張所を合わせて毎日百人程度の方に閲覧してもらえるようになり、頑張って書いてきたことが実ってきたのだと思えます。

 ただちょっと気になるのが、グーグルの検索だと出張所が上にヒットするのはすこし複雑な気分になります。本店のブログはグーグル社の「blogger」なのにさ。

ゲームレビュー~Gジェネレーションスピリッツ

 今日は思うところがあるのでゲームのレビューをしようと思います。レビューするのはこの前最新作が出たGジェネレーションシリーズの「Gジェネレーションスピリッツ」です。

 このゲームはPS2のGジェネシリーズとして2007年に発売されたタイトルです。私がこのシリーズを遊んだのは初代の「Gジェネレーション」と「GジェネレーションF」の二作で、今回の「スピリッツ」までは随分と間が空いています。何で急にまた購入したのかというと、なんかのんびりやれそうなシミュレーションはないかなと覚え、Gジェネシリーズなら裏切られることはまずないだろうと思ったのがまず一点で、もう一点の理由はそろそろPS2のゲームがPS3やDSなどの新ハードのソフトに侵食されてソフト屋から締め出されそうなので、買えなくなる前にやっておきたいゲームは買っておこうと考えたわけです。

 そんなわけでこの「スピリッツ」ですが、一昨日に買って今日に言うのもなんですが、プレイした第一印象というか感想はとにもかくにも「面倒くさい」の一点に尽きます。
 これは今回の「スピリッツ」に限るわけでなく「三国無双シリーズ」にも言えることですが、こうしたシリーズ物のゲームはある段階でゲームシステムが完成されてしまうとそれ以降はグラフィックやキャラクター数は増加するもののゲームとしての面白味が低下していく傾向があり、残念ながらあのGジェネシリーズもその例に漏れないのかと感じました。

 三国無双シリーズについては2の時点でほぼ完璧にシステムは完成されており、昔に私の記事でも書きましたが3では一騎打ちシステムや武将同士の友情システム、武器レベルアップ制などが導入されましたが、これらの新システムははっきりいってプレイを面倒くさくさせるものでしかなく、次回作の4ですべて取っ払われていたのを見ると相当不評だったことが伺えます。ちなみに4はまだ3よりマシでしたが、2ほど面白くは私は感じられませんでした。

 それで今回のGジェネスピリッツですが、このシリーズも恐らくシステムやゲームの形としては「GジェネF」で完成されていたと思います。しかもこのシリーズはガンダムを原型に作っているのでストーリーに至ってはどの作品でも変わらないという弱点も抱えており、話の展開でプレイヤーに新鮮さを与えるのは一部のオリジナルシナリオや追加シナリオを除くと至難の業でしょう。そうした弱点のために何かしら取って付け加えようという気持ちはわからないのですが、結果的にはスピリッツにおいてはどれも蛇足だったように感じます。

 まずこれまでと変わった点として、戦艦が今まで1マスサイズのユニットだったのが複数のマス目を占領するくらいでかくなって攻撃を当てる箇所によってダメージが変わるようになり、また艦首が向いている方角によって移動出来る範囲が変わるようになりました。まぁこういう変更はいいとは思うのですが今回の変更ではこれらに加え、戦艦の移動速度がありえないくらいに遅くなりました。それこそ1ターンに4マスくらいしか前に移動できず、その上後ろへ行こうものなら1ターンを使わなければならない艦首方角を二回も行わなければならず、動かしづらくてしょうがありません。しかもこのゲーム、一回の戦闘に通常一つの戦艦、多くても二つの戦艦しか出せず、前みたいに複数の異なる戦艦を出して戦場を所狭しと部隊を展開できたのに比べるとかなりストレスがたまります。

 こうしたシステム面の変更はもとより、ゲームのグラフィックや処理速度も非常に気になります。今回、このゲームの売りである戦闘アニメーションは3Dのモビルスーツを斜め下から見上げるような視点で動き回るのですが、はっきり言って見ていて何も面白くありません。これは全くの予想外でした。
 以前の「F」では真横からの視点で、ところどころにパイロットやモビルスーツのカットインが入っていて見ているこっちをうならせるものがあったのですが、今回の動きははっきり言ってどれもこれも似たような動きでむしろ辟易させられるくらいです。確かに動きは細かくなってよく動くのですが、日本人は少ない動きで如何によく動いているかのように見せるのかを漫画やアニメの表現として好むのに、こんなアメリカのアニメみたいな動きをされちゃあ問屋は卸さないでしょう。

 そして今回一番嫌なのがゲームの処理速度です。PS2なんだからPSでのFより早いだろうと思ったら大間違いで、ちょっとコマンドを開いたり画面を切り替えたりするのにほんの数秒ですがいちいち時間が取られます。それを反映するかのように、1ステージ辺りの攻略時間は序盤からゆうに一時間以上も取られます。さっき攻略したところなんて2時間もかかりました。
 攻略に時間がかかるのはこの処理速度が大きく影響しているのですが、それとともにステージの構成による影響も大きいと思います。というのもこのゲーム、どのステージも画面上の敵を全部倒したかと思ったらほぼ絶対増援がわらわら出てきて、その度にステージの上を例の足の遅い戦艦を伴って動かなければなりません。もうすこしプレイ時間というものを考えて、気持ちよく進めるように出来なかったのか激しく疑問です。

 そういうわけで、裏切られることはないだろうと思っていたGジェネシリーズにも裏切られたので、もうバンダイは信用できません。PS3で今度出る「ガンダム戦記」の新作には非常に期待していて一挙にPS3本体とともに購入しようかと考えていたのですが、しばらく様子を見ようと思います。

2009年8月29日土曜日

北京留学記~その十、一日の生活

 大分日が開いたこの留学記ですが、久しぶりの今日は留学中の私の一日の生活を時系列で紹介します。見る人が見ればどんだけ怠けているんだと思うような生活リズムですが、言い訳をするとこんな風に生活しているのは決して私だけじゃありませんから。

午前七時五十分 起床、食事、洗顔後に学校へ
午前八時半 授業開始
午後十二時半 授業終了。食堂で昼食
午後一時  寮に帰宅。NHKニュースを一応チェック
午後二時  昼寝開始
午後四時  起床
午後四時半 運動をしにグラウンドへ
午後五時  運動後、食堂で夕食
午後五時半 インターネットで情報収集、もしくは宿題をやる
午後七時  自分のパソコンでゲームをやり始める
午後九時  NHKニュースを見る
午後十時  再びゲーム
午後十一時 就寝

 多少の違いがあれども、ほぼこれが毎日の生活リズムでした。
 違いがあるとしたら相撲場所のある期間で、その場所中は昼寝を早めに切り上げて三時から五時まで取組(時差の関係で日本の放映より一時間早い)を見ていましたが、その期間外はほぼ全くこういう風な生活で過ごしていました。

 ただこうした授業のある期間は午前中に教室行くからまだよかったものの、これが冬休みの期間になるとさらにとんでもありませんでした。
 冬休み中は大体午前の十時辺りに起きて、ネットして、昼飯食って昼寝して、午後は平日と一緒という、我ながらいやになるくらいだらだら過ごしていました。最初の方はまぁ冬休みだからとあまり気にしませんでしたが、時が減るにつれてだんだんとやることがなくなって暇過ぎて苦痛となっていきました。

 本当にどうしようもないくらい暇だったので、唯一の娯楽であったインターネットでなんとか気を紛らわそうとしていましたがそれでも限界を覚えるほどでした。しかも運の悪いことに、私がよく利用するネット百科事典サイトの「ウィキペディア」が私が留学をしていた時期に中国全土でアクセスが禁止されており、暇つぶしにと閲覧することが出来ませんでした。このアクセス禁止期間は大体2005年10月から始まって2006年10月に解除されましたが、何故この時期に中国政府がアクセスを禁止したのかその理由は未だに謎です。
 自分の推論を一つここで書くと、恐らく天安門事件といった、中国政府にとってあまり公にしたくない歴史の記事が中国語版で掲載されたのではないかと思います。

2009年8月28日金曜日

今回の選挙を振り返って

 現在行われている衆議院総選挙も明後日の投票日を迎えることで終了するので、今日は今回の選挙で私が感じた各党の戦略や国民の反応をまとめようかと思います。

 まず今回の選挙で最も特徴的だったといえるのが戦後最長となった四十日間にも及ぶ選挙期間です。八月の間に大勢が帰省するお盆を挟む事から多少は仕方のない日程ではあったものの、こうして選挙日程が消化してみるとやっぱり随分と長かったように私も感じます。このブログでも、一体何度選挙関係の記事を書いた事やら。
 この長い選挙期間は先ほどに言ったお盆を挟むという日程上の原因もさることながら、私はやはり解散と選挙日を決めた自民党上層部の戦略もあって決定されたものだと見ております。恐らく自民党幹部らはサミットも終わったために早く解散をしなければ国民からの批判が日増しに強くなっていくものの、当時の低い支持率では迂闊に選挙が出来ないと踏んで、選挙期間を長く持つことで期間中に逆転を狙っていたのではないかと私は考えております。

 仮にこの戦略を自民党が持っていたとしたら、結論から言えばその目論見は少なくとも成功するには至らなかったことになります。内閣、政党支持率はこの選挙期間中にいろんなところがそれこそ毎週のように調査、公表しておりましたが、私の見たところどれも大きな変動は示さず、七月の解散時点からいえば無支持の層が投票態度を固めて自民、民主それぞれの政党支持率がわずかに上昇したに過ぎませんでした。

 では自民党は選挙運動で民主に対して逆転しようとしたのかですが、はっきり言って非常にお粗末な手法ともいえるネガティブキャンペーンを取ってしまったのが大きな失敗だったと私は見ています。これについては私も以前の記事で取り上げましたが、明らかに民主党代表の鳩山由紀夫氏に似せたキャラクターを使った動画を作ったり、街中の演説でも選挙後に自民党が行おうといる自党の政策説明以上に民主党への批判ばかりをしていたように思えます。
 前にも書きましたが日本人は国民性ゆえか、このネガティブキャンペーンが広告として成功した例はほとんどありません。こうした選挙活動をするくらいなら自民党は、初めにやっていたように麻生首相がしおらしくお詫び行脚をしていた方がまだ被害を最小限に食い止められたのではないかと思います。最近はなんだか、このお詫びも全くしなくなったそうですけど。

 それに対して民主党はどうだったかというと、もちろん自民党のこれまでの定額給付金などといった失政批判もやっていましたが、それ以上にワンフレーズポリティクスこと、「政権交代」をひたすら何度も連呼する作戦で選挙活動を行っていたように思えます。今のような表現を使えば恐らく分る思いますがこの手法は小泉元首相が郵政選挙でひたすら「郵政民営化」を叫んだ手法と全く一緒で、小泉元首相もその点を理解しているのかこの前地方の演説会において今回の選挙における民主党の選挙運動方法を誉めておりました。多少皮肉が混ざっているでしょうが。

 そういった各党の選挙方法を見ている国民はどうだったかというと、私の見方ではあまり何にも影響されなかったのではないかと思います。これは言い換えるなら、七月の解散時点からほとんど国民の投票意思は変わらなかったのではないかということです。こう考えるのも先ほども言ったとおり、政党支持率は解散以降はほとんど変動せず、またテレビのインタビューに答える市民もどことなくこの選挙戦に冷めているように見えたからです。

 何故そのように国民は今回の選挙に対して冷めているかというと、一つに両党の提唱している政策双方に期待していないからだと思います。民主党の政策は実現できたらありがたいけど財源の確保がないとわかっており、対するその民主党の財源問題を指摘して批判する自民党もあまり自分たちの具体的な政策の説明はしない。しかも両党ともに選挙後に取ろうとする政策はどっちもほとんど同じバラマキ政策で、政策における対立点がほとんど見えず明確な比較が出来なかったのも強かったと思います。仮に自民党が選挙前に議論になったように、国会議員の世襲禁止といった目立つ独自の政策案を盛り込んでいたらこの辺はまだ違っていたでしょう。

 そうなるとどんな点を見て国民は投票先を決めたのかといえば、減点法というべきか、これまでそれぞれの政党がどれだけ失態をかましてきたかで判断したと思います。民主党側は私はそれほど問題だとは思っていないものの小沢前代表の西松建設献金問題と逆にこっちは私も問題視している鳩山現代表の故人献金疑惑、それに対して自民党はすでに三人も首相が中途で交代している上に中川元財務省の泥酔会見、相次ぐ首相の失言、なかなか選挙に移らない態度の曖昧さなどが主な減点の対象でしょう。こうした減点対象の中身と多さから、消去法的に民主党への支持が選挙前に固まったままこの四十日間が過ぎたというのが私の今回の選挙の見方です。

 私は明日にでも期日前投票をするつもりですが、同じ毒ならまだ飲んだことのない毒を飲みたいので民主党に小選挙区も比例も入れるつもりです。本当は何度か講演会にも行ったことのある地元の自民党候補に小選挙区は投票しようかと思っていたのですが、五月に「よかったら選挙をボランティアで手伝うよ」と言って「助かる」という返事も受け取っていたたのに見事に無視されたので、小選挙区でも今回は民主党に入れることにしました。

2009年8月27日木曜日

敬語の使われ方

 かなり昔にこのブログで書きましたが、基本的に私は現代国語の敬語表現を非常に嫌っています。というのも最近はあまり聞きませんが、マクドナルドの「一万円、入ります!」など、本来の用法から大きく外れて心情や感情を遠くに置いた形式ばった表現ばかりが今の敬語の中にはよく見受けられるからです。

 実際にこの状況についてはプロの方も問題視しているらしく、この前に読んだ外国人のための日本語学校講師のエッセイによると、敬語表現を母国語の日本人として外人に教えている一方、街中に出てみると誤った用法がさも当然かのように使われているのを見るにつけて果たしてどんなものかと思ったそうです。ちなみにその回のオチでは、最近バイトを始めたという生徒の中国人に宿題の用紙を渡したところ、「ハイ、喜んで!」と返事されて、どこにバイトしているのかが一発でわかったそうです。

 そんな敬語ですが、嫌っているとはいえ私も昔のヤンキーみたく何にでも反抗してたらとても社会生活を送れないので、日常生活の中では一応は妥協して目上の人には対して使っています。ただそうして私が敬語を使う際、こういうのもなんですが相手によって同じ敬語でも自然と口から出てくる相手と意識しないと出てこない相手の二つに別れてしまいます。その両者を分けるのは何かというと、こういえば元も子もないですがやっぱり人柄です。

 やはり自分が尊敬する、信頼している相手に対しては全く意識しなくとも自然と敬語が口から次から次へと出てくるのに対し、立場上相手が目上だとしても横柄な態度を取ってたり普段の行動があまり信用できない相手だと意識しないと敬語で話すことが出来ません。その一方、そういう相手には、「何やねん、ボケ!」という言葉はよく出掛かるのですが。

 別に自分がそういう相手に敬語を使いたくないからというわけではありませんが、私は基本的に敬語というのは相手に強制させて使わせるものではないと思います。もし自分に対してその相手に敬語を使わせたいのであれば、自分が相手の尊敬の対象になるように振舞うべきであって、「言葉遣いが悪い」などと言って相手の揚げ足を取るのは以ての外でしょう。

 如何にして敬語が使われる人間になるか、重箱の隅をつつくようなマナーにこだわるくらいならもう少しこの辺を日本人は考えるべきじゃないでしょうか。

2009年8月26日水曜日

猛将列伝~畠山重忠~

畠山重忠(ウィキペディア)

 今日はそこそこ歴史を勉強していても意外と知られていない、平安末期から鎌倉初期に活躍した日本の武将の畠山重忠を紹介します。

 恐らく大学受験で日本史を勉強された方は「畠山重忠の乱」という事件名だけは暗記されているかもしれません。日本史の教科書にはこの事件を、源頼朝が死去するや成立したばかりの鎌倉幕府では次々と御家人の反乱が相次ぎ、その反乱の中一つとして紹介されております。
 これだけ聞くと畠山重忠という人物は野心的な人物のように見えますが、いくつか異説はありますが歴史の中の彼はこのイメージとは違う、というよりも程遠いまでに清廉潔白な武将像の人物です。

 畠山重忠の名が始めて歴史に現れるのは、源頼朝の挙兵時です。1180年、以仁王の令旨を受けて源頼朝は打倒平氏の旗を掲げて挙兵をするのですが、この時は平氏からすぐに討伐軍がすぐ差し向けられた上に思ってた以上に呼応する武士が少なく、頼朝も一時は数人で雲隠れする羽目になりました。この失敗に終わった挙兵初期、頼朝方についた有力武士団の頭領の三浦氏を平氏の指示で討伐を行い、三浦氏の援助を当てにしていた頼朝を窮地に陥れたのが他でもなくこの畠山重忠でした。

 その後頼朝が危機を脱した後、頼朝の元へ徐々に武士団が参集していたところで重忠も馳せ参じてきました。頼朝としては味方であった有力武士団の三浦一族を滅ぼした重忠に複雑な思いがあったでしょうが、それ以上に腰を抜かしたであろうが重忠のこの時の年齢でしょう。なんとこの時の重忠はわずか17歳で、本来の畠山家の当主である彼の父が京都に在任中であったために代理として率いていたに過ぎなかったのです。それにもかかわらず関東において名の知られた三浦一族を打ち倒し、堂々と頼朝の元へと帰参して来たのです。
 もちろん頼朝は重忠に三浦一族の件を詰問したのですがそれに対し重忠は、当時は平家方の討伐軍がいた為に帰参が難しく、また本来の当主である彼の父が京都にいた為にやむにやまれず平家方についたと、臆することなく堂々と答え、これを受けて頼朝も重忠の帰参を認めるに至りました。

 こうして源氏方についた重忠はその後の源平合戦において、目覚しいばかりの活躍を見せ続けます。基本的には源義経の下で槍働きを行うのですが、木曾義仲との宇治川の合戦では徒歩での一番槍を得ており、圧巻なのは平家との一ノ谷の戦いにおける鵯越(ひよどりごえ)でしょう。この鵯越は崖下の平家軍を急襲するために義経が先陣を切って騎馬に乗ったまま崖を下って攻め勝ったというエピソードですが、重忠の馬はこのときに崖にビビってなかなか降りようとしなかったそうです。それならばと重忠が取った行動というのは、なんとビビる馬を自らが担ぎ上げてそのまま自分で崖を飛び降りて行ったそうです。正直なところ、無理せずに馬を置いていけばいいのにと思わせられたエピソードです。
 このエピソードのように剛力な重忠は一見すると武辺者な印象を覚えますが、文化的な素養も優れていたらしく義経の妻の静御前が頼朝の前で舞を疲労させられた際に伴奏を務めており、音楽にも造詣が深かったようです。

 その後鎌倉幕府が成立すると創業の功臣として、また幕府内における重鎮として奥州藤原氏との戦いから各地の反乱鎮圧に参加し、公平な人柄と態度から名実ともに「武士の鑑」として周囲から高く評価されたそうです。
 そんな重忠の人柄をうかがわせるエピソードに、こんなものがあります。
 鎌倉幕府がある反乱を鎮めた際、反乱に参加した武士の首級を重忠の御家人が挙げたということで執権の北条時政らの前でその首級を差し出したところ、鎌倉時代最強のチクリ魔で有名な梶原景時が、

「待て待て、その首級はうちの御家人が挙げたところを横取りされたものだ」

 という異議を呈しました。この景時の異議に周りが騒然とする中、重忠だけが落ち着いた様子でこのように言い返しました。

「はて、私はこの首級をその御家人から受け取っただけです」

 この言葉の意味とは、重忠の御家人が首級を横取りしたのであれば、何故その本人に異議を申さずこの場で言うのかという意味です。重忠は御家人を預かる立場とはいえ、重忠本人が横取りをしたわけではなくて部下の手柄を報告したに過ぎず、真偽の確認などこの場ではどうしようもないではないかということもこの発言野中に暗に含まれています。この重忠の返答に景時も何も言えなくなり、この話が載せられている吾妻鏡によると周囲も景時を嘲笑って重忠への人気はますます上がったそうです。

 こんな具合にいろいろと魅力のある重忠ですがその人気の高さゆえに北条氏の独裁を目論む北条時政に目を付けられることとなり、あらぬ謀反の疑いをかけられて百数十騎で鎌倉へ呼び寄せられて向かう途中、待ち伏せされていた北条一族を初めとする大軍の武士団によって殺害されました。なおこの際、重忠は側近から自分の領地に逃げ戻るべきだと進言されるも、

「もしここで逃げようものなら謀反の疑いが本当だったということになってしまう。それならば武士らしく、一戦交えて華々しく散ろう」

 そう言って真正面に突っ込み、見事に討ち死にを果たしたそうです。享年は42歳です。

 この畠山重忠の話のほとんどは鎌倉幕府編纂の歴史書である吾妻鏡に収録されているのですが、吾妻鏡は信用性の高い資料として評価されているものの、この畠山重忠の乱がそれを強行した初代執権北条時政がその後北条政子と義時に追放される名目となっていることから、二代目執権北条義時以降の執権政治の正当性を高めるために敢えて重忠が全般において美化されているのではないかと指摘されております。そういう意味では三国志における趙雲と似た特性がありますが、すくなくとも吾妻鏡においては重忠は一線級に魅力のある武将で、私も彼を知ったことから鎌倉時代に対して強い興味を覚えるようになりました。

2009年8月25日火曜日

国民栄誉賞に相応しいの誰だ

 最近堅いことばかり書いてきたので、今日は久々にどうでもいい記事を書くことにします。

 ちょっと古いニュースですが先月、森光子氏が政府より国民栄誉賞を受賞しました。この森光子氏の前の受賞者は作曲家の遠藤実氏(故人)で今年の一月に受賞していますが、遠藤氏の前の受賞者となるとなんとここから9年も前に戻って2000年に受賞した女子マラソンランナーの高橋尚子氏になります。何故これほどまでに国民栄誉賞の受賞間隔に期間が空いたのかといえば、率直に言って高橋尚子氏の受賞時の騒動が大きく影響していることに間違いないでしょう。
 この時の騒動や国民栄誉賞がよく指摘されているその基準のあいまいさについては過去に私も「国民栄誉賞について」の記事にて解説していますが、高橋氏への受賞を決定したのが当時支持率低迷に喘いでいた森政権で、その森政権の次に受賞を決定したのが同じく支持率低迷に喘いでいた麻生政権だったことを考えると、やっぱり一時の人気取りの賞として政治に言いように使われているのではないかと思わされてしまいます。

 ただこのように国民栄誉賞自体には首をかしげるような点は少なくないのですが、先月に受賞した森光子氏については私は文句なしに表彰されるのに相応しい人物であると考えております。受賞理由となった森氏主演の「放浪記」は上演2000回に加え、89歳の現在においてもなお健康にご活躍される姿は真に評価されてしかるべきだと思います。

 しかし、これはあくまで私の主観ですが、もしこれで森氏が国民栄誉賞を受賞するのであれば、もう一人のある女優も受賞されてしかるべきではないかと思う方がおります。その人物とは何を隠そう、「かげろうお銀」の役で有名な由美かおる氏であります。
 何故私が由美氏を推すのかというと、なんとこの由美氏も森氏同様にテレビドラマの「水戸黄門」に長らく出演しており、なんとその出演にて200回以上も入浴シーンを撮影したとのことで現在ギネスブックへの登録を申請しているそうです。森氏の2000回と比べて200回では桁が一つ小さくなりますが由美氏が演じたのは入浴シーンで、その日本らしい妙で偉大な功績ぶりを考えると称えずにはいられません。またどうでもいいですが、ウィキペディアによるとノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊氏と「政界の黄門様」との呼び声の高い民主党の渡辺恒三氏は由美氏の大ファンとのことで、どうも高年齢層にはたまらない女優のようです。ちなみにこの由美氏、今年で御年59歳です。

  おまけ
 過去記事の「国民栄誉賞について」の記事の中で言及していますが、私は個人的にかつて「ニイヤマのトビウオ」と呼ばれた古橋広之進氏に国民栄誉賞を是非受賞してほしいとかねてより願っていました。しかしすでに報道されているように、今月の始めに古橋氏は亡くなられてしまいました。古橋氏の偉大な功績に敬意を表するとともに、改めてこの場で哀悼の意を表したいと思います。

2009年8月24日月曜日

目指すべき国家モデルの類型~最終回、私の考え編

目指すべき国家モデルの類型~その一、軍事、外交編
目指すべき国家モデルの類型~その二、権力体制編
目指すべき国家モデルの類型~その三、国家信条編
目指すべき国家モデルの類型~その四、福祉税率編

 過去四回に渡って連載してきたこの国家モデルについての連載も、今日が最後となります。最後の今日はこれまれで紹介してきたモデルの中で、今後の日本の政策方針として私が支持するモデルをそれぞれ紹介します。

 まず最初の軍事と外交についての方針ですが、これは現在の方針でもある「軽武装重商主義国家」を維持すべきだと私は考えております。というのも日本は中国とアメリカという、どっちも意地を張出したら言うことを全く聞かないちょっと変わった国同士に挟まれている関係で必然的に騒動に巻き込まれやすい国であります。かといってこの両国とも相手にしないで孤高のような独立を保とうにも島国という地理上、本土防衛が非常にやりづらい国家であるために、もし本気で自国ですべての防衛政策を行おうとしたら相当額の軍事費が必要になってきます。
 となるとアメリカと中国のどっちかに外交上コミットすることが防衛政策上で非常に重要になるのですが、現状でアメリカのわがままをなんでも聞くのは確かに大変ではありますが、中国よりはまだ信用が置けるということにほとんどの国民も納得すると思います。今後革新的な兵器や外交転換が行われない限りは、この路線が日本にとって最も有益だとこのように考えるわけです。

 次に権力体制についてですが、多少悩むものの地方分権型を現在では推します。必ずしも地方分権が権力体制として優れたものだとは思わないものの、少なくとも日本の現状の霞ヶ関官僚体制には明らかに限界が見えており、消毒と心機一転を行うためには一時的にでもかまいませんから地方分権へと一旦舵を切る必要があると思います。
 ちなみに何故地方分権に私がこのように不安を感じているかというと、まず三年位前に主に関西の各地方自治体で明らかになった闇専従や昼抜けといった地方公務員の連続した汚職事件があったことと、中国における地方政府の圧政を耳にしているからです。恐らく地方自治体の汚職やモラルから逸脱した行為はまだまだあることが予想され、いくら霞ヶ関が腐敗していようともまた別の腐敗した団体が権力を持つのではないかと、ちょっとこうした不安を抱えております。

 そして三番目の国家信条ですが、これは他の国家モデルと違ってやや特殊な材料でして今後どのような方向に国民の目を向かせて国家として強化していくかという方向性で一つに限らなくてもいいのですが、優先順位的に言うと私は文化主義国家を日本人は真剣に盛り立てるべきだと考えております。
 これはこのところ私の友人が口をすっぱくしていっていることなのですが、

「昔の外人から見た日本人のイメージは侍だったが、今ではオタクになっている」

 これは言うまでもなくアニメや漫画といったサブカルチャーが影響を及ぼしているのですが、あながちこの業界の海外への販売力は強く、二年くらい前に見たニュースで貿易額で言うとこのようなサブカルチャー業界の売り上げが鉄鋼の輸出額を上回ったとまで報じられていました。そのため日本に来る外人も昔とは違ってこのようなサブカルチャーが目当てでやってくるのも増えてきており、事実私の友人の中国人留学生はガンダムが好きで日本に留学に来たほどでした。
 このようなサブカルチャーの何が強みなのかというと、一度作ってしまえば維持コストや製造コストが一切かからない点です。言ってしまえば一度普及した漫画はその後には何の手を加えなくとも、そこそこに漫画もアニメのDVDも売れ、安い費用で作ったグッズも値段が高くとも売れます。

 こうしたものをもっと日本は世界に対して売り、元の記事でも書いてあるように私は日本人は真剣に観光立国をそろそろ考えるべきだと思います。何もサブカルチャーに限らなくとも明治の頃から外国人を魅了した豊かな自然風景や京都の古寺名勝も備えていることですし、また韓国人ジャーナリストの金慶珠氏が以前にテレビで、「日本人の文化はおもてなしの文化だと思う」と発言しており、言われてみて確かに客人をもてなすのは今の日本人の精神性からしても無理な要求ではないように思えました。

 恐らくそういった日本人の精神性、国民性というものを現時点で意識するのであればやはり技術主義が最もフィットして未来があるであろうことはわかるのですが、私が文系出身ということもあってどうも素直にこれを認めることに抵抗があります。もっとも、現状の日本の文学部に早急な改革が必要なことは十分承知しているのですが。

 最後の福祉と税率については、あまり解説してもしょうがないのですが敢えて言えば一日でも早く国民の税負担率を上げることが最も未来ある選択だと思います。この辺はまた別に記事を書いて細かく解説してもいいのですが、このように一年や二年先の経済政策や状況を訴えるくらいなら、こうした議論を何故してくれないのかが私は不満だとこの連載で言いたかったわけです。

2009年8月23日日曜日

目指すべき国家モデルの類型~その四、福祉税率編

 今日紹介する国家モデルも現在の日本において議論が必要な話題で、本来なら政治家が争点にしなければならないのですがいくつかここで私が分類を出しておくことにします。今回の国家モデルの分類に当たって着目する点は福祉と税率で、そんなに難しくないので早速分類を紹介します。

1、高福祉高税率(北欧諸国)
2、低福祉低税率(アメリカ)
3、中福祉低税率(現在の日本)

 見てわかるとおりに福祉政策と税率を上中下に分けてはいるのですが、何故だかそれぞれが対応しない妙な組み合わせを三つだけ載せています。何故こんな組み合わせを三つだけ紹介しているのかというと、ちょっと今の日本の状況と今後の行く末を合わせて解説するために敢えてこの三つに分類いたしました。

 まず一番目の高福祉高税率モデルについてですが、これはスウェーデンを初めとする北欧諸国で現実に実施されている政策モデルです。これらの国は国民の税負担率が日本などの先進国と比べると極端に高いものの生活費から教育費まで何から何まで国が出してくれるので、日本人のひきこもりが生活費などを親に依存するのに対して、スウェーデンのひきこもりはそれを国家に依存して生きているそうです。

 こうした北欧諸国に対して日本の福祉税率モデルは私の見るところ巷では二番目の低福祉低税率モデルだと思われている方が多いように思えるのですが、私は日本の現況は実際には三番目の中福祉低税率モデルだと考えております。
 これは何も私自身が編み出した考え方ではなくどこかの評論で見たのですが、医療費が完全自己負担のアメリカに対して日本は国民皆保険制度や失業保険があり、現実的には今でも立派な中福祉国家であってそれをアメリカに次ぐ世界的にも低い国民税負担率で実現しているという指摘がありました。この指摘については私も同意見で、何故日本が低税率でありながら中福祉を実現しているのかといえばひとえにこれまで高い経済力があったことに尽きると思います。

 しかし現在の日本では社会的セーフティネットが崩壊していると各所で言われるだけでなく、年金問題でも未だ収拾の目処がつきません。この様に日本の福祉政策に綻びが見えるようになったのは何故かというと、これまでの日本の政策決定者が日本経済が高成長を維持し続けることを前提に福祉政策を作ってきたためだと断言できます。言ってしまえば仮に20年前、大目に見ても15前の段階で低成長を見越した政策路線に変更していれば福祉政策はおろか、財政状況も今の日本とは段違いに見栄えがいいものになっていたと思います。
 では今から、たとえ経済一等国の名を捨てることになってでも、そのような低成長路線で国を維持させられる方向に舵を切るべきなのかですが、残念ながらすでにこれは手遅れだと先ほどの中福祉低税率の指摘をした評論家の方が述べていました。日本がそのような低成長路線に舵を切るにはすでに財政は火の車で、なおかつ少子高齢化の進行のためこれからの日本の老人を養うためには高成長を維持しなければならないそうです。無論、維持できなければそれまでということです。

 ついでに書いておけば、一番最初の高福祉高税率モデルも日本で実現するのは不可能だと言われております。何故かというと日本は北欧諸国と比べて段違いに人口が多いため(日本:約1億2700万人、スウェーデン:約1000万人)、これで高福祉を実現するとなると財政が回らなくなるのは目に見えております。
 じゃあどうすればいいかですが、敢えて私の意見をここで述べると内容が内容なのでぼかして言いますが、誰か一人が大久保利通のよう殺される必要があるのではないかと考えているわけです。

2009年8月21日金曜日

目指すべき国家モデルの類型~その三、国家信条編

 この連載も今回が山場です。また続きはありますが、今日の記事が重要度で言えば最も高い箇所です。前回、前々回は割合に政策方針に直接的に関わる内容でしたが、本日取り上げる国家信条はその国の国民、ひいては国家全体の性格に影響を及ぼす内容です。

 ではその国家信条とは一体何なのかと言うと、一言で言えばその国や国民ががどんなものに対して価値を見出すのかということです。同じ国にずっと住んでいると案外こういうことに気がつきづらいですが、他国に行ったり外国人と話してみるとやはり端々のこの国家信条による影響と言うか、自分たちと根本的に何かが違うと感じてしまいます。
 たとえば日本人を例に取ると、なんだかんだ言って自国の経済力に対して強い自負とともに誇りを持っているように私は思います。今年の統計では中国にGDPが抜かれるとか、一人当たりGDPがどの国より上なのかとか、選挙中に経済成長がなによりも大事だなどと候補者が主張したりと、ほかのことには興味がないのかというくらいに年がら年中経済の話をしているような気がします。ちなみに言っておくと、たとえ全体の経済力が増したところでそれが必ずしも自分に帰ってくるわけではなく、株取引をしているわけでもないのにいちいち株価に一喜一憂するのはよした方がいいと思います。

 そういうわけでまた一覧をずらっと並べます。今回はそのモデルに近い国とともにその要素を持つ国がどのような政策方針になるのかも合わせて紹介しております。

1、重商主義国家(金融貿易立国、高度経済成長下の日本とアメリカ)
2、文化主義国家(観光立国、イタリアとフランス)
3、技能主義国家(技術立国、ドイツとイタリア)
4、頭脳主義国家(教育立国、スウェーデンなどの北欧諸国)
5、宗教主義国家(政教一致、イランやバチカン)
6、農業主義国家(食糧立国、アメリカとフランス)
7、平和主義国家(日本)
8、環境主義国家(EU)
9、封建主義国家(江戸時代の日本)

 こうして並べてみるとたくさんあって、解説するこっちが嫌になってきます。まず先に断っておくと、例の中にはアメリカやフランスなど複数入っている国がありますが、これらのモデルは確かに単独で持つことも出来ますが実態的には複数の信条を兼ね備えていることが多いです。例えば戦後の日本は重商主義と平和主義の二本柱で、アメリカは今も農業主義と重商主義の合いの子です。

 それではまた一つ一つ説明していきますが、まず一番目の重商主義国家についてです。これは多かれ少なかれどの国も持っている信条ですが、やはりその中でも際立っているのは日本とかアメリカでしょう。この辺は「フランスの日々」のSophieさんの記事に詳しいですが、ヨーロッパ人は「お金があっても、それを使う余暇がないと意味ないじゃん」といって労働規制に積極的なのに対して、日本人やアメリカ人は「お金をたくさん稼ぐこと、それ自体に意味があるんだ」と、それこそ自分の時間を削ってでも売上や利益を追求しようとします。極論を言えば、以前ほどでないにしろやっぱり日本人はお金をたくさん稼ぐ人が偉い人なのだと国全体で考えている気がします。

 次に二番目の文化主義国家ですが、これは文化や自然風景といったものに対して価値を見出すという信条です。そのためその国内の文化人や芸術家を高く評価する風潮となってそのような人材を育てる一方、自然と他国に対して文化を売る観光立国が政策の中心となっていきます。
 これの典型は例にも挙げているイタリアやフランスで、特にイタリアについては私の友人は、「彼らはライフスタイルを世界に売っているんだ」とまで言っております。

 そんでもって三番目の技能主義国家ですが、これの典型はドイツ人です。最近私の友人も学生時代にドイツ語を勉強していた甲斐あってドイツ人に被れて来たのか、環境問題は技術の進歩できっと解決できるはずだと主張し出してきました。実際に人伝手に聞くとドイツ人の技術信仰というものは相当なものらしく、機械がなんでもどんな問題でもいつかは解決してくれると多少なりとも信じているそうです。有名な冗談話でも、ナビの指示通りにドイツ人はとんでもない所を車で走るというのもありますが。
 この技能主義国家では言うまでもなく技術者、それも理系がステイタスを得ることとなり、この国家モデルの国では工業分野の成長が見込め、政策的にも技術立国となっていくわけです。

 そして四番目の頭脳主義国家ですが、これは文化主義と技能主義とかぶる面も少なくないのですが、敢えて独立して分類に加えました。このモデルの代表的国家はスウェーデンを初めとした北欧諸国で、大学の学費を無料にするなど教育を国家の重要方針として掲げるため、実際はどうだか分かりませんが学位の高い人間が社会からは高く評価されているのではないかと思います。少なくとも私の知識で言えるのはスウェーデンの学術アカデミーは昔から高い権威を持っており、ノーベル賞受賞者の選定を行うなどやはり他国以上に学問に強い傾倒があるように思えます。

 五番目の宗教主義国家は特殊といえば非常に特殊なモデルですが、言うまでもなく宗教やその指導者の価値を重要視する国家を指します。このモデルの代表的なイランほど政教一致が強くなくともどの国も多少なりは要素としてはこの信条は抱えられており、日本でもいちおうお坊さんはステイタスがあってアメリカでもキリスト教の影響は無視できません。
 過程を一気にすっ飛ばしてこのモデルの特徴を述べると、強くて幅広い統合性をもつ信条なので過渡期的な国家や民族が複数混在している国家においてよく見られるモデルではないかと見ております。近代に急成長したある国もそうでしたし。

 六番目の農業主義国家についてしいて言えば現物主義というか、食糧を生産を絶対の武器として他国へ輸出をかけ、必然的にその国に食糧を依存しなければならない状態へ追い込んでますます売りつけるというのが政策の重要方針になっていきます。もっともこれら農業主義国家において農家がステイタスを持つかといえばやや疑問ですが、アメリカにおいては牧歌的な生活として一応は夢見られているそうです。

 残りの七、八、九番目は補足的に付け加えたので、解説はご勘弁をお願いします。
 これらの信条は組み合わせ次第でその国の全体像が見えるだけでなく、国民性の把握などに必ず役立つと思います。その上で現状の国家状態と照らし合わせて国民に対してどの信条を共通に持たせられるかが真に政治家の仕事であって、近年の日本でこれを大きく成功させたのは池田勇人首相の「所得倍増計画」だと考えております。そういう意味で政治家というのはある種、夢を見させる仕事だということになるのですが、同じく夢を見させる職業だと私が考えているのは小説家で、子供の頃にそう考えた私は政治家より小説家たらんと努力しておりました。

2009年8月20日木曜日

目指すべき国家モデルの類型~その二、権力体制編

 前回に引き続き、国家モデルの類型について今日は解説します。前回は国家の立ち位置を決める上で非常に重要な要素となる軍事、外交に着目して分類を行いましたが、今日は国家の権力体制に着目して分類を行います。そういうわけで早速、今回は量が少ないですがモデルを一挙に並べるとします。

1、中央集権国家(旧ソ連、現中国)
2、地方分権国家(アメリカ)
3、NGO混在国家(欧州諸国)

 この三つの分類は厳密にどの線で分けるのかが非常に難しく、一応中央集権国家の代表例として旧ソ連と中国を挙げてはいますが、この両国は見方によっては今の日本以上に地方分権国家的な性格を持っており、あくまでどのような体制かをイメージする程度に見てください。

 それでは各モデルを細かく解説していきますが、まず一番目の中央集権国家からです。恐らくこのモデルが今の日本に最も近く、今の選挙での一つの争点となっている地方分権議論はこのモデルから脱却するか維持するかという議論といってほぼ差し支えはないでしょう。
 この中央集権国家モデルというのは文字通り、国家を運営する上で中央官庁、日本であれば霞ヶ関の官庁に権力を集中させて領域内の全国において画一的な政策を取るべきという考え方で運営される国家体制を指します。そのためこの国家モデルに属する国家はどこも白いものを黒としてしまうほど中央官僚が強い権力を持つ傾向がありますが、経済や国家運営が円滑に動いている際には物事を運ばせやすいために概して攻めに強い体制だと言えるでしょう。

 しかしその一方、やはり中央が強い権力をいつまでも保持し続けてしまうために権力の自浄能力が低く、今の日本の官僚同様に権力が腐敗しやすいという弱点も抱えております。事実旧ソ連などはチェルノブイリ原発事故で一気に明るみに出ましたが当時の管理体制は非常にガタガタだったそうで、官僚機構もどこもかしこも穴だらけでみんながみんなでいい加減に国家を運営していたそうです。現中国においてもその傾向は強く、腐敗官僚の汚職や贈賄事件などは日本の例がかわいく思えるほど桁外れなものが近年表出しております。もっとも中国はエリート教育が割合にしっかりしており、また経済も絶好調なので大きく国内が混乱するにまでは至っておりませんが。


 こうした中央集権国家に対してアメリカに代表される地方分権国家、というよりも表現的には連邦制国家というのは向こうが攻めならこっちは守りが強い国家体制ではないか私は考えます。知っている人には当然ですがアメリカでは各州の自治裁量権が大幅に認められており、州ごとに軍隊もあれば教育制度も自由に決めることもできます。確かニューメキシコ州だったと思いますが、親が希望するなら児童を小学校に通わせなくても良いという条例があった気がします。

 この制度の強みは何かと言うと、実際に政治を切り盛りしている政治家や官僚たちを選挙民は割と間近に見ることが出来、アホな奴なら片っ端から選挙で引き摺り下ろせれば画期的な提案を行う人材もどんどんと議場に送り込むことが出来ます。また中央集権国家のように領域全土に画一的な制度を敷く必要がないため、やれるものならどんどんと自分たちの領域に政策を繰り出せることから悪い状態から一気に抜け出すことも出来ます。
 この例で有名なのを挙げると、90年代におけるニューヨーク州の例が最も適例でしょう。以前のニューヨーク州は犯罪率も高くお世辞にもあまり住みよい町ではなかったそうですが、9.11テロ時に市長をしていたことで有名なジュリアーニ氏が街の美化運動や市警改革を行ったことにより劇的に治安を回復させることに成功しました。まぁこういう風に劇的に良くなる一方で、劇的に悪くなる可能性もあるということですが。

 ちょっと今の日本の政治状況と重ね合わせて説明すると、現在の日本の税金は全国各地から集められてその用途をほぼすべて中央の官庁が決めております。そのため大阪の橋本府知事が吠えているように、中にはありえない無駄遣いに税金が使われるのをこれまで地方は黙ってみることしか出来ませんでした。そうした状況を打開するために、地方が自分で集めて自分で使える税金の割合を広げ、地方という現場においてその用途も決めるべきだと言うのが知事会の主張でして、私としてもこれ事態が徴収コストの圧縮につながることからこの主張に賛同しております。


 このように権力体制で見れば恐らく日本人からすればほぼこの二者択一なのですが、私もあまり勉強していないものの欧州ではこれに対抗する第三の国家モデルこと、NGO混在型国家があるのではないかと私は考えております。
 聞くところによると欧州では貧民援助や国際貢献活動を政府とは直接的に関係のないNGOが大部分においてカバーしており、国家としても自分たちでそうした活動団体を組織するよりはずっと安上がりということで、彼らNGOに税金から活動資金を与えることでそうした社会的役割を代替してもらっているそうなのです。これをもう少し分かりやすく言い換えると、社会上必要とされる活動や組織を国がお金を出すことで民間にやってもらうという形で、なんでもかんでも国がやったり経済原理で動かすのではなく国家とはまた別の組織と協力し合って行っていくというモデルです。

 あまりこのモデルについては私自身が不勉強と言うこともあってうまく説明できませんが、まさに第三の道と呼ぶにふさわしいモデルでしょう。今後このモデルがどうなっていくのかはなかなか興味があります。

2009年8月19日水曜日

目指すべき国家モデルの類型~その一、軍事、外交編

 以前に書いた「みんながマニフェストを読まない理由」の記事において私は今回の選挙においてどの政党も似たような政策ばかりを主張し、五年後十年後を見据えた大きな国家戦略を何も描いていないと批判しましたが、ではどのような国家戦略があるのかについては敢えて言及は避けました。それが今回コメント欄にて直接質問を受けたので、それに答える形で今日からしばらく各要素に着目して、現状で考えうる目指すべき国家モデルの類型とその選択肢について連載で解説していきます。私もあくまで素人であることに変わりはありませんが、あまりこうした戦略的な考え方について複数視点で解説しているものは見受けられないので、そこそこいい連載記事に仕上がるであろうという期待を僭越ながら持っております。もっとも今日はこれが三本目の記事なので、すでに大分息切れ気味ですが。

 それでは早速本題に移るとします。まず今日から解説する国家モデルという言葉について大まかに説明いたします。私がここで使う国家モデルというのは、将来的に漠然とどのような国家にしていこうかという大まかな目標のことです。大まかではあるものの強くて大きい方向性を持っているために、小さな政策も大きく内包していて今回の選挙みたいに千円か無料かなどもぐだぐだと議論せずとも盛り込まれております。百聞は一見に如かずというので、ひとまず国家の行く末を考える上で非常に重要な要素となる今日のテーマの軍事と外交的観点から導き出される国家モデルの類型を早速ご紹介いたします。

1、軽武装重商主義国家(高度経済成長時代の日本、中世のヴェネツィア)
2、中武装独立国家(普通の国家。鳩山一郎、岸信介の提唱モデル)
3、重武装軍事中心国家(北朝鮮、冷戦期のアメリカ)
4、自衛完全中立国家(スイス)
5、非武装完全平和主義国家(ガンダムWのサンクキングダム)

 この分類は私の主観で以って作った分類です。括弧の中はそれぞれの国家モデルに合致する国を例として挙げております。

 それでは一つ一つの軍事、外交に着目して分けた国家モデルについて解説していきます。まず一番目の「軽武装重商主義国家モデル」ですが、これが今の日本人にとっては最も想像しやすくまた現在の日本の形に近い国家モデルです。具体的にどんな要素を持っているのか一言で言えば、「軍備に大きく費用をかけずに経済分野への投資に重点を置く」といったところです。
 この国家モデルを作って日本に根付かせたのはほかでもなく吉田茂です。吉田は国家防衛についてはすべてアメリカに依存し、そうして浮かしたお金で経済を育成して国際世界で戦っていこうという路線だったところ、一時は彼のライバルであった鳩山一郎によって阻まれかけましたが吉田の育てた池田勇人はしっかりとこの路線を引き継ぎ、現在に至るまで大きく変わることなくこの路線が維持され続けてきました。

 この国家モデルの強みはなんと言っても、経済に特化することで国民生活を豊かにさせられる点にあります。しかし国防については言うまでもなく圧倒的に弱く、その分を例に挙げた中世のヴェネツィアのように柔軟で強力な外交でカバーする必要が出てきます。日本の場合はこれをアメリカになんでも従うことで国防を保ってきたのですが、仮にアメリカが何かのきっかけで日本を見捨てる事態となったら現状では目も当てられなくなるのは予想に難くありません。


 それに対して二番目の「中武装独立国家モデル」ですが、これは現状より自衛隊を強化し、多少はアメリカに逆らっても日本独自にやっていこうというモデルで、前述のように提唱者は鳩山一郎と岸信介、そして現代においては彼らの孫の鳩山由紀夫氏と安倍晋三氏です。
 現在の日本は国防をアメリカにすべて依存しているためにアメリカに対してあまり、っていうかほとんど逆らうことが出来ない状態で、勝手に独自外交をすることすらままならない状態だとも言われております。それこそ中国やソ連に対して画期的な外交条約を結ぼうものならいろいろと脅しをかけられることが予想されます。

 鳩山一郎としてもアメリカが日本に好意を持っている間はともかくそうではなくなった際にこれでは困ると考え、もしアメリカと手を切ったもやっていけるよう他国と同盟が結べるように前もって独立した外交が出来る「普通の国」を目指していたそうです。岸信介も基本的にはこの考えでその前段階として安保改正を行ったところ、結局それっきりで次のステップを踏むことが出来ずに退陣を迫られました。そこへ「じっちゃんの名にかけて」と頑張っているのが、例のお孫さん二人で、逆に鳩山と岸の対抗馬であった吉田の孫は何も考えていないというのが今の大まかな政治状況です。


 こうした割と今の日本に密接な国家モデルに対し、三番目の「重武装軍事中心国家モデル」はやや特殊なモデルです。このモデルは簡単に言えば国内での生産を同じ国内の軍隊によって大量消費させることによって経済を回していこうという考え方で、必然的に定期的に他国へ戦争を仕掛けていかねばならぬ必要性があります。事実冷戦期のアメリカはNATOの大量消費によって世界最大の経済力を作り、またそれを維持するために次々と世界各地に戦争を仕掛けていきました。その構造が冷戦の終結によって崩壊したため、また盛り返そうとアフガニスタン、イラクにおける戦争が引き起こされたのではないかと各地の人間が指摘しているわけです。


 四番目、五番目の国家モデルは選択するには相当に腹をくくらねばならない国家モデルですが、一応選択肢としてはあるので紹介はしておきます。まず四番目の「自衛完全中立国家モデル」そのまんま現在のスイス国のモデルで、各家庭に一丁はライフル銃があると言われるまでに自衛力は持たねばならないもののどの国とも軍事同盟を結ばないことで、大きな戦争に取り込まれずに孤高を保っていこうという考え方です。ただこれで完全に国防が守られるわけではなく、理念的には確かに立派そうに見えますが実行するには非常に覚悟のいるモデルであります。

 そして極めつけの五番目の「非武装完全平和主義国家モデル」ですが、これは歴史上一度として成立した事はないであろう国家モデルで、出典は「機動新世紀ガンダムW」に出てくる「サンクキングダム」という国家です。この国は一切の兵力を放棄して国際社会に平和を訴えるという国家なのですが、やっぱり世の中そんなに甘くないので作中でも「ガラスの王国」とまで言われてすぐに攻められてあっさり崩壊しました。
 ただそんなお話の中だけのような国でも目指そうという人はいるもので、自衛隊の解散を訴える社民党や共産党の国家モデルはまさにこのモデルではないかと思います。訴える理念まで私は馬鹿にしたりはしませんが、もうすこしその実現性やガンダムWを見た感想などを聞かせてもらえればと陰ながら願っております。まぁ社民党は村山政権時に、「自衛隊は違憲だが認める」とすでに言っちゃっていますが。

私選、三国志名場面トップ3

 折角中国旅行から帰ってくるのだから中国っぽいものを書こうと、実は旅行中に三国志の名場面を自分なりに選んでみようとあれこれ考えておりました。そういうわけで細かい御託はいらないのでとっとと始めましょう。まずは第三位からです。

  第三位 漢中攻防戦
 劉備率いる軍団が念願の蜀を手に入れた頃、仇敵の曹操はその蜀の喉元ともいえる戦略的価値の高い漢中を攻略しました。これに対し新生蜀軍も脅威を覚え、双方ともに非常にはっきりとした戦略的目的を持って始まったのがこの漢中攻防戦です。

 この漢中攻防戦の何がいいのかといえば、諸葛亮の目論見どおりに魏呉蜀の三国が見事鼎立して主たる武将がすべて出揃い、そして劉備と曹操という主役二人ががっぷり四つに組んで戦う点にあると思います。蜀軍には関羽を除く五虎大将がすべて出揃い、片や魏軍は夏侯淳と夏侯淵の加え徐晃や張郃など大物が集まり、謀将も法正や程昱とまさに三国志オールスターとも言うべき人物らが参戦しているのも見逃せません。
 最終的に魏軍はこの合戦に敗北しますが、恐らく三国志が最も盛り上がるのは赤壁の戦いを除くとこの場面だと考え、今回三位に選びました。


  第二位 呂布の死
 三国志の前半の主人公が曹操だというのなら、敵役は誰かというとそれはやはりこの呂布でしょう。
 数多の猛将が登場する三国志においてもその単騎での武力は物語中最強と謳われる一方、従属する傍からその図抜けた腕力で次々と主を裏切り、最後には部下の裏切りによって捕縛されるこの呂布の結末というのは三国志において屈指の波乱ぶりと言えます。
 その呂布が処刑間際に曹操に対し命乞いをした際、曹操に意見を求められた劉備が答えたのが次のセリフです。

「呂布は養父丁原に仕えた後、董卓に仕えました」

 この二人の呂布の元主君はどちらも呂布によって殺害されており、暗に処刑すべしという劉備からの痛烈な一言です。劉備自身も一時は匿った呂布に裏切られており、そうした背景を考慮に入れるとなかなかに含蓄の深い一言です。


  第一位 長坂破、趙雲の単騎駆け
 以前にKOEIが編集していた雑誌でのアンケートでもこの場面が一位でしたが、私もやはり三国志屈指の名場面と言ったらこの長坂破における趙雲の単騎駆けを挙げます。
 それまでは腕っ節はいいかもしれないけど関羽、張飛にはさすがに及ばないだろうという具合に描かれていた趙雲が、演義では亡き婦人より託された赤ん坊の阿斗を抱いて十万騎ともいう大軍団を縦断してのけて見事突破するこの場面によって彼の名を胸に強く刻んだ読者も多くおられるでしょう。事実その後の趙雲の活躍は三国志中において随一とも言える働き振りで、冷静沈着且つ的確なその判断と他を寄せ付けぬ圧倒的な武力は読み返すにつけ深く引き寄せられます。

 その趙雲ですが、第三位に挙げた漢中攻防戦において出城を寡兵にて守備している最中に魏の大軍が押し寄せた際も少しも慌てず、部下を隠して単騎にて城門前に立ちつくし、浮き足立った魏軍に奇襲をかけて見事に撃退しております。この時の活躍に劉備も、「(趙雲)子龍はこれ一身、胆なり」と最大級に褒め称えております。
 またこの漢中攻防戦において、実は劉備だけでなくもう一人ある人物が趙雲を見初めてこの様なセリフを述べております。

「おお、長坂破の英雄がまだ生きておったか!」

 何を隠そうこのセリフを述べたのはあの曹操です。実は曹操は長坂破の単騎駆けの際に趙雲を見つけるやいつもの悪い癖で部下にしたいと思い、兵士に矢を使わずに趙雲生け捕りにするように指示しておりました。そうした曹操の指示もあったおかげで趙雲は無事脱出できたわけですが、それから長い月日を経て趙雲を見つけた曹操の気持ちがこのセリフに強く現れているでしょう。

ごった煮の中国文化、死んだふりの日本文化

 昨日にもちょっと書きましたが、漫画「筋肉マン」に出てくるあのラーメンマンの髪型で有名なお下げを巻く昔の中国人の髪型というのは辮髪と呼ばれ、元々は現中国で絶対的大多数を誇る漢民族の風習ではなく漢民族を従えて清代に中国全土を支配した満州族の風習でした。元々の漢民族の髪型は孔子や三国志の画に描かれているようないかにも文人っぽい髪型なのですが、清代においては満州族に従属する証として辮髪が普及して近代にまで続いたため、うちの親父みたいにあの髪型は中国古来の伝統的髪型と勘違いしている人も少なくないでしょう。

 この辮髪の例に限らず、現在の中国という国の文化というのは漢民族が元々持っていた文化に他民族の文化がいろんな面で激しく混在した形跡を持っております。辮髪のほかにもいくつか例を出すなら一部の日本男性にはたまらないチャイナドレス(中国語では「旗袍」)も、名前こそ「チャイナ」と冠して今では中国人女性が世界へその魅力を発信させるのに欠かせない道具なのですがこれも元々は満州族の民族衣装で、多分清代以前にはほとんど着られていなかった衣装です。また中国料理の「火鍋」という辛い鍋物料理も現モンゴル共和国を構成する蒙古族の伝統的食事で、元代に入ってから中国で食べられるようになったと言われております。

 何故この様に中国文化は多数の文化が融合したかのようなごった煮な様相を持つようになったのかと言うと、勘のいい人なら分かると思いますがこれまでに中国が何度も少数の異民族によって征服された経験があるからでしょう。古くは三国時代後の五胡十六国時代、そして10世紀の宋代の後にモンゴル民族によって打ち立てられた元代、そして明代の後に今度は満州族による清代と、細かいのを除いて大まかなだけでもざっとこんなもんで、特に元と清の時代に中国に与えた影響は計り知れず、21世紀に入った現代においてすらも先ほどに挙げた例のように様々な場所でその時に植え込まれた文化を見ることが出来ます。

 この様な中国文化の様相について元中国人で現在は大の中国嫌いの石平氏に至っては、真に伝統的な漢民族の文化というのは宋代までで、その後に蒙古民族によって征服された元代によって完全に分断されてしまい、その後の中国文化は現代に至るまでそれまでのものとは一線を画していると主張しております。実際にこの石平氏の意見に私も同感するところが多く、現代においても中国文化の最高峰とされるのは宋代の文化で、詩文に限らず陶器や磁器、絵画といった骨董品もこの時代のものが高く珍重されております。
 その上で石平氏は、この時代に中国文化に強い影響を受けてそれを守り続けた日本こそが真の中国文化の継承者で、日本人の精神性などは現在の中国人よりもずっと宋代に通じるとまで言ってくれています。

 この石平氏の最後の意見が正しいかどうかはともかくとして、確かに日本は中国が唐代であった奈良時代に遣唐使などによってもたらされた中国文化の強い影響を受け、その次の平安時代においては貴族の間で白楽天などの漢詩が持て囃されたりしました。
 しかしこの辺が私が日本人らしい、というより日本文化らしいと思うところなのですが、奈良時代にはそれこそ言われるがままに唯々諾々と中国から教わる文化を聞いていたかと思えば、次の平安時代には中国文化にはない平仮名や片仮名を日本人は勝手に作り出してしまっています。

 私はどうもこの辺りに、現代の日本人の精神性にも通じる文化的特性があるのではないかと睨んでいます。その日本人の特性というのも、一見すると素直に従順に話を聞いているように見えるのに裏では何でもかんでも自分流にアレンジしてしまうといった特性です。
 先ほどの平仮名や片仮名は漢字をベースにより日本人が使いやすいようにと生み出され、またその後の戦国時代においてはポルトガル人によって伝来した鉄砲(最近異説が唱えられていますが)を戦術的効果の高い運用法を勝手に編み出し、関ヶ原の合戦時において全世界の四分の三の鉄砲を日本が保有していたほどまでに大量生産しております。また本場の「中国料理」に対して「中華料理」と表現を変えただけでなく、中国本土ではそれほど食べられていない焼き餃子を日本人はベーシックな献立として国内に普及させてしまっています。

 よく外人の目から日本人は、「いつも何を考えているのかよくわからない」と評されますが、案外この様に言うことを素直に聞いているかと思ったら見えないところであれこれ自分流にアレンジしてしまうところが原因なのではないかとこのごろよく思います。こうした日本人の文化について敢えて名づけるとしたら、中国の「ごった煮文化」に対して「死んだふり文化」というのが私は適当だと思うわけです。


  おまけ
 チャイナドレスと並んで清代の中国女性に普及した伝統的な風習として「纏足」があります。チャイナドレス自体が旧満州地域(現中国東北部)の女性特有のスラっとした脚線美を強く見せるためのスリットが入っており、先ほどの纏足と合わせて考えるとどうも満州人は足フェチであったことが伺えます。
 では現在の中国人はそうした満州文化の影響を受けたから足フェチなのかというと、そうとは言い切れない面もあります。というのも世界初の官能小説として有名な「金瓶梅」では足に関する艶かしい描写が非常に多く、元々の漢民族も足フェチであった可能性が非常に高いです。

 このように漢民族と満州族はどちらも足フェチ同士だったわけだから、蒙古民族による元代が100年弱しか続かなかったのに対し清代は260年強も長く続けられたのではないかと邪推ながら考えております。

2009年8月18日火曜日

「日本史」と「世界史」科目の問題性

 先ほど中国の大連から帰って来て、三日ぶりの更新です。今回はパックツアーだったので、中国語が使える身の自分からするとやや張り合いのない旅でしたがそこそこに楽しんできました。

 それで早速本題ですが、発端は今回の旅先でのある出来事からでした。今回私が旅行してきたのは中国の大連市と瀋陽市で、分かる人にはすぐピンと来るでしょうがいわゆる旧満州国と日露戦争での歴史地を巡るツアーでした。元々うちの親父が日露戦争が昔から好きで行きたがっていた場所だったこともあり、それに同行する形で中国語の使える私もついていったのですが、瀋陽市にある瀋陽故宮を訪れた際に事は起こりました。
 この瀋陽故宮というのは17世紀に満州族が中国を征服して清を立て、都を北京に移すまでの本拠地であった場所です。そこでここがどういった場所なのか、満州族は当時どのような勢力だったのか、そしてその後の清国はどのような国家形態だったのかを観光途中に親父へいろいろと説明したのですが、その際にある違和感を今回感じたわけです。

 そもそもなんでうちの親父が日露戦争とかその辺の話が好きなのかと言うと、多分同じような方もたくさんおられるでしょうが司馬遼太郎氏の小説の「坂の上の雲」の影響です。そのためこの小説に描かれている日露戦争から満州帝国建国までの日本の歴史については親父はそこそこ知っているのですが、これが科目で言うと世界史に分類される分野となる当時の中国における清朝末期の状況になるととんと分からなくなり、太平天国の乱から辛亥革命、そして袁世凱政権移行の軍閥割拠の時代については全くといっていいほど親父は知識がありませんでした。なにせ、辮髪が満州族の風習ではなく漢族の文化だと思っていたくらいだし。
 ただこうした傾向というのはなにもうちの親父に限ったことではなく、実はこれまでに私は何度も同じような人間、20世紀初頭の歴史についてある方面に知識が偏っている人間を何度も見てきており、その原因をちゃっちゃと言うと学校教育における歴史教育にあると私は断言できます。

 まず高校での歴史科目について説明しますが、日本の高校教育、というよりも大学受験において文系受験者は社会科の受験科目に「日本史」と「世界史」のどちらか片方を選びます。よっぽど特殊な受験の仕方をしない限りは社会科は一科目で済むので、必然的に片方の科目だけを熱心に勉強してもう片方の勉強は恐ろしく疎かになる傾向は以前より指摘されており、確か2004年に受験科目に日本史を選択している高校生に対し本来必修として設けられている世界史の授業時間を設けずに日本史を教えていた高校が全国各地で見つかり、大問題になったことがありました。
 そういうわけで同じ歴史という科目でありながら、高校生の間で日本史選択者と世界史選択者の間でそれぞれが持つ歴史知識にとてつもない溝ができるわけであります。

 ここで私の秘話を明かすと、実は私は大学受験時にその特殊な受験の仕方をした一人で、日本史と世界史の両方を一緒に勉強していました。元々歴史が小学生の頃から得意だったので、この大学受験時の校内の模試成績でも両方とも常に上から五分の一で、日本史に至っては一番とか二番もしょっちゅう取るほどの成績でした。
 そんなわけで受験後の進学先では日本史選択者とも世界史選択者とも歴史好きであればどちらとも非常にディープな会話が出来る奇妙な人材となったわけなのですが、双方の歴史好きと話していてやっぱり今回親父に感じたような違和感をこれまでによく感じていました。特に今回親父に解説をした、日本史と世界史の双方で取り上げられる日露戦争から満州事変、そして終戦までの部分は話を聞いているこっちが驚かされることが多かった気がします。

 日本史の観点からすると日本が朝鮮半島の権益を確保するために日露戦争が起こり、その上に満州地域を中国から切り離して獲得するというシナリオが教えられるのですが、世界史の観点では欧州におけるクリミア戦争の敗北からロシアの南進が西から東へ移って日露戦争が起こるというシナリオが教えられます。
 やはり両方の科目を学んだ身からすると、この時代における各国の動きを把握するためにはどちらの科目の知識もなくてはならないと思えます。またなにもこの部分に限らず、大航海時代など世界全体の動きに関わる場面においては双方の科目の知識がなければまるで意味がないとすら思う箇所も少なくありません。

 結論を言えば私は真に歴史科目を自分の血となり肉となりして自らに役立てようとするならば、日本史世界史両方の科目を学ぶ必要が絶対的にあると思え、出来ることなら受験科目でも二つに分けずに「歴史」と一科目にまとめるべきだと考えております。ただこんなことを言えるのも私自身が歴史科目と相性がいいからで、そうでない人からしたら科目範囲が膨大になるから無茶な要求だと言われるかも知れません。事実自分で言ってて多少無茶な話かなとも思ってしまいます。
 しかしせめて日本史選択者は世界史選択者に、世界史選択者は日本史選択者に機会がある毎に話を聞いて足りない知識を補完してもらいたいです。特に日中の現在の外交などを考える上で清朝末期の動きと日本陸軍内の抗争の知識は絶対的に必要で、昔のことだからと流さずに学ぶことをお勧めします。

2009年8月14日金曜日

北京留学記~その十、食事、嗜好品について

 これからしばらく留学中の日々の生活について余すことなく書いていきます。一発目の今日は、まず一週間の生活での食生活ついて説明いたします。前もって断っておきますが、多分中国への留学生の中でも自分ほどケチって生活していた人間はそれほど多くないので、普通の日本人留学生の生活レベルはこれよりは上だと肝に銘じておいてください。

 それで早速メインの三食についてですが、朝食は毎日パン二枚だけをいつも食べていました。最初の頃はジャムも一緒に買って食べていましたが次第にプレーンな味が好みになり、留学して一ヶ月が過ぎた辺りからは生の食パンをそのままむしゃむしゃと鹿のように食べていました。
 昼食、夕食については常に外食でしたが、どちらも大学構内にある食堂でほとんど済ましていました。それらの食堂での食事費用は一回約四~六元で、日本円になおすと約七十円程度です。学食にはいくつかテナントが入っていてそこそこ選べるメニューの種類はあるのですが、慣れてくるとだんだんと変えるのが面倒になり、途中からはそれこそチャーハンかラーメンかのほぼ二択で選んでました。因みにどちらもトッピングや味付けによっていろいろ種類があるのですが、チャーハンについては「西紅柿炒飯」というトマトチャーハンが特に気に入ってよく食べていました。でもってさすがにたまには別のものをと思う時は、おかずをバイキング形式で取っていく日本の大学にある生協食堂のようなところで麻婆豆腐とかホイコーローも食べたりしていました。

 最初の半年はこのような感じで学食内で食生活は完結していたのですが、さすがに留学生活後半にも至ると飽きが出てきて、少し贅沢を覚悟で週に一度だけ、金曜日の晩に限って大学構内にある日本食レストランかイタリアンレストラン、もしくは大学の近くにあるとんかつ屋に行き、それぞれの場所でカツ丼かサンドイッチ、とんかつ定食を食べていました。こちらでの費用は一回二十元から三十元で、日本円だと約三、四百円くらいで学食での食事の四から六倍もしましたが、普段食べられない食事ばかりで週末のいい気分転換となってました。なお中国料理には基本的に生野菜を食べる習慣がないので、イタリアンレストランで食べるサンドイッチの生野菜のみずみずしさに、当時は一人で感動に打ち震えていました。

 こうしたメインの食事に加え、嗜好品として自分はよくネスカフェのインスタントコーヒーを買って寮の自室内で飲んでいました。大学構内にも喫茶店はあったのですが、コーヒー一杯が十元(約150円)と日本とそう変わらない価格になんとなく納得いかず(でも留学後半はよく通っていた)、少しでも留学費用を減らそうとインスタントを買っていたのですが日本同様にそれほどおいしくはありませんでした。そんなもんだからコーヒー以外にもとスーパーで中国茶の茶葉を買い、ティーバッグでもないのに急須を通さずコップに直で茶葉を入れてコーヒーとほぼ交代で飲んでいたのですが、こちらはコーヒー以上に意外にいけました。中国の水がイギリスと同じ香水だからかもしれませんが、味はやはりイギリスの紅茶に似てすっきりとした味わいです。

 また夜に小腹がすいた時のためによくお菓子としてプリッツを買っていたのですが、プリッツのようにどこでも味が変わらないならともかく、チョコレートなどは日本の味よりやや濃い目の中国の味ゆえになじまず、そのプリッツと当たり障りのない飴ばかりを食べていました。
 このほかインスタントの朝鮮冷麺やカップ麺もそれぞれ三元なのでよく買ってきていました。冷麺はゆで卵、キムチ付でそれなりにおいしいのですが、肝心の麺がぱさぱさしているために連日では食べれませんでした。カップ麺の方はと言うと自分はあまりそういったインスタント系は日本でもあまり食べないので細かい味はわからないのですが、向こうのカップ麺は基本激辛系がメインで、「紅色牛肉」という種類の真っ赤な牛肉ラーメンが一番店頭に多くならんでいました。この「紅色牛肉」も決してまずいわけではありませんが、日本風のとんこつ味が売っていたので私が買うときはほぼ間違いなくこれを選んで夜食に使っていました。


  追伸
 明日より三日間ほど中国瀋陽に親父の連れとして旅行に行くので、この間ブログをお休みします。更新がないからといって私のことを忘れないでください( ´∀`)

金子国交相の我田引水発言について

国交相、地元受注を誘導 高速工事で入札方法の変更指示(朝日新聞)

 今日何度もYAHOOやMSNニュースを見ていましたが、何でこのニュースが載らないのか非常に不思議でした。

 さてこのリンクに貼ったニュースの内容ですが、高速道路会社三社が道路を四車線化する工事を発注する際に今年六月に金子現国交相が各地元の業者が入札しやすいようにと、工事区間の分割をして入札で落札しやすいようにするよう国交省を通して要請をしていたということを報じるニュースです。この国交相の要請は言い方を変えると、競争入札に参加できる業者を絞って地元へ利益を誘導しようとする談合を国交省が誘導していたということになります。

 現在、高速道路の管理運営は民営化によって生まれた各地域の高速道路会社がやっております。この高速道路会社の民営化というのは不透明な談合や合理性のない工事価格を防止し、時の政治家の意向によって工事の優先性を歪められないように小泉内閣時に行われたのですが、見てもらえば分かるとおりに今回の金子国交相の要請はこのどれにも抵触する恐れがあります。
 まず事実関係についてですが、この要請について金子国交相、国交省ともにすでに認めております。特に金子国交相に至っては、これはネットにはなく今朝の朝刊の31面に載っていますが、七月の岐阜県下呂市の会議において、「我田引水をやっている自覚がある」とまで発言しております。

 この要請について金子国交省は、経済不況によって苦しい地域経済への公共投資という目的でやったのであって決して選挙対策ではないと主張していますが、それ以前にあれだけもめた民営化会議を水泡に帰させるような行為について自覚はないのかと私としては呆れてしまいます。また国交省も国交省で、民営化した独立法人の高速道路会社に中央からあれこれ指示することを民営化会議で厳しく制限するように出ていたはずなんですが、誰か止める人間はいなかったのかと外務省に引き続いて感じてしまいます。

2009年8月13日木曜日

黄絹幼婦の意味とは

 前に書いたかと思ってたらまだ書いていなかったので、今日は私のお気に入りの中国のある逸話を紹介します。

 このお話が出来た時代は三国志に描かれている三国時代で、まだ曹操が現役バリバリの頃でした。ちょっと細かいところまでは分からないのですが、この時代のある碑文に「黄絹幼婦」と書いてあり、この言葉の意味は一体何なのかといろんな人間が謎解きに挑戦していたのですが、結局いつも誰も的確な回答を出すことが出来ませんでした。するとそこに知恵者で有名な楊修がやってきてこの碑文を見るや、「絶妙」という意味だとあっさりと解いてしまったそうです。

 からくりはこうです。まず「黄」という字は「色」を表し、「絹」という字は「糸」を表しており、この両者を組み合わせると「絶」という感じになります。同じように「幼」という字は「少」を表し、「婦」という字は「女」を表していて、両者が組み合わさると「妙」となり、この二語を組合すことで「絶妙」という意味になるというわけです。

 私はこの逸話をもう少し分かりやすく、かつ社会的にも安全なように「黄絹少女」と少し文字を変えて使うことがありますが、なかなかに鋭いなぞなぞで気に入っております。またこの謎を解いたのがまた楊修という、ある意味魏国切っての曲者というのも見逃せません。この楊修は生前から非常に賢いと言われて有名だったのですが、「鶏肋」のエピソードで有名なあの事件によって主君の曹操により殺害され、まさに才は才に滅ぶを体現した人物です。

みんながマニフェストを読まない理由

大学生、マニフェスト「読まない」理由は…(読売新聞)

 リンクに貼ったニュースは、現代の大学生の76.9%が次の総選挙に対して高い関心を持つものの、55.8%もの学生がマニフェストを読むつもりがないと回答したことを報じているニュースです。私は常々、大学生たるものは最低限日本の政治について一定の知識を持たなければならないと口うるさく後輩たちに言い続けてきましたが、このマニフェストについては率直に私も読んでもしょうがないという気がして、この調査結果についてもなんとなく納得した気になりました。そういう風に思うのも、私もマニフェストを読まないからです。

 昨日街頭で配っていたので初めて民主党のマニフェストを手に入れて読みましたが、結論から言うと特に真新しい情報は何も得られませんでした。記載されている内容の大体がすでに報道されているもので、密かに期待していた、仮に民主党が与党となったらどのような人事で内閣を組むのかについても一切記載されておりませんでした。そりゃ確かに連立とか組む関係から選挙次第で変わってくる可能性があるのは分かりますが、党としての希望人事も書かずにこれで政権交代をすると言われてもちょっと私には腑に落ちません。

 さてこのマニフェスト、欧米では結構昔からあったそうですが日本では2000年代に入ったあたりから民主党が広め始め、なんだかんだいって政党がお互いのマニフェストに悪口を言い合うくらいにまで一般化しました。しかし私はこれだけ政治関係の記事を書いていながらも、実は今まで一度もマニフェストを読んだことがありませんでした。その理由というのも、本来政治家はこんなものに頼らずにテレビなどのメディアを通して選挙中であろうとなかろうと常に自分の考える政策内容を有権者に伝え、最低限恐らくほかの人より政治関係の情報を常に集めている自分のところにまで具体的な内容が伝わらないのであれば、政党としていろんな意味で駄目だろうと考えて敢えて今まで手に取りませんでした。もっとも、今回初めて民主党のマニフェストを読んでそもそも読むに値しないというのが分かりましたが。

 それで本題ですが、何故私を含めた他の有権者もマニフェストに興味を持たないかについて、私はやっぱり内容がくだらないからに尽きると思います。そんな今回の選挙で各政党が出しているマニフェストにおいて特に私がくだらないと思うのは、児童手当についての記述です。
 この児童手当については少子化対策として民主党が確かに早くに導入を訴えてきた政策ですが、解散するや自民党、公明党も相乗りとばかりに、民主党とは額や実施時期に差があるものの自分たちも全く同じ政策をマニフェストに盛り込んできました。この与野党が政策相乗りな状態について私は、同じ感覚を共有しているのなら最大公約数に当たる辺り、来年度からの実施で子供一人につき月額一万円支給をとっとと始めればいいじゃないかと言いたくなる内容です。

 この児童手当のように、報道で聞く限り今回の各党のマニフェストは同じ方向の政策のほんのわずかな差を比べ合っているだけだと言わざるを得ません。消費税の増税についてはみんなで口を濁し、高速道路料金も無料か千円か、環境対策は具体的な内容なしに無茶な目標をお互いに立て、外交はとりあえず北朝鮮を敵にしてといった具合でしょうか。
 言ってしまえばどの政策も今必要と言われている政策ばかりで、五年後十年後に必要になるから信じてくれと言うような政策は政策はあまり見当たりません。そのような政策はせいぜい言って、農業対策くらいかなぁ。

 私としてはそんなええかっこしい事ばかり書くくらいなら、それぞれの政党の持ち味を大胆に出したマニフェストを見せてもらいたかったです。例えば民主党なんかはこの前の西松事件で小沢元代表がとっちめられたこともあり、六月に逮捕されてから急激に音沙汰がなくなった厚生労働省の局長逮捕など、検察の捜査に対して違法性や問題性はないか徹底的に検証するくらい言ってもらいたかったです。ちょうどこの前に始まった裁判員制度で国民が司法に注目しているのだから、強く主張しておけばそこそこ私は評価したのですが。

 逆に自民党としては民主党と比べて党内ががっちり固まっていると、百人乗っても大丈夫とイナバ物置の上で集合写真でも撮ってたりしたらよかったんじゃないでしょうか。退陣を迫った中川秀直氏だけは外していれば、なおいいんですが。

2009年8月11日火曜日

不倫の言い訳は哲学か

 昨日今日と普段はフランスに住んでいるお袋の友人が泊まりにきているのですが、「フランスの日々」のSophieさんが言っているようにフランス人は議論が好きなのかと聞いたところ、やはりそうだという返事を聞きました。
 その際にフランスの哲学などについてもあれこれたずねたのですが、そのお袋の友人のおばさんによると、言ってしまえば哲学者として非常に有名なサルトルはボーヴォワールとの浮気を哲学だと言っていたに過ぎないと言い、それなら石田純一の「不倫は文化だ」発言も一種の哲学なのかとお袋も合いの手を入れてました。

 なんというか、案外どの国の人間も似たような言い訳をするのだなということです。

目指すべき国家モデル

 ちょっと前の記事にて私は現代の政治家で大きな国家モデルをはっきりと打ち出しているものはいないと主張しましたが、それが具体的にどのようなものなのかをちょっと簡単に説明します。簡単にとは言うけど、どうせまた長くなるだろうな……。
 まず大きな国家モデルというのは具体的にどのようなものなのかですが、いってしまえば十年、二十年先くらいを見越してどのような方向へ国を進めていくかと言う考え方です。といってもこんなこと説明じゃ自分でもよく分からないので、いくつか具体例を以って説明いたします。

 まず日本でこの国家モデルが最も議論されたのは戦後の独立回復後です。昭和史家の半藤一利氏によると、戦後の日本においてサンフランシスコ平和条約時の首相であった吉田茂は外交や国防といった安全保障はアメリカに一任し、日本は持てるお金をすべて経済振興に使うべきだと考えていました。それに対して吉田のライバルの鳩山一郎は日本人自らの手で憲法を作り直し、軍備もそこそこ持って独立国家らしくアメリカに頼らずに独自に外交の出来る国家を目指していたために吉田と激しく対立をしました。この二人の争いは吉田が首相から退いた後にかわりに首相になった鳩山一郎が短命政権で終わったために吉田の勝利となったわけですが、その後の岸信介はむしろ鳩山の路線を引き継いで安保改定を行ったところ、知っての通り安保改定それっきりで憲法改定にまでは至らず、その次の池田隼人は吉田学校の優等生というだけあって吉田の路線を踏襲し、現在に至るまでの日本の体制を磐石としたわけです。

 この吉田と鳩山がそれぞれ目指した国家モデルを簡潔に言い表すと、私の解釈では下記の通りになります。

・吉田モデル:軽武装アメリカ寄り重商主義国家
・鳩山モデル:中武装独立国家

 こうしてみると吉田茂が経済成長を重視したのに対し、鳩山一郎は独立外交を重視していたことが見えてきます。実際に鳩山は日ソ共同宣言のためにソ連に赴き国連加盟の礎を築いたことからこの見方に間違いはないでしょう。
 このように、どのような国家モデルの方向に国を導いていくのかによってその後の国家の運命はいろいろと変化してくるわけです。仮に鳩山のモデルが日本で実現していた場合、戦後に自主外交を主張したフランスのようにアメリカともやや距離を置いた国になっていた可能性があります。

 では現在の日本は、一体どのような国家モデルが提唱されているのでしょうか?
 はっきり言ってほとんどの政治家はこの点についてなにも言及しておりません。しいて挙げるとしたら首相就任前にその著書「美しい国」を出版した安倍晋三元首相くらいですが、この人の場合は目指した国家モデルがあまりにも抽象的過ぎて未だに私もよく理解できていません。多分本人もあまり考えずに遠視的に考えていた気がします。

 国家モデルを考える上でいくつか重要な要素を挙げると、国防、税率、権力体制、予算使途といったものが挙がってきますが、今度の選挙で争点にならなければいけないのになっていないのは税率で、逆にそこそこ争点になっているのは権力体制といったところでしょうか。霞ヶ関の中央集権体制か地方自治体への分権か、この点なんかは今後の日本を占う上でなかなか重要な点だと考えております。

 ちょっとこの記事は説明がややこしいのもあって敢えて表現のギアを挙げて一気に運びました。この国家モデルについては一体どのようなバリエーションがあるのかなども実はすでに用意しているのですが、あまりややこしくしてもしょうがないので今日は省略します。もしリクエストがあれば別の記事にてそれらをまとめて放出するので、興味のある方はコメントにでも一言をお願いいたします。

2009年8月10日月曜日

アヘン戦争直前の議論

 ちょっと出典の記憶が曖昧な内容ではありますが、なかなかタイムリーであるのでアヘン戦争直前に中国宮廷内で行われた議論について紹介いたします。

 さてアヘン戦争とくれば日本に含めた近代アジア史における重要度はいうまでもなく、東洋地域に西洋諸国が大きく出張る大きなきっかけとなった歴史的大事件です。この事件のきっかけとなったのはその名称の元となったアヘンこと麻薬ですが、当時中国を支配していた清帝国はこの時代においてもアヘンの吸引、密売を禁じてはいたところ、貿易品目の関係から金と銀が中国に流出する一方だった西洋諸国、とりわけイギリスが中国に対して販売する主要品目としてアヘンをガンガンと流し込んでおり、その結果当時の中国では国内のアヘン中毒者が急激に増え、社会的影響からも見逃せないほどの事態となっていったのです。

 ここに至り、清朝内においてこの事態をどうすべきかという議論が起こりました。そこでの議論は大きく二つに別れ、この際アヘンの吸引と販売を認めようとする容認派と、徹底的に根絶をはかろうとする取締り派が激しく火花を散らしました。
 ここが私的には面白いところなのですが、容認派の主張というのもこの様なものだったそうです。

「すでにアヘンは全土に広まっており、これを取り締まって根絶するのは不可能に近い。それならばいっそ輸入や販売に税金をかけて国庫の歳入の足しにした方がいい」

 もちろん程度の差こそありますが、現代的には中毒症状がある酒やタバコに税金をかけて流通させるような考えでしょう。しかしそれでもアヘンの社会的影響は多き過ぎるのではという意見に対し容認派は、

「たとえアヘンが流通したとしてもそれを吸引するのは文化レベルの低い下級層だけだ。上級層はこんな馬鹿なものはやらないし、国家の運営上なんら影響はない」

 こうした容認派の意見に対し、取締り派はこの様に反論しております。

「たとえ上級層がアヘンを吸引しないとしても(実際には皇帝でも吸っているのがいたそうですが)、植物が根っこから腐るように下級層の乱れは国家の大乱を導いてしまう。だからこそ不可能と言われようとも国はしっかりと取り締まる姿勢を見せなければならない」

 最終的にこの論争は取締り派が勝利し、広東にあの有名な林則徐が派遣されて厳正に取り締まり効果を挙げつつあったところを、イギリスがなりふりかまわない行動に出たことで清朝は無理やりアヘンを流通させられることとなったわけです。皮肉な歴史といえばそうですが、この論争は現代の麻薬や覚醒剤に対する認識を考える上でもなかなか有意義な議論だと思います。私などはこうした薬物を使わなくとも年中テンションの上がり下がりが激しいので全然興味がありませんが、薬物の影響を個人でみるか社会で見るか、著名人の逮捕を受けて考える内容ではないでしょうか。

中国ウイグル自治区問題の対立構図

 本店の方でコメントを頂いたので、もうすこしこのウイグル問題について解説を行っておきます。

 コメントを頂いたのは「共同体の壁」の記事ですが、この記事の中で私は日本でも全くないわけではないのですが宗教や民族といった強固で大きな枠での争いを見ることが少ないために、こうした枠の対立構造に対して理解しにくい傾向があると主張しました。実際に私がメディアなどを見ているとこうした戦略的とも言うべき大きな構図を以って解説しているニュースは少なく、それがために先月に起こったウイグル自治区の暴動も「中国政府の人権弾圧に反抗する暴動」ですべて完結してしまったのではないかと見ております。

 ではあの時、というより現在進行形のウイグル問題とはどのような対立構図なのでしょうか。まず日本での一般的な見方では「中国政府VS少数民族のウイグル人」が圧倒的に強いでしょう。しかしこれを敢えて民族という枠で見ると、現中国政府はまさに漢民族の政権であるために「漢民族VSウイグル族」という対立構図へとなって行きます。実際に現地の中国人からするとこの対立構図が主流なようで、それがために前回の記事にて紹介したウイグル自治区から遠く離れた広東省においても大きな暴動が起こることとなったのです。

 しかし、仮にこれが話が終わるというのであれば恐らく中国政府としてはホクホクものでしょう。というのも中国政府がこのウイグル問題でもっとも恐れているのは、この対立構造の枠がどんどんと膨れ上がることだからです。
 この点なんかは中国の官僚もはっきりと口にしていますが、現在の中国は上海を筆頭とした湾岸部が大きく発展して生活水準も向上している一方、ウイグル自治区を含む中国内陸部は以前と発展が進まず、まるで戦前とバブル期の日本が同時に存在しているような状況にあります。それがために内陸部の人間は発展による旨みを独占している湾岸部、ひいてはそれを主導している政府に対して少なからず不満があり、それがウイグル自治区での独立運動や暴動と結びついた場合、現在の「中国政府VSウイグル族」という枠から「中国政府VS中国内陸部」という大きな対立構図に発展して中国は大混乱になると大半の中国識者は見ております。

 実際に近年、表にはあまり出ないまでも中国の内陸部では村単位での暴動がよく起こっていると各所で言われております。そうした内陸部の騒動は中国政府ががっちり抑えているのであまり表には見えてこないものの、ウイグル自治区に海外の人権派などの目も厳しいために今回の暴動や独立運動などもメディアに露出するため、それに触発されて同じ漢民族でも内陸部の中国人が暴動を起こすのを中国政府は恐れているわけです。
 さらに私はウイグル人の信仰する宗教がイスラム教であるため、もちろんイスラム教内にもたくさんの宗派があるわけですが、なんらかのきっかけによってアフガニスタンなどのイスラム系国際テロリストと結びついてしまえば今度は「中国政府VSイスラム教」という具合に対立が大きくなってしまう可能性もあると見ています。

 このように視野を広げてみると、いろいろと見えてくる事情もある上に問題への理解もぐっと進むようになります。別に今に始まったわけじゃなく戦時中も日本人はこうした戦略的視点が非常に弱かったのですが、この点は同じ島国でもイギリス人と比べると致命的ともいえるほどの弱さです。よくうちの広島に左遷された親父なんかは日本人はもっと世界を知るべきだと主張しているのですが、私はこうした戦略的な視点を持つことが親父の言う世界を知るということになると考えております。

 最後に補足しておくと、現在の自民と民主の政権争いはいわば手段の争いであって目的の争いではないと私は見ています。ではどの党が戦略的視点を持っているかですが、私は現時点ではほとんどの政治家はそのような視点を持っておらず、また日本人の中でもその議論が理解できる人間は少ないのではないかと思っております。今日はなんだか元気がないので書きませんが、また明日にでもその辺をご紹介します。

2009年8月9日日曜日

外国人が見る広島と長崎

 先日に書いた「日本の若者に知ってもらいたい、ベトナム戦争の歴史」の記事にて原爆について言及のあるコメントを頂いたので、今日が日本人にとって忘れてならない八月九日という日であることも考え、愚考ながらこのあたりの内容を記事に書かせていただきます。

 これは私が中国留学中の話ですが、ある日に日本人の友人が私の部屋に遊びに来て、その友人が部屋を出た後にルームメイトのルーマニア人に「今の彼は広島から来たんだよ」と話したところ、こんな風に聞かれました。

「俺たち、体は大丈夫かな?」

 そのルームメイトはルーマニア本国で物理学を専攻しており、本国の原子力発電所にも何度か見学に行ったことのある人間でした。ちなみにその彼によると、ルーマニアの原発職員はみんな顔色が悪かったそうです。
 そんな彼がこんなことを聞いたのは言うまでもなく、かつて広島に落とされた原爆の放射能に自分たちも被爆するのではないかと思ったからでしょう。こんな風に彼が考えたのも、かつてウクライナで起こった「チェルノブイリ原発事故」がルーマニアにも影響を与えたことが原因だったと今は思えます。

 そこで私は、現在の広島は百万人以上の人口を持つ大都市であって、その広島から来た人間と接触したからといって自分たちが二次被爆することはないと説明しました。これは言ってしまえば日本人にとっては当たり前の知識ですが、たまたまかもしれませんが物理学を専攻していた私のルームメイトですら知らずに、それどころか広島と長崎は未だに現在のチェルノブイリのような荒涼とした不毛地帯だと誤解していたのです。
 この様に日本では当たり前とされる原爆、放射能についての知識も、あくまでたまたまだったのかもしれませんが私は日本以外の外国人はほとんど知らないのではないかとこの時に感じました。それは言い返せば原爆の恐ろしさがどれほどのものかや、被爆者の子供も影響を受けるという二次被爆についても十分に把握していないかもしれないということになります。

 それこそ日本人だと間違いなくこの原爆の歴史や恐ろしさについて公教育の間にしっかりと教えられますが、他国では一体どんな教育がなされているのか私には全くわかりません。まだ日本と交流の多い国であるならともかく、ルーマニアのような取り立てて交流の多くない国ともなればこうした誤解が起こるのも不思議ではない気がします。

 先日アメリカで行われた調査によると、「二次大戦末期の日本への原爆の使用は正当であった」という回答が全体の六割に達したそうで、それについて私が見る限り、「なんてひどい」というような反応を新聞などのメディアは行っていたような気がします。しかし私は現在のアメリカが原爆についてどのような教育を行っているかがわからず、日本と違って被爆体験者がいない状況下で恐らく日本ほど教育が行われていないことを考えると、むしろ無回答を含めて四割ものアメリカ人が「正当でなかった」と答えたことの方が意外でした。

 そんな外国の人たちに対して唯一の被爆国である日本が何をするべきかといったら、それはやはり原爆についての事実と知識を広く正しく啓蒙することに尽きると思います。恐らくあと数十年も経てば原爆を直接的に体験したことのある世代が寿命の関係からすべて亡くなられるでしょう。その後に日本を含め外国に対しても啓蒙を続けられるかどうかにおいて、私は被爆国としての日本の責任が問われると考えております。
 そしてそんな時代において、私くらいの世代というのは「原爆被爆者から直接話を聞いたことのある世代」として重要な役割を持つことになると思います。私は長崎への修学旅行中に原爆被爆者から直接お話を伺う機会がありましたが、この時に聞いた話を直接的な体験者が亡き時代においても一般化し、後の世に永劫伝えきれるかは自分たちの世代にかかっていると、勝手ながら使命感に燃えているわけです。

  おまけ
 ルームメイトには今は広島に行っても何も問題はないと教えはしましたが、うちの親父は去年に広島へ左遷されてしまい、ストレスから背中にブツブツが出来てしまいました。

共同体の壁

 先週の「テレビタックル」において面白い議論があったので、ここで紹介させていただきます。

 先週は主に中国や北朝鮮関係の議論が行われ、ゲストも三宅久之氏を初めとしたいつもの面々に加えて韓国人ジャーナリストの方、漢族系中国人学者の方、朝鮮系中国人ジャーナリストといった三者三様の出自を持つゲストが出演していました。
 そこでウイグルの暴動について話題が及んだ際に、漢族系中国人学者の方が以下のように述べました。

「仮に私と隣の朝鮮系中国人ジャーナリストの方が喧嘩をした場合、(中国)国内の目線で見れば同じ中国人同士の喧嘩で終わるのですが、これを民族で見たら漢族と朝鮮族の争いになってしまうのです」

 この方がこの様に話したのも去年に中国広東省で起こったウイグル人を中心とした暴動のきっかけというのが、出稼ぎに来ているウイグル人女性が漢族の男性に暴行されたという真偽がわからない噂によるものだったことからです。それこそ同じ中国人個人同士の争いであればその間で済む話が、民族や宗教といった枠で以って語られてしまうとどんどんと直接的に関与しない人間も争いに加わっていき、争いの度合いもそれに比例するかのように大きくなっていきます。

 本来共同体というものはばらばらな個人を文化や習慣、地域の距離といった一定の枠内に収める事で無用な争いや犯罪を抑える目的で作られてきました。しかし今に始まるわけではなく、この枠が出来上がることで別枠同士の個人の争いが発展して枠同士の争いにまで発展する可能性もこの結果生まれてしまいます。いくつか例を挙げるとすれば現代のイラク戦争が「イラク対アメリカ」から「イスラム対アメリカ」になってしまったものなど好例です。
 日本にいると民族や宗教といった大きくて強固な枠がないために、国単位でほとんどの物事を考えてしまうところが少なからずある気がします。もちろん中国の一部少数民族への弾圧は非難されてもやむを得ないものもありますが、彼らがどの枠でどう争っているのか、この様な視点を持たなければ見えてこない事情もあり、日本人としては意識的にこうした視点を持つことが私は重要だと思います。

大きな悩み、小さな悩み

 唐突ですが私は現在、あるくだらないことで深く悩んでおります。女々しいもんで昨日なんか友人を呼び出してわざわざ相談したくらいなのですが、この一週間はほぼずっとそれの件で悩み、昨日今日の休日はゆっくりとなにもしないままこの件であれこれ思案に暮れておりました。

 まぁそんな私個人の話はどうでもいいのですが、今回その件で悩んでいる際に、大きな悩みを持ってみるとそれまで抱えていた小さな悩みが一挙に吹き飛ぶというか、あまり気にならなくなったことに気がつきました。それこそ今回の悩みを持つ前は「リオレウスをどうやって倒すか( ̄~ ̄;)」といった細々とした悩みを持っていたのが、「そんなどうでもいいこと考えなくてもいいだろう(- -;)」という具合にほとんどが雲散霧消するかことごとく自己解決するに至りました。

 ここで私が何を言いたいのかというと、大きな悩みは確かに抱えずに済むもんならそれに越したことはないのですが、たまには持ってみることでほかの悩みを一気に吹き飛ばすきっかけになるんじゃないかということです。もちろん私みたいに頻繁に悩むことは精神健康上はあまりよくないとは思いますが、悩むことが必ずしも全部が全部悪いというわけじゃないと言いたいわけです。

2009年8月8日土曜日

外国人研修制度について

 今朝の朝日新聞に、自分がここ数年で最も起こってほしくないと願っていた事件の報道がついにありました。

中国人実習生、初の過労死申請 残業最大180時間(asahi.com)

 まず最初に、外国人研修制度とその現状について説明いたします。
 外国人研修制度とはその名の通りに日本の進んだ技術を学ぼうとする研修生を主に発展途上国より募り、日本の農業や工業の現場で働きながら直にその技術を教えるという制度の事を指します。この制度は言うまでもなく国際貢献の一環として設けられた制度なのですが、リンクに貼ったウィキペディアの記事にもあるとおりはっきり言ってここ十年間は完全に形骸化した制度となっており、かねてより私はこの制度を直ちに廃止しなければと考えておりました。

 具体的にこの制度のどこに問題があるかですが、近年この制度は技術を外国人研修生に教えるという名の下に体のいい労働移民制度となっていたからです。というのも外国人研修生にはその働きながら学ぶという目的上一定の賃金が支払われることとなるのですが、その賃金額は日本の法律上で定められている最低賃金を下回ってもよいということになっておりました。そのため不道徳な一部の経営者は安価な労働力を得るためにこの制度を利用して大量の外国人を雇い、文字通り馬車馬のように働かせては安い賃金しか支払ってこなかったのです。

 もちろん日本にやってくる外国人研修生、主に中国人は安い賃金だと分かっていても日中の通貨格差ゆえにこの制度に応募して来られるのですが、たとえ同じ労働をしたとしても日本人と外国人で受け取る賃金が違うなど明らかな人種差別です。そしてそれがまだ立派な技術を教えるのならともかく、実態的にはそうした研修という目的がほとんど果たされないまま単純労働の現場などで働かされている例が大半だそうです。

 また日本の側としてもそのような過重労働を嫌う労働者が増えてきていることから、この制度を利用しなければ経営が成り立たないとはっきりと言う事業者もおります。これは二年前のテレビの報道でしたが、長野県のある高原野菜農家でもこの制度を利用して大量の中国人を雇って毎年の農繁期の作業を行っており、インタビューでは以前は大学生のアルバイトが大量に来てくれたが今では国内だと誰も募集に応じず、この制度がなければ農繁期を越せないと洩らしておりました。このように非常に皮肉な話ですが、日本は輸入野菜にとどまらず国産野菜の生産においても中国にすでにかなりの面で依存している状態なのです。
 なおこの農家ではしっかりと定時を守って外国人研修生と働いておりましたが、研修生の側からするともっとお金を稼ぎたくて出来れば残業がしたいという方もおりました。

 この頃、私が夜中に居酒屋などに行くとアルバイトの多くが中国や韓国の留学生で占められている店をよく見かけます。実際に私が在学中だった頃に知り合った留学生らはその日本の物価の高さゆえに、仕送りだけに頼らず昼は授業に出て夜にはバイトに行って日々の生計を立てている者が数多くおりました。聞くところによると居酒屋の方でも深夜のアルバイトはきついとこの頃はフリーターなどからも敬遠されており、一般のアルバイト先に働きづらい外国人留学生くらいしか来てくれなくなっているそうです。
 私が見てきた外国人留学生はみんなそのような環境下でも、はっきり言って日本の学生よりずっと真面目に勉強している方ばかりでした。チリからの留学生に至っては卒業後にすぐに帰国するのかと聞いたら、「帰国費用をまず貯めないといけない」と言われてぐっと心が痛みました。

 今回、一番最初にリンクに貼ったニュースでは、就寝中に息を引き取った中国からの外国人研修生の方に初めて過労死が申請されたということが報じられております。本来、外国人研修生には残業時間に制限があるにもかかわらずこの亡くなられた方は多い月には180時間も残業を行っており、家族にもそのせいで疲れると電話で洩らしていたそうです。異国の地で、しかも家族を残して亡くなったこの方の無念を思うと非常にやりきれない思いがするとともに、同じ日本人として心から申し訳なく思います。
 同じ記事によると去年一年間の外国人研修生の死亡件数は34人で、そのうち過労死の線が高い心臓発作などが原因の方は16人もおられ、今回の件がたまたま起こったわけではないと見てほぼ間違いないでしょう。

 この外国人研修生といい先ほどの外国人留学生の深夜アルバイトの増加といい、すでに日本は他の移民国家同様にきつい労働の一端を外国人に担わせていると私は見ております。しかも賃金は大抵は日本人より一段下に置かれている状態で、これで日本が彼らに恨まれたとしても私は何の言葉も返せません。
 現在のところ日本では外国人の移民が政策問題として話題に上がるだけで肯定派の政治家が激しく攻撃され、また外国人の地方参政権一つとっても私の記事のように議論一つ許さないといわんばかりに批判する方もおります。

 特に一番ひどいと思うのが、中国人や韓国人全員がまるで犯罪者だと言わんばかりの主張をする方です。よくそういう方は日本人と比べて外国人は犯罪率が高いといいますが、これははっきりと私も断言できますが、長期滞在の外国人登録者数とスポット来日の外国人の合計を表す正確な統計は今のところ全くなく、外国人の犯罪率が高いということを示せるような信用に足る母数データは全くありません。また仮に外国人に犯罪が多いとしても、過労死するまでに低賃金で働かされている方たちも「犯罪をよく犯す外国人」という同列で語られるのは個人的に非常に残念です。

 私が外国人の地方参政権に賛成なのもここにあります。こうした明らかに劣悪な環境下で働かされ続けているという事実を少しでも声にのせるために、表にするために、何が必要かといったらやっぱり地方参政権ではないかと考えるわけです。

 最後に、この度過労死が申請されている蒋暁東氏に心からご冥福をお祈りします。

2009年8月7日金曜日

ブログアンケートの結果

 ちょっと前から本店の方でのみ開いていたこのブログへのアンケートを本日に締め切りました。アンケートに協力してくれた方は9人で、少ない票数ではありますがそこそこ参考になる結果となりましたので感想を書こうと思います。

 まずブログ内容に関する質問で、「どんな内容の記事が楽しみか」という複数回答の出来るアンケートの結果は以下の通りとなりました。

・政経関係の記事:4 (44%)
・中国関係の記事:3 (33%)
・歴史関係の記事:6 (66%)
・哲学関係の記事:3 (33%)
・サブカル関係の記事:4 (44%)
・私の体験談:2 (22%)


 私にとって意外だったのが、自分の予想を覆して「歴史関係の記事」がこの質問においてトップの票を得たことでした。別に手を抜いているわけでもなく内容に自信がないわけでもないのですが、どちらかというと堅い政経関係の記事の間に挟みこむ柔らかいクッションのような感じに今まで書いてきていたので、まさかこれがトップに来るとは夢想だにしませんでした。

 ただその傾向はあったというべきか、Gogle analyticsにてうちのブログに来る人の検索ワードを調べると、ブログタイトルである「陽月秘話」を追い抜いて「宮崎繁三郎」がランキングでトップであったところ、一時はそのトップの座を現在二位の「商鞅」が奪っていました。どちらも歴史人物の人名ですから、いかにこうした歴史ワードが私のブログを支えているのかが良く分かります。宮崎繁三郎はややマイナーな人だからまだ分かるにしろ、商鞅のことを書いているブログはほかにもたくさんあるのにという気が少ししますが。
 ほかの項目についてはどれも似たり寄ったりですが、前向きにこの結果を捉えるならどの内容の記事もそれなりに期待している読者がおられるという結果で、割と幅広い範囲を意識的に扱っているだけに0票の項目がなかったというのはそれなりにほっとしています。

 これら内容に関する質問の次に聞いたのが、「このブログの文章は長い? 短い?」ですが、その結果は以下の通りとなりました。

・長過ぎ:0 (0%)
・ちょうどいい:8 (100%)
・短過ぎ:0 (0%)


 はっきり言ってこの結果は自分にとってかなり意外でした。投票してくれるからにはきっと私が顔も分かるような親しい知人ばかりでしょうが、その中でも一人や二人はこのブログの記事が長過ぎると感じているだろうと踏んでいたのですが、結果は見ての通りに「ちょうどいい」が100%を占める結果となってしまいました。
 実はこの頃このブログの記事が長過ぎるのではないかと、人知れず方針転換を覚悟しておりました。それこそブログを始めた当初の記事と最近の記事を比べると一つの記事あたりの文字数が二倍から三倍近く増えており、一つの内容にくどくど語るよりは分量を減らしてでももっと扱う内容を広くした方がいいのではと先月くらいから徐々に考えており、そこで試金石とばかりに今回のアンケートを見ようと思ったのですが、この結果だとやっぱりもう少しこのままでやっていく方がいいかもしれません。

 元々このブログは始めた当初より玄人好みのブログにしようと、多少読み辛いかもしれませんが私の書ける限りのことをびっしり書いて、それでも読んでくれるような読者をゆっくりでもいいから獲得していこうと始めました。そんなもんだから始めた当初なんてほとんど誰も来なかったのですが、FC2の出張所の方では半年前くらいは一日の閲覧者数が二十人くらいだったところ、このところは毎日四十人くらい来てくれるようになって我が事ながら非常に驚いております。

 それにしても、自分でもよくこれだけ毎日書けるなとこのブログを読み返すたびにしみじみ思います。伊達に中学生の頃からほぼ毎日文章を鍛えていなかったわけじゃありませんが、このごろは調子によって文章のリズムが激しく変わるあたりはまだまだです。

 最後に、アンケートにご協力してくれた方にはこの場にて深くお礼を申し上げさせていただきます。ありがとうございました。

芸能人の麻薬摘発事件続発について

<酒井法子容疑者>覚せい剤所持容疑で逮捕状 自宅から覚せい剤 警視庁(YAHOOニュース)

 ここまでくると、下手な小説より全然面白い展開です。
 上記のリンクに貼ったニュースはもはや説明するまでもないですが、旦那が大麻所持疑惑で逮捕された直後から行方不明となっていた酒井法子氏の自宅からもまた大麻が出てきて、現在もなお行方不明ながらもこっちにも逮捕状が出たというニュースです。ここまでくるとなんだが、昔のドラマの「逃亡者」を連想させます。

 さて今回のこの大麻摘発事件ですが、酒井法子夫妻の摘発直前にはこちらもまたいろんな意味で面白い押尾学氏が逮捕されており、タイミング的にほぼ同一であることから芸能界の大麻一掃を警察が行っているのではないかという見方が広がっております。
 警察が一斉に摘発を行っているかまではわかりませんが、今回のこの一連の摘発を見て私は以前と比べて麻薬に対する世間の見方や警察の処罰が厳しくなったという気がします。それこそかつては故勝新太郎氏がパンツにコカインを隠し持って文字通り「コカインを股間にイン」と言われるような大事件を起こしたことがありましたが、その後勝新太郎氏はすぐに復帰することが出来ました。

 しかしいちいち挙げませんが近年に麻薬事件で摘発された芸能人の復帰は明らかに当時より厳しくなり、また世間の見方も厳しくなっていることからそのまま引退に至るケースも多くなってきております。どうして以前と比べて昨今は効した事件に対する風当たりが強くなったのかをすこし考えたのですが、結論はというとやはり田代まさしが何度も繰り返して捕まったことが一つの契機になったんじゃないかという気がします。今思い出すと一回目の逮捕直後は周囲も復帰を応援しており、また視聴者の方も割と温かい目をしていたように思います。しかしそれが何度も逮捕されるにつれて、「やっぱり一度手を出したらもう駄目なんだろうなぁ」という感傷が私の中では広がって行きました。

 それに合わせるかのように大麻事件への処罰が厳しくなっていったと、ここ十年くらいを振り返るとそんな気がします。どっちにしろ、手を出さなければ何も気にすることはないのですが。

2009年8月6日木曜日

随意契約の裏にある無駄遣い

 現在選挙も真っ只中ということで政策論争がかまびすしく行われてきていますが、その中の恐らく最大とも言っていい論争の種は政策に必要な財源の目処でしょう。この点はよく民主党の提唱する政策が槍玉に挙げられ、マニフェストには子供を持つ全世帯に教育費を支給し、生活保護費も拡充し、農家の賃金保障も引き上げるとは言うものの、果たしてそれらのばら撒き政策を実行するだけの財源はどうするかとよく批判されております。赤字いっぱいの現状の予算で、しかも消費税は据え置きのままでどうこれらの政策を実行するのかと問われると民主党は、「現状の歳出の無駄を省くことで捻出する」と主張していますが、まぁ都合がいいといえば都合のいいことを言っている気がします。もっとも民主党に負けじと自民党が出したマニフェストも、はっきりとした財源の根拠も挙げることなく教育費補助の拡充を謳っていることからどちらも五十歩百歩ではありますが。

 結論から言えば、どれだけ無駄を省くことによって歳費が浮かせられるかが現状でははっきりしないのはまだ見逃すにしても、現在主張している政策を実行するのにどれだけの費用が必要なのかをはっきりと出していない時点で、私は民主党が今主張している政策を実現することは出来ないと考えております。ちゃんと世帯別の人口などを計算すれば、相当厳密な額まで必要な予算は計算できるはずなんですけどね。
 とはいえ、全く以って民主党が主張している財源こと「歳出の無駄遣い」に裏づけがないというわけではありません。そこで今日はどんなところに国の無駄遣いがあるのか、その最たる例の「随意契約」というものについてタイミングがいいので解説します。

 通常、官庁ら公共団体が物品を購入したり何かしらの建設工事を発注する場合には「競争入札方式」といって、複数の民間企業らに受注価格を提示させてその中で最も安い価格を提示したところへ入札するようになっております。これは国民全体の税金を使うという観点から法律上でもはっきりとこの競争入札方式を取るようにと明記されております。
 しかしここまで言えば分かるでしょうが現実にはさにあらず、数年前にNHKが真珠湾級の大戦果となったスクープで暴いた事実によると、当時の環境省の発注のなんと八割近くがこの競争入札方式を取らない随意契約方式で契約が交わされていたのです。

 この随意契約というのは、本来は官公庁の発注には競争入札を行わねばならないところを非常に機微のある内容だったり、技術的な面などで他の業者に任せられないという場合にのみあらかじめ発注先を官公庁が指名できる特別な発注方式のことを指します。具体的にどんなところでこの随意契約が使われるのかといえば、まずはなんといっても防衛省の軍事関係です。この辺は国防上からもいろいろと表に出来ない内容もあり、また技術的な面でも他の業者には漏らせない内容が多いために必然的に多くなってきます。本当かどうかはわからないけど。

 しかしこれが環境省ともなると、しかも全発注の八割近くも随意契約になるのかといえば全く以って理解できません。しかもその中の発注にはトイレで使う調度品だったり、机とかのOA機具も含まれており、明らかに競争入札で発注すべき内容ばかりでした。
 それにも関わらず何故これほど多く随意契約が行われたのかといえば、それは一言で言えば天下りが元凶であるとしか言いようがありません。かいつまんで説明すると、本来存在する必要のない団体を天下り先を確保するために官僚は片っ端から作っていく一方、官庁に残った者たちは自分たちでその団体へ本来必要のない発注を行い、さも業務を行っているかに見せて採算を取りつつその存在の正当性をアピールするのです。

 そんな一例として、先日に東京都内の道路下に大きな落盤を引き起こしかねない空洞が見つかったのですが、実は去年にも同じ場所で同じ調査が行われていたもののその空洞を見過ごしていました。その際に調査した団体というのが、まさに国交省OBの天下り先団体で、契約もまた随意契約でした。

環境省の総合評価方式で「1者応札」7割…「随契」隠しの指摘も(産経新聞)

 そして今日、これはmsnニュースですが良く出来たスクープなので産経新聞の名前をちゃんと載せておきます。このリンクに貼ったニュースはNHKのスクープによる批判を受けてその後随意契約を減らしたものの、その代わりに「総合評価方式」というまた胡散臭いものを環境省は利用して、競争入札に一社しか応募できない状況を自ら作り、随意契約と全く変わりがない入札をまだ続けていたということを報じているニュースです。それにしても、公務員もよくこれだけ悪知恵が働くなぁ。この前後輩に久々に連絡したらそいつも公務員になってたけど。

 もう一度言いますが、この随意契約というのは天下りとセットで効果を発揮する無駄遣いです。これまで自民党の暗部を担ってきた政治家らはこの随意契約に自分の支援者をかませることで公務員と結託してきましたが、もしこの部分に環境省といわず全官公庁にメスを入れることが出来たら、私は相当な額の予算を浮かせることが出来ると思いますし、またそうして真に民間企業へ競争入札が開かれることで経済の活性化にもつながると考えています。民主党はこの随意契約についてこれまでにもはっきりと、重点的に洗いなおすと主張しておりもし本当にそれが果たせるのなら、それで全部の財源が保証されるとは思いませんがある程度は用意できると私は見ています。

2009年8月5日水曜日

日本の若者に知ってもらいたい、ベトナム戦争の歴史

 この記事はちょっと機微な問題が関わっているので、見る人によっては激しい怒りを覚えられるかもしれません。しかも私はベトナム戦争史について特に専門的に勉強したわけでもなく、そんな人間がこんな記事を書くなんておこがましい事この上もありませんが敢えて批判を覚悟で書かせていただきます。

 よく日本人は中国のことを「歴史を歪曲して教えている国だ」と批判します。これについて私は文化大革命や第二次天安門事件などといった歴史的大事件を自国の若者に敢えて隠そうとする態度などから、はっきりと「その通りだと」言い切る自信があります。ついでに書くと、これは日本でもあまり研究者がいませんが戦時中の南京政府こと汪兆銘政権についても全く教えていないそうなのですが、やっている人からするとなかなか面白い範囲だそうです。
 しかしそうやって中国の態度をよくないといいつつも、ひょっとしたら日本も歪曲とまでは行かずとも、敢えて教えることを避けているような歴史があるのではないかと私は前々から感じていました。その歴史的事実というのも、今回のお題となっているベトナム戦争についてです。

ベトナム戦争(ウィキペディア)

 私は1980年代前半の生まれですがこれまで公教育の範囲内で習ったベトナム戦争というのは、映画の「仁義なき戦い」ではありませんが朝鮮戦争のようなアメリカとソ連の代理戦争であって、大義もへったくれもないひどい戦争だったという具合に教えられました。また小学生の頃は環境問題の高まりとともにダイオキシンがよく槍玉に挙げられ、ダイオキシンがベトナム戦争でゲリラ掃討のためにアメリカ軍が巻いた枯葉剤に含まれていたということも合わせて教えられていました。
 もちろんこれだけでもベトナム戦争がひどい戦争であったということは十分に理解できたのですが、今思うとそれはずいぶんと甘い認識だったように思えます。そんな甘い認識を一気にひっくり返したのは、大学の講師のこの一言からでした。

「僕は君らくらいの頃、日本人であるのがすごい嫌だった。なぜなら毎日沖縄からベトナムへ向かう爆撃機が飛んでいたからだ」

 この講師の言葉を聞くまで、私はベトナム戦争というのはアメリカとソ連、そしてベトナム本国のみが当事者の戦争だと考えていました。しかし平和憲法下で戦後は大きく他国の戦争に関わってこなかったと信じていた日本も、間接的とは言えない位にこの戦争に関わっていたと知って慌ててこの戦争を調べることにしたのです。

 このベトナム戦争は非常に複雑で一言では説明しきれない内容であるために、あまり詳しくないという方は出来れば先にリンクを貼ったウィキペディアの記事を初めから最後まで読んでもらいたいのですが、このベトナム戦争は時代的にはすでに40年近く前の戦争ではあるものの至る所で現代に強い傷跡を残した戦争であります。その中でも特に影響が強いものをいくつか項目を選んで説明すると、下記の項目が挙がってきます。

1、韓国軍の参戦
 このベトナム戦争ではアメリカ側の南ベトナムを支援するために韓国から韓国軍が派遣され、戦闘行為も現地で行われました。もちろん韓国としてはアメリカの強い要求があった上での派遣だったのでしょうが、この時の派遣時に韓国軍兵士が現地の女性との間に子供をたくさん作っており、日本の中国残留孤児のようにその時の子供らの今後の処遇について未だに韓国国内では問題となっているそうです。
 なおこれは仮の話ですが、憲法九条がなければ日本も軍隊を派遣していたと私は思います。

2、無差別爆撃
 二次大戦下の日本での例と同じように、ベトナムにおいても米軍は無差別爆撃を実行しております。しかもそれらの爆撃機の一部は日本の沖縄から飛び立ったものであり、この点について日本人は自分らを強く卑下する必要まではないとは思いますが、知らないよりは知っているべきであると私は思います。

3、退役軍人の問題
 太平洋戦争では全体の約一割程度しか実際に銃の引き金を引かなかったところ、米軍は心理学的見地から引き金を確実に引かせる訓練をベトナム戦争前より行い、この戦争では約四割が引き金を引くようになっていたそうです。しかしその反動というべきか、ベトナム戦争後の退役軍人の中には精神に異常をきたす者も多く、また枯葉剤の毒を受けて発ガンした兵士もたくさんいたそうです。

4、戦後の中国軍の侵略
 ベトナム戦争後、何故か中華人民共和国が「制裁」と称してベトナムに対し侵略を行ってきました。しかし世界最強のアメリカ軍を追い返しただけあってベトナム軍は圧倒的に強く、散々に中国軍を叩いた上に撃退して見せました。この敗戦から中国は軍事計画を大きく見直すとともに、ウイグル、チベットといった地域を次々と自国に併呑していった領土拡張政策も見直しております。

 上記の項目は私がベトナム戦争について調べるまで全く知らなかった事実ばかりです。これらの事実を知った時にはショックを受けたとともに、何故今まで誰も教えてくれなかったのだろうという気持ちが沸き起こりました。これは邪推かもしれませんが、私はどうも公教育では敢えてここまで踏み込んで教えようとはしていなかったのではないかという気がします。内容的には現代にも連なる非常に重要な価値のある歴史でも、日本はやはり同盟国のアメリカに気兼ねしているのではないかと、考えすぎかもしれませんがこのところ折に触れてそう思います。

 もちろんまだ時代が浅い上に、非常に複雑な範囲であるためにあまり取り扱われないというのも理解できます。しかしそれを推しても、私はこのベトナム戦争こそ日本の中高生には勉強してもらいたいし、私のようにこれまであまり学んでこなかった世代には是非とも父母から当時の話を聞いてもらいたいです。

民主党、小沢氏の存在感の増大について

 おとといの押尾学容疑者の覚せい剤逮捕から「のりぴー」こと酒井法子氏の失踪によって、先週までは主役だった選挙戦のニュースが今週に入るや一気に少なくなってしまいました。まぁ確かにこの両事件は見ていて面白いんですけどね。
 そんな世間の流れに逆行して陽月秘話では今日もいつもの通りに政治系記事ですが、今日はあまりどこも報じていない、選挙後に予想される民主党の小沢一郎氏の立ち位置について私の勝手な予想を紹介しようと思います。結論から申せばもしこの流れのまま民主党が与党となって政権を取った場合、小沢氏の存在価値が非常に大きくなってくると私は予想しております。

 まず現在の選挙の状況ですがちょっと手元に資料がないので私の記憶だけで概要だけをかいつまんで説明させてもらうと、今週月曜のテレビ朝日の早朝ニュースにて紹介された世論調査では自民党への支持率が前回時より微増したものの、民主党への支持率はそれ以上に増加しており結局両党の差は前回時より広がったという結果が紹介されていました。この結果について解説員の吉澤氏は選挙が近づいてきて無党派層が徐々に投票の意思を固めてきた傾向の証拠であり、やはり民主党が圧倒的に優勢な状況であると締めくくったのですが、私もこの意見に同感です。

 別にこの結果にとどまらず各地の選挙戦の話を聞いているとどこも自民党には強い逆風が吹いており、本当によっぽどのことがない限り民主党が次の選挙で大勝するであろうとどのメディアも予想しております。しかし民主党が次の選挙に勝ったとしても、自民党も党内意見に非常にばらつきのある政党ではあるものの現在の民主党はそれ以上に党内意見がまとまっておらず、政権奪取のために現在はまとまっていても政権を取った暁には党内の右派と左派が激しく対立を起こし、早晩機能不全に陥るのではないかという不安もいろんな場所で言われております。いくつか例を出すと、例えば憲法改正問題については党首の鳩山由紀夫氏はまさにパイオニアとも言うべきほどこの問題に早くから手をつけてきましたが、旧社会党の人間からすると何が何でも抵抗する議題であります。また同様にこちらは自民党が必死になって批判している安全保障問題についても、自衛隊に対する意見一つでも大きな火種になりかねない状態です。

 そういった意味で民主党が政権を取るにしてもその後をどうするかという意見は、やや気が早いかもしれませんが憂慮すべき内容ではあります。この不安要素について鳩山党首などは、自民党でも様々な党内対立を行ってきたからこそ党内に活力を保ち続け、政権を守り続けてきたのだという意見を主張していますが、確かにそれはそれで一理ある意見ですがやはり楽観論だと言わざるを得ません。今から20年近く前の細川連立政権からその後しばらく続いた新進党時代には党内意見が全くまとまらず次々と瓦解していった歴史があるので、もうすこしこの問題については警戒感が必要でしょう。

 では具体的にどういった事態が予想されるのでしょうか。私は今回の場合、今日も橋本大阪府知事と会ってきた小沢一郎民主党元代表が最大のキーパーソンになると見ています。
 確かに民主党は党内意見が立党当初よりまとまらず常に全体での行動が整わない政党だったのですが、小沢氏が代表に就任して以降はその「豪腕」の異名に違わずピシャリと党内を糺し、2007年の参院選での大勝利から現在の総選挙で民主党に優勢とさせる体勢を作ってきました。私はそんな小沢氏が政権奪取後も鳩山党首の黒子となって党内統制にしっかり取り組むのであれば、ひょっとしたら本当にまとめ上げてしまうのではないかという淡い期待があります。

 仮に小沢氏が鳩山党首に協力しつつ全力で取り組んでも民主党内がまとまらないとすれば、恐らく誰も意見をまとめることは出来ないでしょう。そういう意味で選挙後は小沢氏がその役割を存分に果たしてくれるかどうかに、私は民主党の政権維持がかかってくるのではないかと見ております。
 7月号の文芸春秋での鳩山党首のインタビューに、「猛獣、小沢をどう扱うか」というサブタイトルがついておりましたが、改めて現状を見渡すと非常に意味を成すサブタイトルだったと今では思います。事実小沢氏が本当に最後まで党内統制に力を砕いてくれるのか、また執行部の寝首をかかないかという不安はいくらでもあります。ただ小沢氏自身が党首討論を逃げ回ってやっぱり選挙対策の責任者がいいといって党首職を鳩山氏に譲ったことを考えると、案外こういう黒子役の方が肌に合っていると本人も思っているのかもしれません。

 私としてはその経歴からあまり小沢一郎という政治家は好きではありませんが、民主党が政権奪取後に意見がバラバラとなって日本の政治が混乱するのだけはなんとしても避けたいと願っているだけに、ほかに人がいないのであれば小沢氏にこの役目をしっかり果たしてもらいたいと期待しているわけです。まさに猛獣を如何に使うか、鳩山党首の手腕にも期待するとしましょう。

2009年8月4日火曜日

北京留学記~その九、北京の気候、環境

 自分が日本に帰ってきてから一番周りから聞かれた中国に関する質問は反日運動についてでしたが、二番目は今日のお題の一つの環境問題についてでした。
 中国の環境について日本のテレビを見ていると、よく汚い川や排気ガスでスモッグのかかった空などが映されていかにも劣悪な環境とばかりにこれでもかというくらい報道されていますが、結論を言えばそれらの報道に大きな間違いはないというのが私の意見です。

 では具体的に北京はどのような環境なのかというと、日本人の多くが想像している通りで夏場は空気が汚く、排気ガスの臭いも東京などと比べてもなかなかきついほどです。第一北京は元々乾燥した気候なので街全体が埃っぽく、路面もやや汚く映ります。
 ここまで書くとやっぱり中国というのは環境問題のひどい国だと思われるかもしれませんが、これはあくまで東京と比べた限りです。ずっと日本にいるとこういうことはわからないものなのですが、実は日本はどの都市も非常に環境が整備された国で、日本に比べたら北京は確かに環境の悪い都市ですが北京クラスの環境の悪さだったら世界的には結構ありがちだと私は思っております。

 はっきり言わせてもらえば、排気ガスの臭いについてはロンドンの時の臭いのほうが遥かにがひどかったように思えます。なにせ街を歩いている間ずっと排気ガスを直接吸っているかのようなひどい臭いがするかと思えば案の定、少し汚い話ですが宿舎に戻った後に鼻をかむと鼻水が真っ黒になっていました。恐らく街じゅうにすすが飛び交っていたのでしょう。
 それが事実であるかのようにイギリスの道路は本来ねずみ色をしているはずのアスファルトがどこも本当に真っ黒で、試しに手で触ってみるとやっぱりべっとりと黒くなってしまいます。北京も汚いといえば汚かったですが、ロンドンに比べれば全然きれいな方だったと思います

 ついでに書かせてもらうと、私は行ったことはないのですが人づてによるとフランスの首都のパリはロンドンにもっと輪にかけて街が汚いそうです。そこら中に犬の糞はあるしロンドン同様排気ガスの臭いがひどいらしくて、北京ばっかり「空気の汚いところ」と批判するのはやっぱりよくないでしょう。ただもし私が行った中でワールドワーストインバイロメンタルキャピタルこと、世界最悪環境首都を挙げるとしたら、心苦しいのですがインドのデリーが最もふさわしい気がします。

 私はインドを心の底から愛していますが、あのデリーの厳しい環境にだけは長くは耐えられないとはっきりと感じました。空気が汚いのはもとより夏場は激しく暑く、自動車用道路は常に渋滞していてそこらかしこでインド人がみんなで怒鳴り合っているという、私に言わせるとこれで本当に人が生きていけるのかというほどの厳しい環境でした。なお「国家の品格」の作者の藤原正彦氏も、インドに行ったときだけは趣味の散歩を断念するほどだったそうです

 少し話が横道にそれましたが、環境について結論を言えば北京は潔癖すぎる日本人にとってはやや厳しい環境であるものの、世界的に見ればそれほどひどくはないところです。

 その一方、気候については文句なしに北京は厳しい場所でした。
 まぁこちらもインドの夏に比べれば屁でもないのでしょうが、北京の夏はとにかく暑かったです。日本ほど湿気はありませんがその分直射日光がやけにきつく、九月半ばにおいても肌をじりじりと焼かれているような感覚がありました。最も暑いと言われる八月の日中は軽く40℃を越すらしく、北京特有の埃っぽさもあいまって相当のものでした。

 夏がこれだけ暑いのに冬でも厳しいのがこの北京です。生憎、私が北京に留学していた年は例外的に暖冬だったのですがそれでも一日中気温が氷点下を超えることはなく、日本の天気予報を見て最低気温が2度とか3度と紹介されるのを見て、どれだけ暖かいんだよと日本人仲間と突っ込みを入れてました。
 また私自身が元から寒さに強い人間(日本だと真冬でもコートを着ない)なので、暖冬もあいまって北京の冬はそれほどつらくはありませんでした。

 むしろ北京内の建物は日本にはそれほど多くない循環式の暖房がどこも備え付けてあり、確かに外は気温が低く風も強いのですがどっかに入ってしまえばすぐに体も温まり、外に出る際にコートを羽織っていれば十分に我慢が出来る程度でした。
 ただコンビニで冷やされていないペットボトルのジュースを買ってしばらく歩いてから寮に戻ると、ジュースがキンキンに冷えていることがあり、ああ自分は冷蔵庫の中の気温で生活してるんだと何度か自覚させられました。

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2009年8月3日月曜日

信長に見る決戦の重要性

 ほかの人はそうじゃないと思うかもしれませんが、私は織田信長という人物はそれほど戦争が強かった人間だったとは思っていません。むしろ彼の率いた尾張出身の武士団は当時からも「腰抜け侍」と有名だったらしく、実際に後半生はともかく信長の人生の前半では戦争で敗北を重ねることも少なくありませんでした。
 それにもかかわらず何故信長は天正期において最大勢力を築けられたのでしょうか。いくら戦国時代だからといって戦争だけで何でも決まるわけでなく、彼が領地に布いた楽市楽座や積極的な人材採用などの画期的な内政が効を奏したとも見ることが出来ますが、私はそれ以上に信長の決戦への嗅覚が強かったことが彼を覇者たらしめたのではないかと考えております。

 決戦というとなんかこう戦争の山場という感じばかりしますが、近代以前の戦争を調べているとやはりどこに決戦を持ってくるのかがその勢力の興隆を大きく左右させていたように思えます。例えば市街地における戦闘では遮蔽物や細い路地などが多く、いくら大量の兵隊を率いていたとしても戦場に繰り出せる兵数は限られるため、一日中戦ったところで双方の死傷者が全兵隊数の数パーセントにも満たないで終わることもざらだったそうです。逆に全く遮蔽物のない広い平野においての戦闘になると、それほど戦意があったわけもなく勃発してしまったノモンハン事件のように日本の全部隊の30%以上が死傷するほどの壊滅的打撃を受けるということもありました。

 このように同じ一勝や一敗でも、どんな風に勝ってどんな風に負けるのかによって大きく意味合いが異なってきて、言い換えるのなら勝つべくところで勝って負けても平気なところで負けることが戦争において意外に重要だということになります。

 私が見る限りまさにそれを体現したのが織田信長と、あと最近私が引用してばっかの曹操です。どちらも一見すると勝ってばっかに見えるのですが、一向一揆との戦いや宛城での戦いなど、細かく見てみると二人とも案外しょっちゅう負けております。しかし彼らは何度も戦争に負けておきながらすぐにまた復活、再起を果たしております。どうして復活ができるのかというと、それはまさに敗北した戦いにおいて彼らが致命的な負け方をしなかったからです。そして彼らが勝った戦いというのは負けた戦いとは対照的に、敵軍に致命的な打撃を与える勝ち方をしているのです。

 信長に限って細かく検証すると、桶狭間の戦いは逆転ホームラン的な例外なので除き、浅井家と朝倉家を完膚なきまでに叩いた姉川の戦い、武田家を崩壊へと導いた長篠の戦いなど、ここぞというところでは必ず勝っております。逆に一向一揆との戦いや上杉家との戦闘においては敗北こそしたものの、優秀な武将が討ち取られたり重要な拠点が奪われるという事態は食い止めております。
 この様にたとえ九十九敗しても最後の一勝の方が価値が高いと言えるような、重要度の高い戦いにおいて勝つべくして勝つことが出来たのが信長の強さだったと思います。逆に明らかに勝利数こそ多かったものの、国境争いばかりで時間ばかり食っていた武田信玄などは信長の好対照でしょう。

 何も戦国に限らず、現代においても私はどこに決戦を持ってくるのかは非常に重要な考え方だと私は見ています。大学受験をがんばらずに就職に強い資格の勉強をしておくとか、株のデイトレードを繰り返してちまちま稼がず長期保有をして大きく値上がりするまで待つとか、局地戦に目を取られずに決戦場を見定めることは一つの才能としてもっと認められるべきでしょう。さしあたって自分の決戦時期はというと、なんかこのごろは案外近いんじゃないかと当て推量をしております。

石川遼選手の優勝の陰で

男子ゴルフ:石川遼絶叫バーディー!泣けた!初の完全V(毎日jp)

 昨日最終日が行われたゴルフツアーのサン・クロレラ・クラシックの大会において、かつて私も「最近の見上げた若者について」の記事で文句なしに誉めそやした石川遼選手が見事優勝を飾りました。今大会において石川選手は初日から最終日までトップ順位で大会を引っ張っていき、最終日にオーストラリア出身のブレンダン・ジョーンズ選手に追いつかれるものの最終18番ホールで一打差を離しての劇的な勝利を勝ち取るに至りました。昨日の夜のスポーツ番組ではどこもこぞってこの石川選手の快挙を取り上げていましたが、かつて「ハニカミ王子」というニックネームで呼ばれた初々しい姿はどこ吹く風か、見ているこちら側からしてもこの数年ですっかり風格と貫禄がついてきたと感じさせる堂々たる優勝ぶりでした。

 しかしこの石川選手の素晴らしい優勝の陰で、あまり取り上げられなかった残念な事実も昨日のこの大会においてありました。その事実と言うのも、石川選手と最後まで競り合ったブレンダン・ジョーンズ選手へのギャラリーの悪質な行為です。
 二人同じ成績にて臨んだ最終18番ホール、石川選手とジョーンズ選手は同じ組でコースを回り、このホールでは二人とも同じ打数でボールをグリーンに乗せました。グリーンの位置は互いに確実にカップを狙える距離ではなく、息詰まる状況下で先にジョーンズ選手がバーディーショットを打ったところ残念ながらボールはカップを外れてしまいました。

 するとまさにその時、まるでジョーンズ選手が外したことを喜ぶかのようにギャラリーの中から拍手をする音が聞こえてきたのです。続く石川選手はこの直後に見事一打でカップへボールを入れて同じくギャラリー席から大きな拍手が鳴ったのですが、それだけに先ほどのジョーンズ選手への拍手が私の耳に強く残りました。

男子ゴルフ:石川遼インタビュー「最後まで戦ったジョーンズに感謝」(毎日jp)

 上記のリンクに貼ったニュースでも書かれてある通り、石川選手は優勝後のインタビューにおいて溢れんばかりに涙を流し、その涙の理由について下記の通りに答えています。

「最後の最後まで一緒に戦ってくれたBJ(ジョーンズ)にこれ以上ないぐらい感謝をしたい。勝負に緩みがなかった」

 この石川選手の発言について私が見た限りで唯一ジョーンズ選手への心無い拍手を取り上げたフジテレビ系報道番組の「サキヨミ」では、やはりあの拍手を石川選手も気にしたのではないかとナレーションで報じていましたが、これまで石川選手は人前で涙を見せることがほとんどなかったことを考えると私もそうなのではないかと思います。

 実は今までニュース報道について私はフジテレビをあまり特別視してこなかったのですが、私の確認する限り他の報道局がどこもこの事実を取り上げない中で昨夜のこの「サキヨミ」だけがこの事実を報道したのを見て、今回大きくフジテレビを見直しました。それとともに石川選手の優勝を祝うのは当然としても、あんなひどい行為が行われても黙っているなんて同じ日本人として非常に残念に思います。
 全然関係者でもなんでもなく、ゴルフといったらマリオゴルフしかやったことの無いこの私がここで言うのもあれですが、石川選手とブレンダン・ジョーンズ選手には今回の素晴らしい健闘に対し心からお祝いを申し上げたいと思います。

2009年8月2日日曜日

ゲームの中で越えられないジェンダーの壁

 先日従兄弟の子供(12歳)と会った際、こんな会話をしてきました。

「おう○○。お前、ドラクエ9持っとるか?」
「持っとるで」
「どないや、おもろいか?」
「おもろいで」

 ドラクエ9とは言うまでもなくこの前発売されたばかりの「ドラゴンクエスト9」のことですが、私は持っていませんが(親父はもう買ったらしいが)やっぱりなんだかんだいって現代の子供は遊んでいるそうです。

 今回のドラクエ9は聞くところによると3、4と同じく主人公の性別をスタート時に選べるそうですが、私見ながらドラクエシリーズに限らずRPGのゲームはプレイヤー層に男性が多くいるのが影響しているのか、主人公の性別は男性に固定されていることが多いように思えます。もっともその一方でアクションゲームについて言えばこのところは女性主人公に固定されているのが増えてきているように思え、また当初でこそ男性専用ジャンルの感のあった恋愛ゲームも女性向けのタイトルのが逆転してきているのではないかというほど増えてきているように見えます。

 別にここでジェンダー論を振りかざすわけじゃありませんが、こうしたゲームの世界の男性と女性という二つの性別の立ち位置などに社会的背景、影響というものが時代ごとに表出しているのではないかと私は見ています。単純に現代のゲームにおいて女性主人公が増えてきてのも現実の影響じゃないかと言いたいのですがその一方、もう一つの第三の性についてはさすがにまだ主人公キャラででてくるのはあまり見受けられません。この第三の性と言うのはもうわかってるでしょうが、いわゆる同性愛者のことです。

 それこそRPGゲームのスタート時の性別選択が、「ハードゲイ」と「ソフトゲイ」の二択しかないゲームなんてまず無いでしょうし、あったとしてもキャッチフレーズが昔のテイルズみたいに「君と響きあうRPG」とか言ったら一体何と響きあうのかいらない想像とかしてしまいます。別にこういうゲームを期待しているわけじゃありませんが、近年の女性の社会進出が昔には考えられなかったことを考えると、いつかは出てくるのかなぁとこの前にしみじみと考えてしまいました。