以前に友人が、こんな面白い皮肉を言っていました。
「日本の企業は採用時にコミュニケーション力を一番重視しているのですが、日本人の退職理由の大半は人間関係が原因なんですよね」
さっきちょこちょこ調べた所、どうもリクナビ系のアンケートではその友人の言うとおりに退職、転職理由の一位は人間関係なのですが、その他の転職掲載とのアンケートでは必ずしもそうではなくそれぞれの転職希望者を扱う専門分野(事務系や技術系といった)によって理由は変わってくるのかもしれません。しかし私も傍目から見ていて、実際に中途採用の面接をやっていた人の話を聞いているとやはり人間関係に起因する退職者というのは多いようで、先ほどの友人の言葉も大きく事実から外れていないように思えます。
仮に友人の言葉通りだとすると、今の日本の企業はコミュニケーション力が高いとされる人材を選んで採用しているつもりでも彼らの期待通りの人材を得られていないということになります。特にここ数年は不況にもかかわらず新卒者のうち約半数が三年以内に転職、もしくは退職するとも言われており、このミスマッチとも言うべき現象は深刻化していると言っていいでしょう。
あまり長く引っ張るのもなんなので短くまとめると、そもそもこのコミュニケーション力という言葉の定義がはっきりしないということがこのミスマッチを生む最大の原因かと思います。コミュニケーションと一口で言っても何かを説明するのに上手に手早く行える表現力の事なのか、幅広い人間間と話を合わせられる話題の豊富さなのか、無茶な事や理不尽な事をされても我慢できる我慢強さなのかいまいちはっきりしません。恐らく大半の日本企業は最後の我慢強さを求めていると思うのですが、露骨に就職説明会などで、「無理難題言われても、殴られてもじっと我慢ができる人大歓迎です!(^o^)/」なんて言ったら誰も応募に来るわけないんで、体よくコミュニケーション力って言いつくろってんじゃないかという気がしてなりません。
就職希望者としてはこうした企業側が求める人材像がよくわからず、恐らく前に「日本辺境論」の書評で書いたようになんとなくといった空気で企業側の求める人材像になりきろうとして、企業側も我慢強さを求めているのになんとなくなりきろうとしている姿に流されて採用し……こんな具合のミスマッチが日本のあちこちで起こっている気がします。
そもそも文字書いてなんぼ、少ない文字数で一体どれだけの意味を読者に自分の意図を伝えられるかを常に問い、自らの文章表現力を磨き続けてきた(つもりの)私に言わせると、人材募集に際してコミュニケーション力などという定義の曖昧な言葉を使用する人間自体に疑問を感じます。採用したもののすぐに辞められては困るのであれば、優秀な人材を囲いたいものならもっとはっきりと、直接的な言葉を使って人を集めた方が手間も随分と少ないんじゃないかという気がします。そういう意味で日本の各企業の人事採用者に対し、すくなくとも表現力という意味ではコミュニケーション力は低いのではないかとやや批判的に私は思っているわけです。
0 件のコメント:
コメントを投稿