2010年5月31日月曜日

総理大臣の評価の変化

 もしかしたら私だけかもしれないですが、近年、戦後の総理大臣に対しての評価に変化が起きているように思えます。それまで高く評価されていた首相が批判されるように、逆に批判しかされなかった首相が評価される面が出てきたりと、ちょっとそうやって評価の変化が見受けられる首相を幾つか挙げると以下のようになります。

評価が下がっている首相
・吉田茂
・佐藤栄作

評価が上がっている首相
・岸信介
・竹下登
・橋本龍太郎

 これは私の見方ですが、少なくとも吉田茂については以前より確実に評価が落ちていると断言できます。私が小学生だった頃は戦後最高の総理大臣の名を欲しいままにしていましたが、近年は事実上騙し打ちにした鳩山一郎への態度や不完全な形での安保条約締結などが槍玉に挙げられる事が増えてきて入るように思えます。
 同じく評価が下がっている佐藤栄作については、この人は在任中もそれほど人気はありませんでしたが、やっぱり西山事件が明らかになったのはマイナス以外の何者でもないでしょう。

 評価が上がっている首相については詳しく解説もしていいのですが、特筆すべきは竹下登ではないかと思います。彼については孫のDAIGOの活躍もあるかもしれませんが、国際乱発によって財政が逼迫していくにつれて当時に消費税を導入した慧眼さと決断力について評価する声をこのところよく耳にします。実際に竹下内閣は消費税と心中したような内閣ですし、よく決断したなと私も評価しております。

 なお先ほど出てきた孫のDAIGO氏ですが、なんでも以前にテレビ番組で政界入りするつもりはなかったのかと聞かれた際、

「おじいちゃんは子供だった自分にも熱心の政治のことを話していて、中途半端な気持ちでこの世界へ入っちゃダメなんだと思った。だから自分は自分が熱中出来るロックの世界へ入る事にした」

 テレビで見るとややとぼけた印象のあるDAIGO氏ですが、ちゃんと物事を考えて将来を決めているんだとこの話を聞いて感心しました。折角だから鳩山兄弟を初めとして、二世政治家達にも聞かせてやりたい言葉です。

2010年5月30日日曜日

E・フロム「自由からの逃走」

 また学問的な話です。
 社会学の名著として有名なものの一つに、エーリッヒ・フロム(通称、E・フロム)の「自由からの逃走」という本があります。この本の内容を一言でまとめるのならば、一体何故ファシズムがドイツやイタリアで政権を獲得するまでに至ったのかという理由について解説されております。

 私も原典を読んだわけじゃないので詳しい所までは理解していませんが、フロムはこの本の中で、「人間の精神は過度に自由な状態にされるとかえって不安を覚える」と主張しております。その例としてフロムは、一次大戦後のドイツで何故ファシズムが勃興したのかを題材に取っております。

 第一次大戦後、当時のドイツは世界大戦を引き起こしたという反省と勝利国からの厳しい要求によって「ワイマール憲法」という、当時の世界で最も民主的とされる憲法を新たに作成して嗜好しました。それまでのドイツは明治時代の日本も参考にしたまでの立憲君主制に基づく比較的お堅い憲法だったのですが、戦後は一転して個人の人権や行動の自由が大幅に認められる体制となったわけです。

 普通に考えるならば自由が広がることに越した事はないように思えますが、それまでどのように生きていくか、生活していくかなどが細々と指示されていたのが急に自由になったわけで、縄を外されたもののどうしていいか分からない状態にドイツ人は至ったそうです。
 そんな最中、ドイツに現れたのがあのヒトラー率いるナチス党です。ナチス党は民主的な国の憲法とは対象的にドイツ国民はかくあるべし、国民は強い政府によって管理されるべきであるという主張をしては支持者をどんどんと拡大して行きました。

 フロムはこのナチス党の拡大について、当時のドイツ人自身が国家による強い管理を求めたが故の結果だと分析しました。一次大戦後にドイツ人は大幅な思想、行動の自由を国から保証されましたが、大多数の国民はその与えられた自由な環境の日々に逆に不安を覚え、結果的には真逆ともいえる全体主義のナチス党へ支持を傾ける事になった、というのがフロムの主な主張です。

 もうすこし簡単な例を私の方から紹介すると、ある仕事の現場でそれまでいちいち指図されていたのが突然、「今日から好きにしていいよ」と言われたとします。恐らく大体の人はこう言われると戸惑い、中には、
「好きにっていうことは、仕事しなくてもいいんですか?」
「その辺も、自由に決めていいよ」
「上の人は何もいわないんですか」
「それをどう考えるのも、君の自由だよ」
 というやりとりなんてあった日には、それまでの指図されていたやりかたに不満を覚えていたとしてもそれまで通りの作業を大抵の方はやってしまうかと思います。

 このように人間というのは何をやるにしてもいろいろ管理、指図される拘束された状態に不満を覚えていても、急に自由な状態に放り投げられたら言いようのない不安を覚えるというのがフロムの理論です。
 私の解釈だと、人間は段階を経て徐々に自由であったり拘束された状態になっていくのであればそれほど不安を感じないでしょうが、ある日突然に行動の自由が認められたり、逆に束縛されたりすると人間は心的な負担(ストレスや不安)を覚える、というように考えております。

 日本社会でこのフロムの理論が当てはまりそうな場所を私の中で挙げるとしたら、大学進学時と就職時が最も適当かと思われます。
 日本の高等学校は他国と比較しても管理が厳しく、特に体育会系の部活動などでは土日の練習があって当たり前です。また授業出席も「出て当たり前」で、科目もあらかじめ決められているなど生徒に認められている選択の自由は少ないといわざるを得ません。

 それが大学に進学するとなると、授業の出席から科目選択まで突然選択や行動の自由が広がります。自由が認められて素直に喜ぶ人もいますが、中には環境になれず五月病になる学生もかねてから存在します。
 同じ五月病でも企業などで働くようになる就職時に罹るものは大学進学時とはちょうどベクトルが逆で、それまで授業を勝手にサボっても、昼間からふらふらしていても何も言われなかった学生時代から遅刻欠勤厳禁の社会人となり、自由な状態から急激に管理されるようになることで心的負担を感じることから起こるのではないかと、私は見ております。

 ここで一体何が問題なのかというと、管理された状態から自由な状態へ、自由な状態から管理された状態へ急激に移行する事が一番問題なのです。
 本来ならば小学生から中学生、中学生から高校生へと上がっていくにつれて生徒の行動の自由を広げて彼らの自主性を高めてあげねばならない所を、就職状況が厳しくなっていることから今の日本では、「大学に入ったら好きな事してもいいから」を旗印に、小学生から予備校通いなどと以前より管理が強まっているように思えます。企業の方も不況ゆえか、どうも人から話を聞いていると以前と比べて社員の勤怠管理やら書式など細々とした管理が強まっているように感じます。

 大分以前に書きましたが、日本は自由という概念を自分達で努力した結果獲得したのではなく、戦後にアメリカから与えられる形で得ました。これを押しつけであったと言う人もいますが私としては民主主義世代ゆえに、あの時代にアメリカからもらっといて良かったと素直に感じます。
 しかしそう思う一方、独立した思考で以って独自に行動できる人であれば自由な環境はありがたいものの、圧倒的大多数の人々にとってはかえって自由な状態であるよりもある程度次に何をするのかを指示される状態の方が居心地がいいのではないかとも考えています。そういう意味では自由というのは本質的には厄介な代物で、敢えて言うなら熟練したパイロットにしか操縦できない戦闘機みたいなものなのかもしれません。

 やや中途半端な引きになりましたが、次回では自由は大衆にとっては迷惑な代物だということを前提に、大衆を束縛する価値、国家としての物語の必要性について書こうと思います。

2010年5月29日土曜日

児童虐待致死の厳罰化機運について

 今ではすでに廃止されましたが、ちょっと前まで日本では「尊属殺人罪」という刑法がありました。これは自分の父親や母親といった親殺しをした場合、その殺人者には他人への殺人より一段重い刑罰(無期懲役か死刑。執行猶予は認められない)を課すという刑だったのですが、同じ殺人という行為に対して刑罰が不公平ではないか、また問題のある両親で親殺しをした子供に情状酌量の余地がある場合はどうなるのだといった議論が行われた事から数年前に完全に廃止されました。この尊属殺人は祖先を敬い、従うべきだといういわば儒教的、朱子学的概念から作られた刑罰で、このような概念が戦後以降一貫して弱まった事も廃止につながったと言われております。

 最近、とうとう法学にもチャレンジとばかりに友人から薦められた入門本を読んでおり、その本の中でもこの尊属殺人について触れられていたのですが、その箇所を読んでいる最中にふと突然、「この尊属殺人の逆はあるのか?」という問いが頭をもたげました。尊属殺人の逆、つまり親殺しの逆の子殺しです。

 私も何度かこのブログで児童虐待死事件を取り上げてきましたが、そのどれも目を覆いたくなるような事実ばかりで、こんな残酷な行為がどうして行われるのかと事件が起こる度に理解に苦しみます。ではそんな子供を虐待死させた親達はその後一体どんな判決を受けているのかですが、私がざらっと見た所、大体懲役五年前後の有罪判決を受けている事が多いようです。
 この懲役五年という数字を見た私の印象はというと、やはりその行為に対する刑としては軽すぎるんじゃないかという印象でした。

 通常、自分の子供を虐待して死なせた場合は「保護責任者遺棄致死罪」という刑罰が適用されて上記のような判決に落ち着くのですが、近年起こっている虐待致死事件の内容を見ていると子供を殺す親には子供に対して明確な殺意を持っており、本人らも裁判中にそれを認めております。そのため、私は言い方こそ虐待致死ではありますがこれら事件は事実上、親から子への殺人行為と言っても差し支えないかと考えています。

 仮に誰かが殺意を持って他人の子供を殺した場合、恐らくその人物には殺人罪が適用されて懲役十年に近い重たい刑が課せられるでしょう。しかしそれが自分の子供だった場合、現状では普通の殺人などより一段低い刑が課せられるということになります。本来、保護すべき責任のある自分の子供を逆に死に追いやる。これほどの残酷な行いに対して普通の殺人より刑罰が少ないというのは、どうにも不公平に思えて納得し難いです。
 また幼い子供というのは親以外に頼る者がなく、外で誰かに助けを求めるという術すら知りません。それこそバット持って暴れる中学生くらいの子供であれば話は違いますが、何も出来ないとわかっている幼子を手にかける親であるとすれば人格的にも疑いがあり、生半可な刑罰ではむしろ物足りない気すらします。

 このように感じているのはどうやら私だけでなく、ネット上を探すと似たような意見も多く見つかり、厳罰化を求める声があちこちで上がってきているようです。折も折で少子化が問題となっている時代であり、国としても子供を大事にする、保護するという姿勢がこれからも求められて行く事を考えると恐らく五年以内になんらかの法改正がなされるのではないかと思います。
 ただ付け加えておくと私は、このような児童虐待致死は何も最近になって増えたのではなく、恐らく以前からも数多くあったものが最近になって注目されるようになったというのが実情だと見ております。最初の尊属殺人もそうですが、刑法というのはその時代毎の社会的価値観に左右される事が非常に多く、この虐待致死の厳罰化を求めるという私の意思も時代に感化されたものなのかもしれません。

2010年5月27日木曜日

日本漫画キャラ傑作選~ポップ~

 最近梅ジュース目当てに地元の喫茶店に寄る事が増えてきたのですが、そこに置いてあるもんだからついつい「ドラゴンクエスト ダイの大冒険」という、私の世代で知らない男の子がいるならそいつはモーグリもびっくりなモグリだと言えるような漫画を読み返しております。さすがに細かい内容までは語りませんが、元々エニックスと関係の深かったジャンプ(ドラクエの発売情報などは当時ジャンプが一番初めに報じていた)ゆえ、ドラクエ世界の設定を下地にしたオリジナルストーリーは私のみならず当時の男の子を夢中にさせていました。

 そんなわけで懐かしさもあって手に取っているのですが、なんというかどうも感覚が違う、というより成人した今になって読んで見ると子供の頃と違った視点で見ているのが自分でも分かり、すでに何度か読んでいるのにとても新鮮な面白さを覚えます。
 特にそれを強く感じさせられるのは、恐らくこの漫画の中で最も人気があるキャラと言っても過言ではない「ポップ」というキャラの立ち位置です。

 知らない人向けに簡単に説明すると、このポップというキャラは登場当初は臆病で無責任で、主人公を置いて勝手に逃げ出したりするなどする典型的なへたれキャラでした。しかし物語が進むにつ入れて徐々に芯が強くなり、いつしかパーティの中でも誰よりも沈着で責任感あるキャラへと変わって行きます。
 なんでもWikipediaの解説を見ると原作者もこのポップが作品の中で重要なキャラになると初めから認識していたそうで、担当編集者から「もう殺しちゃいなよ」などとストーリー構成で指示を受けても、彼というキャラクターがこの漫画でどれだけ必要なのかを何度も訴えて育てていったらしいです。

 それでこのポップの見方が私の中でどのように変わったのかというと、子供の頃は漫画で描かれているまんまに、「最初は頼りなかったけど、すごく成長したキャラだな」という認識でしたが、大人となった今だと、「ポップのように困難に直面しても、逃げ出さずに立ち向かえるだろうか?」という事ばかりが頭をよぎります。
 この漫画はジャンプお得意のヒーロー物ということで主人公のダイを初めとしたキャラクター達はそれがさも当然かのように勇敢に戦い続けるのですが、ポップはそんな中でも最も一般人の感覚に近く、強大な敵に対して素直に怖れや恐怖を露にします。もちろん漫画を読む側は気楽なものですが、仮にポップの立場に自分が立った場合、ポップのように恐怖を感じながらもそれを乗り越えて行動できるのかと読み返してみて思うようになりました。

 原作者も恐らく、「臆病者だからこそ勇気がいる」ということをこのポップというキャラを通して読者に伝えようとしていたのかと思います。特に作中でポップは、記憶を一時失った親友のダイを守るために一度自爆を行って命を落としていますが、ジャンプだと甦れるからよかったものの、あれほどの決断や行為を自分の親友に対しても行えるかと言ったら、それがどれだけ価値ある行為だと分かっていとてもじゃないですが自信がありません。

 そのポップが初めて勇気を出して行動に移す際、いかにもな小悪党キャラの「まぞっほ」から諭されるシーンがあるのですが、その時のまぞっほのセリフをちょっとここで引用させてもらいます。

「確かにワシも昔は正義の魔法使いに憧れた。でも、あかんかった。自分よりも強い者に会うと震え上がっちまって逃げ出した。 そして今はこんなざまじゃ」
「仲間を見捨てるような者でもつとまるのかね かの有名なアバンの使徒というのは?」
「勇者とは勇気ある者ッ!! そして真の勇気とは打算なきものっ!! 相手の強さによって出したりひっこめたりするのは本当の勇気じゃなぁいっ!!!」
「小悪党にゃあなりたくなかろう…?」
(サイト:悪の華「悪役名簿」様より引用)

 このまぞっほのセリフを読み返した時、自分はポップよりもまぞっほに近くなってしまったのかもなぁという気がして、ポップが如何にすごい奴だったのかを改めて思い知りました。まぁまぞっほも、決して悪くはないんだけど。

2010年5月26日水曜日

新党改革、鳩山邦夫氏への接近について

新党改革、鳩山邦夫氏の長男を擁立へ(産経新聞)

 今日は社会学関連のネタでも書こうと思っていたらこんなニュースです。結論から言えば、非常に呆れさせられたニュースです。

 上記リンクに貼ったニュースの内容は、桝添氏が代表を務める新党改革が次回の参議院選挙に鳩山邦夫氏の長男を擁立すると発表したことを報じるニュースです。このニュースを見る上でいくつかポイントがあるので、幾つかおさらいしましょう。

 まず一番重要なポイントは、桝添氏が自民党を離党した際にすでに離党していた鳩山邦夫氏と距離を置く発言をしていたことです。邦夫氏は離党の際、「自らが坂本竜馬のように火の玉となって桝添氏と与謝野氏を結びつける」と発言していましたが、呼びかけられた桝添氏、与謝野氏はというと邦夫氏が鳩山由紀夫首相同様に実母から毎年多額の偽装献金を受け取っていた事から世の批判を受けるとし、どちらも新党を立ち上げたものの邦夫氏に参加を呼びかける事はなく、むしろ思想や心情が異なるなどといっては距離を置く発言を繰り返しました。これはこれで、邦夫氏が見事に火の玉となったとも見れますが。

 それが今回、実質桝添氏が率いている新党改革が何故邦夫氏の長男をここに至って擁立するのか。邦夫氏の長男はこれまで邦夫氏の秘書をするなどして兼ねてから政界入りを狙っていたようですがそれがどうして自民党でも無党派でもなく桝添氏の党から出馬するのか、これまでの桝添氏の邦夫氏への態度を見るならばどうにも腑に落ちません。

 結論を言うと、桝添氏の真の狙いは鳩山家が持つ潤沢な資金だと私は見ております。
 かねてより評論家らの間では、桝添氏も与謝野氏も新党を立ち挙げてからは邦夫氏と距離を置く発言をしているものの、内心では党運営を行う上で金がかかるために邦夫氏が持つ膨大な資金を欲しがっているのではと言われていました。実際に現与党の民主党も結党間もない頃は安定した収入源を持っていなかったため、運営面で鳩山由紀夫、邦夫兄弟が拠出する資金に負う所が大きかったそうです。

 私の見立てでは桝添氏は偽装献金問題があるために表立って邦夫氏を引き入れる事はしないものの、彼の長男を擁立して議員にすることで邦夫氏に恩を売り、党運営の資金を迂回なり直接なりで鳩山家から得ようとしているのではないかと思います。それこそ、かつて邦夫氏が実母から金を受け取ってその金で民主党を支えたように。

 私は政治の世界は奇麗事ばかりではやって行けない世界で、ある程度清濁を合わせ飲まねばならないとものだとは考えています。しかしこの鳩山家の資産については現時点では明らかに別問題で、ほんの少し前に自民党時代の与謝野氏が「平成の脱税王」と鳩山由紀夫首相を非難したほどその問題性は比較にならず、また今の民主党の混迷ぶりも元を正せばこの鳩山家の資産にあることを考えると今回の桝添氏の邦夫氏長男の擁立は承服しがたいです。

 先日にたまたま見た「太田総理」という番組にてかつてタレント候補として民主党から出馬して見事当選した大橋巨泉氏が出演していましたが、その際に大橋氏は鳩山由紀夫首相について、当時から民主党議員らは由紀夫氏はその日に三回人に会ったら三回意見を変えるほど優柔不断でリーダーとしては問題のある人物だと理解していながらも、民主党結党当初に多額の資金を出した事から誰も逆らえず、金の力で地位を買っていたような人物だと評してましたが、私もこれを聞いてなかなか上手い人物評だと思いました。なお、その結党資金はどこからでていたかとなるとそれはやはり実母から送られてきた物で、由紀夫氏自身がそれを知らなかったわけがないとも大橋氏は述べていました。

 言ってしまえば由紀夫氏はリーダーとなれるような人物でないながらも、鳩山家の資産があったがゆえにそれなりの地位に昇ったという事です。今の由紀夫氏の仕事ぶりを見ているとまさにその通りだという気がするのですが、今回の新党改革の邦夫氏長男擁立でまた同じことが繰り返されやしないかと感じ、先立つものがないとはいえ、いくらなんでもこの時期に下心丸出しの行動に出た桝添氏に対し如何なものかと思う次第です。

 それにしても、世の中やっぱ金かよ( ゚д゚)、ペッ

2010年5月25日火曜日

北朝鮮、韓国艦撃沈事件について

 すでに各ニュースでも報じられていますが、先日起きた韓国海軍哨戒艦の沈没事件の原因が北朝鮮による魚雷攻撃によるものと韓国を初めとした調査団が発表し、韓国の李明博大統領、北朝鮮の金正日総書記がそれぞれ互いに非難する声明を出して俄かに朝鮮事情が慌しくなって来ました。このニュースについて昨晩に友人に意見を求められたので、今日はそれに補足する形でこの問題に対する私の意見を紹介しようと思います。

 まず発端となった韓国軍艦の沈没が北朝鮮によるものかについては、紛れもない事実とみて間違いないでしょう。この沈没原因の調査は韓国のみならずアメリカを初めとした複数国によって組織された調査団によって報告されたもので、調査団が発表した北朝鮮製魚雷設計図と現場に残っていた遺留物が一致していたという事実、これまでの北朝鮮の前科、そしてなによりも北朝鮮贔屓の中国政府が「各国に慎重な対応を求める」と、玉虫色の声明を出したこと一つとっても判断するに十分でしょう。

 ではどうして北朝鮮はこんな簡単にばれるような、大それた軍事行動を取ったのでしょうか。今回の北朝鮮の目的について北朝鮮関係の各学者らは、世代交代に当たって何かしら大きな軍事行動を取って示しを付けようとしたのではないかと述べていますが、普通に考えれば馬鹿馬鹿しい限りですがあの国だったら本気でやりかねず、私もこの説を支持します。
 また敢えて深読みするのであれば、復帰間近と言われていた六カ国会議においてなにかしら狙いを持って起こしたのかもしれません。六カ国会議そのものを拒否しようとしたのかもしれませんし、仮に参加するとしても今回の軍事行動を以って何かしらの譲歩を迫るとか、そういった思慮が働いたと考える事もできます。

 肝心の今後については、はっきり言って国際諸国が北朝鮮を追い込む事は難しいかと私は思います。というのも現在どの国も、それぞれがそれぞれなりにすねに傷を抱えてて思い切った行動が取れないからです。
 まず遠く離れた欧州諸国はそもそもアジア情勢に対して興味が薄く、その上ギリシャに端を発した金融問題で頭が一杯です。そして今回の事件の当時者でもある韓国も朝鮮事情が荒れるのではという懸念から昨日今日と株価が下がり、折角リーマンショックから立ち直って調子よくいっている所に水を差しかねないと慎重になるべきだという意見が出てきています。

 そして北朝鮮問題の最大のキーマンである中国も、さすがに今回のバレバレな軍事行動をかばい立てる事こそしなかったものの、現在上海万博が開催中という事もあって何が何でも隣国で戦争などといった有事にならないように押さえ込みにかかる事は想像に難くありません。もう一方のキーマンである米国も、そんな中国を押し切ってほど北朝鮮に圧力をかけるとは思えず、またオバマ政権自体が内政やアフガニスタン問題でただでさえ八方塞がりな状態です。
 最後に日本についてはなにも言う事がなく、北朝鮮にだけは強気だった安部政権であれば話しは別でしたが、今の政権に独自の外交を期待するのはまず無理でしょう。せいぜい、国連での非難決議に賛成票を投じるだけに終わるでしょう。

 恐らく北朝鮮も、各国がそれぞれこのような状態ゆえに今回のような大それた行動をとっても何も対策が取れない事を知って決断したかと思います。
 ただあくまで素人の意見として言わせてもらうならば、中国政府は内心、今回の北朝鮮の行動に対して怒り心頭に来ているのではないかと思います。彼らとしては何が何でも成功させたい上海万博の開催直後にわざわざ火の粉を浴びせかけるような行動を、しかも今月に金正日総書記が訪中しているにもかかわらず取ったというのは侮辱以外の何者でもないと受け取っているはずです。

 北朝鮮としてもなんでもかんでも中国の言う事を聞いていればイニシアチブをすべて握られるという懸念から、数年前から敢えて中国の意向とは真逆の行動を取るようになって来ております。この北朝鮮の動きに中国がどこまで我慢するか、最短だと万博が閉会する今秋が頃合で、この問題で何かしら動きがあるとしたらその時期かというのが私の結論です。

2010年5月24日月曜日

大学生犯罪の一般化

 ちょっと前にどの番組かまでは忘れましたが、あるゲストが昭和期に起こった「吉展ちゃん誘拐殺人事件」を引用し、仮に今このような誘拐殺人事件が起きたとしても当時のように大きく騒がれないほど、現代はこのような猟奇事件が一般化して来ていると言っていました。このゲストの発言を聞いて私も素直にその通りだと感じ、凶悪犯罪件数が増えているかどうかについてはまだ検討の余地がありますが、かつてなら連日連夜取り上げられていたような猟奇事件のワイドショーにおける賞味期限は確実に早くなっては来ていると思います。

 ただこうした猟奇事件以上に私が一般化し過ぎて問題ではないかと感じるのが、今日の本題となっている大学生による犯罪です。
 一応、日本の最高学府とされている大学に通う人間は普通の感覚で言えばある程度選抜された学識者と見られるべきなのですが、すでに大学全入時代を向かえている事もあって大学生と言っても日本ではあまり泊がつかなくなっております。それでもかつての大学生はエリートとして扱われており、戦後直後に起きた「光クラブ事件」「日大ギャング事件」といったいわゆるアプレゲール事件の当時の報道は、「どうして学識もあり、将来を約束されているような学生がこのような犯罪に手を染めたのか」、といった論調で以って報じられたと聞いております。

 翻ってみて現在、たとえ大学生が詐欺や殺人事件を起こしたとしても余程の有名大学でなければニュースにすらなりません。まだオウム事件の頃は、「これだけのエリートが何故?」という議論が当時ありましたが、現在に至っては数年前に早稲田大学の学生を中心とした振り込め詐欺グループが逮捕された際に、
「早稲田の学生らだけあって、(詐欺)電話での対応マニュアルまで作られていた」
 という報道がされていました。なんていうか、反応に困るんだけど。

 他の人がどう思うかは分かりませんが、意識しない所で当たり前でなかったこのような概念が当たり前になっているという事に、私は大きく問題がある気がします。大学生は犯罪など起こすわけがない、という概念を持っている社会と、大学生でも変わらず犯罪を起こす、という概念の社会を比べるなら、やはりどうみたって前者の社会の方がまともそうに思えますし、目指すべき社会の形だと思います。実態はどうであれ。

 去年の年末に私は、ほぼ毎日のように東京のどっかしらの鉄道路線が人身事故で止まっていたことについてどこも報じないばかりか、誰もおかしいとは言わなかったことに、今の日本社会はどこか異常なのではないかと書きましたが、この所の犯罪に対する感覚もあってはならないほど麻痺し過ぎてやしないかという気がします。恐らくこのまま行けば、数年後には児童虐待に対しても今ほど報じられる事もなくなるかと思います。

 作家の渡辺淳一氏(勝手にナベジュンって略しているけど)はその著書の「鈍感力」において、気にしなくていいものを気にしないというのは一つの才能であり能力だと書きましたが、その一方で本当に気にしなければならないものに気がつかない、気にしないというのは鈍感力ではなくただの鈍感であって、あってはならない事だと述べていました。私はよく人から何事も気にしすぎだと言われていますが、今日ここで書いた今の日本社会の風潮に対する懸念も杞憂なのかどうか、悩みどころです。

2010年5月23日日曜日

社会学とは?

 よく私が自分の専門科目が社会学だと話すと、「社会学って何?」とよく聞かれます。これは何も私に限らず社会学に携わるものなら皆経験している事だと思いますが、どうも社会学は他の学問と比べて世間一般へ認知が低いようです。実際に私も大学に入学するまで社会学がどういう学問なのか全くと言っていい程認知しておらず、取り扱う分野が他の学問より広そうだという考えだけで選択しました。ちなみに後で聞いたら知り合いの中国人もそうだったようです。

 そんな社会学の定義は曖昧な学問分野ということもあって答える人によって違うでしょうが、敢えて私なりの定義を言うと、「集団人格の心理や行動を主な対象として研究する学問」、といったところです。

 もう少しこの定義を掘り下げて説明すると、まず前提として「人間は集団となると別の人格を持つ」という考え方が社会学にはあります。
 簡単な例を挙げると、人間というのは一人だったらまずしないような行動を集団になるとどんどんとやってしまうことがあります。例えば野球場でのチームへの応援も自分一人だけなら太鼓叩いて応援するような人となると殆んどいないでしょうが、これが十人、百人単位のファンクラブであれば周りの目も気にせず意気揚々と行えてしまいます。同様に小中学校でのいたずらも、自分一人では行わないようなくだらない行為でも複数人で計画するのであれば実行する確率は一気に跳ね上がります。

 我々社会学一派はこのように、人間というのは集団となると個人とは別の人格を持つと前提しております。たとえばAさんという人がいて、この人はこの人なりの人格を持っていますが、Aさんが加入している団体においてはAさんを含めた構成員全員が持つ個々の人格とは異なる、その団体の人格というものがあるというような感じです。
 唯一例外があるとしたら、社長の気分次第でどうにでも決定が覆るワンマン企業くらいなもので、そのような集団の人格は限りなく社長個人の人格と同一なものとみなします。

 このような個人から独立した、集団の人格を主な対象としてあれこれ研究するのが社会学なのですが、見方によっては心理学の中の「集団心理学」なのではないかと思われる人もいるかと思います。実際に社会学と集団心理学の区別はつき辛く、社会学のテキストには社会学者として書かれている研究者が心理学のテキストでは心理学者という肩書きに変わって載っている事も多いですし、ぶっちゃけ勉強する人物は集団心理学とかなりダブります。レオン・フェスティンガーなんてその典型だし。
 さすがに社会学ではフロイトやユングといった心理学の大家は取り扱いませんし、心理学もエミール・デュルケイムは取り上げないでしょうが、近現代の研究者だとまるで綱引きをするが如くに奪い合っているような状態です。

 敢えて私独自の社会学と集団心理学の違いを説明させてもらうならば、やっぱりアプローチの仕方が両者で異なっているのではないかという気がします。
 これは私の体験ですが、以前に日本の自殺について調べている際、97年から98年にかけて自殺者数が約23,000人から約31,000人(統計によって多少前後するが)に増加していることに気がつきました。このデータを見た私は咄嗟に、「この一年で新たに現れた8,000人の自殺者というのはどういう人物群なのだろうか」と考えました。

 多分、というより普通こんなデータを見たら、「どうして8,000人も自殺者が増えたのだろうと」考えると思うのですが、私は初見でいきなり、「98年の自殺者31,000人のうち前年度と同じ数の23,000人は従来からの原因で自殺したとして、増加した8,000人はこの一年のなにかしらの変化によって新たに現れた自殺者なのだろう」と考えました。前者が自殺者が増えたと考えるのに対し、後者は自殺者が新たに現れたというようなアプローチですが、私は意図せずに後者のような考え方をするのがスタンダードとなっております。実際には98年から自殺者のカウント方法が変わった事が原因だと言われておりますが。

 勝手な当て推量で語って申し訳ないのですが、集団心理学は個々の人格が合わさって集団という一つの人格が出来上がるというアプローチを採るのに対して、社会学は一定数の人間が集まると個々の人格が全く無視されて新たに、独立した集団という一つの人格が出来上がるように考えている気がします。極端な例を挙げると、家庭では皆良き父親であったナチスの幹部らがユダヤ人虐殺を主導していたといったように。

 最近書こうと思う内容、並びに今日も起こった頭痛が頻発しているのでしばらく社会学関係を中心に書いてこうと思います。このところ本気で自分の健康に不安感じているので、いい突破口になればと願います(;´Д`)

またも佐野眞一氏講演会

 去年も行ってきましたが、昨日ノ某所で行われたンフィクション作家の佐野眞一氏の講演会に友人と一緒に参加して来ました。前もって予想はしていましたが、一般参加者で若い世代となると私とその友人を除くと数人程度で、ほとんどがお年を召した方ばかりでした。

 今回の佐野氏の講演のテーマは平成以降の総理大臣についてで、全般的に政治関連の話題が多かったです。
 まず佐野氏が言うには自分は昭和生まれの人間であってこれまで自らが取り上げてきた内容はダイエーの中内功など昭和の人物が多く、時代としては昭和を扱って来はしたが、すでに平成に入って二十年が過ぎており一つの時代として歴史的に見るの十分なほどの年月を過ぎていると切り出しました。そう踏まえた上で佐野氏は、平成期の総理大臣の数は他の時代と比べて明らかに多く、どの首相も弱い政権基盤ゆえに短い任期で終わってしまう傾向があるとして、そのような流れを作る事となった悪い意味でのターニングポイントが二回あったと述べました。

 まず最初のターニングポイントは、平成以降に初めて誕生した宇野宗佑内閣だったと佐野氏は言いました。宇野内閣は詳しくはWikipediaを見てもらえば分かりますが、佐野氏曰く愛人への給金を渋ったがゆえに造反を起こされて、スキャンダルによって発足からわずか二ヶ月で退陣を余儀なくされた内閣です。この宇野宗佑はそもそも首相となれるほどの政治家ではなかったものの、前任の竹下内閣を襲ったリクルート事件によって自民党内の主要政治家はどれもすねに傷を抱えており、唯一この事件の煽りを受けなかったことから首相に就任したと通説では語られています。

 しかし佐野氏が言うに、竹下登退陣後に当時のキングメーカーであった金丸信は、当時自民党が非常に厳しい立場に置かれている事から知名度も実力もあり、宇野同様にリクルート事件に関わっていなかった元首相の福田赳夫を再登板させるべきと考えてあちこちへ働きかけていたそうなのですが、この金丸の動きに待ったをかけたのが福田赳夫と犬猿の中だった中曽根康弘氏で、なかばねじ込む形で自派の宇野宗佑を次期総理にねじ込んだそうです。結果は自民野党転落の第一歩を踏んだわけですが。

 この宇野宗佑に続く第二のターニングポイントは、森喜朗内閣だそうです。森内閣については私も前から佐野氏とほぼ同じ意見を持っており、密室で作られた内閣だけあって空転に空転を重ねてダメになった内閣という印象しかありません。あのえひめ丸の事故も、今考えてもどうしてまだ議員を続けられるのか不思議なくらいに唖然とする対応だったし。
 ただ佐野氏は、この時の自民党にはまだ復元力があったとして、まさにジョーカーとも言うべき小泉純一郎氏をこの森内閣の後に持ってきて延命を図ったと指摘しました。しかしその小泉内閣以降は森内閣の誕生同様、支持率が落ち込むたびに首相を取り替えればなんとなかるという思考ゆえに総理大臣を支える事をせず、自ら崩壊の道を歩んで行ったとまとめました。

 そんな佐野氏が平成以降の総理大臣で印象に残った人物として、小渕敬三と小泉純一郎を挙げておりました。小泉氏については異色の総理大臣としてそれほど多く語りませんでしたが、小渕氏についてはいろいろと因縁もあって詳しくあれこれ語っていました。
 特に今の鳩山政権で問題となっていて、今日も訪問して大反発を食った沖縄と小渕のこだわりについて詳しく話し、小渕が学生時代に沖縄を訪れて感じた体験から沖縄サミットを強行したことなどを話していました。

 最後に今の鳩山由紀夫首相については、ちょっと前に自分で本を書いたのもあってそれほど多く時間をかけて語ることはありませんでした。ただ鳩山一族については簡単に、
「鳩山家は四代続けて政治家となった、嫌な人間の一族だ。特に一番嫌な奴だったのは鳩山一郎の父親の鳩山和夫だ」
 と話していました。私から簡単に付け加えておくと、鳩山和夫というのは留学から帰国後に日本で初めて弁護士業を起こして政界では衆議院議長を務めた人物なのですが、表では欧米に倣って日本も一夫一妻制を採るべきだと言っておきながらも、自分はちゃっかり愛人を沢山囲っては隠し子も沢山作っていたという人物です。本の中で佐野氏は、鳩山家と言うのは平気で自分の発言とは逆のことを行える一族だとしております。

2010年5月20日木曜日

徳之島移設案への経緯について

普天間移設:徳之島受け入れ7条件「すべてのむ」官房長官(毎日新聞)

 本日、平野官房長官が沖縄米軍基地移設案の候補地となっている徳之島の基地移設賛成派と会い、移設受け入れのかわりとしても止められた借金の棒引き、健康保険税の免除などの条件をすべて受け入れると話した事が報じられました。なおこの会談について平野氏は参加者に「口外するな」と言っていたそうですが、どうやらあっさりばらされたようです。

 今更といえばそうですが、この徳之島移設案はどうも平野氏が発案して鳩山首相に吹き込んだ事から始まったように私は思います。私が知る限り沖縄の米軍基地移設候補地として初めて徳之島が上がったのは社民党が候補地の一つとして挙げた時だったと思いますが、この社民党の発言を受けてか、もしくはそれ以前から考えていたのかまでは分かりませんが、目下民主党内でこの徳之島移設に一番こだわっているのは町長らと何度も会っている平野氏で間違いありません。

 私の見立てだと、恐らく鳩山首相は何の考えも持たずに県外移設を打ち出してその移設候補地などは全く頭になかったかと思います。そんな鳩山首相に対して候補地として米軍も納得でき、かつ現地住民も説得できる地だとして平野氏が吹き込んだのが徳之島で、何かしら自分の地位や利権が絡んでいるのかもしれませんし言った手前もう後には引けないから頑張っているだけかもしれませんが、このような経緯があることからもはやなりふりかまわずこの案で推し進めようとしているように見えます。

 そういった平野氏の努力が実ったとも言うべきなのか、報道されている情報ですと当初は反対一色だった徳之島住民側も、政府からの援助が見込めるならば受け入れるべきだと言う賛成派が徐々に人数を増やして来ているそうです。今日の平野氏と賛成派住民の会談も恐らくは徳之島の内部分裂策の一環でしょうが、私はたとえ徳之島住民が基地受け入れを認めたとしても、アメリカ側は決してこの案を受け入れる事はないと思います。防衛上の問題はさる事より支持率の低迷している民主党政権の足元を見てこれまで以上に強気に外交で出てくる可能性もあり、最悪の結末は徳之島の住民同士で妙なしこりが残って終わりでしょう。

 ちなみに民主党のキーマンである小沢一郎幹事長は、米軍の普天間移設が決定した直後に元防衛長官の久間章生と一緒に移設地周辺の不動産を買い漁ったそうなのでこの徳之島移設案に表立って賛成する事はないでしょう。こういうところはわかりやすくて助かる。

2010年5月19日水曜日

就活期の早期化と大学教育、及び私の体験

<就職活動>「授業より就活」 3年秋に始動、4年秋以降の内定も(毎日新聞)

 今に始まった事でもないし以前にも似たような事を書きましたが、今日また新しいニュースが出たのでもう一度この問題を取り上げておこうと思います。
 上記リンクに貼ったニュースは企業の新卒大学生採用選考時期、大学生の側からすれば就活時期が年々早まり、かつては四回生の秋からだったものが今では三回生の夏からスタートで一般化した事により、就活に時間を取られる学生が授業に出席しなくなって大学教育の本質が失われてきているという内容のニュースです。

 近年に就職活動をやった経験のある人間なら話は早いのですが、現在大半の企業で採用内定を出すのはゴールデンウィーク前となっており、実質就職活動はその前の春休みが本番です。仮にゴールデンウィーク前に内定が取れれば四回生の一年間は比較的自由に行動が出来ますが、それまでに内定が取れない学生となるとそれ以降も延々と就職活動をせざるを得ず、本来ならば卒業論文などにもボツボツ取り組まなければならないにもかかわらず、余計に授業やゼミに出席できなくなって学業でも就職でもどんどんと追い込まれていきます。特にリーマンショック以降はどこも採用を減らしたので、このような悪循環に陥る学生はかつてないほど多くなっていると見て間違いないでしょう。

 この問題で誰が一番悪いかと言えば、それはやっぱり採用日程を早めた企業側です。大企業などは三回生の夏休みから自分ところのインターンシップに参加する学生を集めて青田刈りを行おうとするなどしてますますこの動きに拍車をかけていますし、他の一般企業も遅れまいと、まるでチキンゲームのように新人研修をしている横で採用面接をやっているのが当たり前となってきました。普通に考えるなら、人事部は採用選考と新人研修の時期を分けた方が効率的だというのに。

 このように就活時期が90年代の頃より早まっている事について、以前に読んだ評論では現在の大学生は実質的には三年間しか自由がなく、またようやく自分で勉強、研究が出来るようになってくる時期に学問の機会が奪われているという指摘がありました。実際に私の周りでも、それまで遊び回ってた連中が四回生になってからもっと勉強しておきたかったと言う人間が増えてきました。まぁ夏休み終了前に、「ちゃんと宿題しとけばよかった(´Д⊂)」というの一緒だろうけど。

 あまりグダグダ話すのもあれなので私の就活の実体験をここで話すと、やはり企業に対して納得いかない思いが強かったです。普通の学生は三回生の12月位から企業訪問を本格的に始めるのですが、私は就職のためではなく勉強するために大学に進学したのだという自負があったので敢えて三回生の後期テストが終わる二月までは一切そういう活動は行いませんでした。そしたらそしたで、二月以降から就活を始めたと言うとどこの企業の面接官も、「君、遅いねぇ」と私に言うので、「それ以前からやっている奴は勉強もまともにしないクズです」と言い返したかったです。

 しょっぱなからこんな感じなので、私が就活をした年は「かつてない売り手市場」と言われていたにもかかわらず私は激しく苦戦しました。しかも私の場合、就活真っ只中の4月に突然肺に穴が空き(自然気胸という病気。痩せ型の若い男しかならない)、手術をして約二週間も入院したためにその間の面接や説明会も全部キャンセルする事態となりました。
 なおこの時、病院と通っていた大学が近かったために医師に頼み込んで一部の重要な授業には病院から直接通わせてもらいました。その際には肺に溜まった空気を抜くために、胸に突き刺している管を紙袋に入れた小さなポンプと接続させたまま外出して授業を受けましたが、今思うと結構グロいし、あそこまで無茶しなくてもという気もします。幸い、周りにはばれなかったけど。

 こんな思いを経て退院後もあれこれ就職口を捜しましたが殆んどどこからも相手にされず、合計するとシャレや冗談じゃなく100社以上から不採用通知を受けました。さすがにうちの広島に左遷された親父も見かねて大学院への進学を勧めてくれましたが、これ以上は両親に迷惑を掛けられないために歯を食いしばって探し続け、最終的には今勤務している会社に七月に内定を貰いました。その間、登録してある授業はほぼ100%の出席率で出続けております。

 このような自分の体験があるだけに、当時は企業の採用選考のスタートが四回生の10月からであればと何度も思いました。途中にも書きましたが、今の就活のシステムだと授業やテストなどをほっぽり出したり、要領よく単位を取ろうとする学生ほど得をするシステムで、真面目に授業に出ようとすればするほど馬鹿を見るようでなりません。頑張る事、真面目にやる事の意義がこれでは見出せず、また大学の存在価値自体も揺るがしかねません。

 ではこのチキンゲームの様相をなしている新卒採用選考をどうすればいいかですが、この際法律で強制的な措置をするのが一番いい気がします。そもそも内定自体が法的根拠が何もなくて近年流行している「内定切り」という問題もあるのですから、大学生の採用選考は卒業後でなければならないなどと法制化してしまったほうが全体の利益に適うかと思います。

  おまけ
 私がこの就活期の苦労を話しつつ、ちょっと得意になって中国語も使えるのにここまでむげにされなくてもと友人に話した所、「花園君みたいな危険思想を持った奴なんて、どこも取りたがらないよ」と言われて、何も言い返せなかった事があります。

  おまけ2
 私がなかなか内定が取れない頃、就活状況を聞いてきた当時授業に出ていたロシア語の講師に話をした所、「当たり前じゃん。だってあんた、愛想がないもの(・∀・)」と言われました。この発言には周りの学生もドン引きして、
「せ、先生、何もそこまで言わなくとも(;´Д`)」
「何言ってんのよ。あたしらの世界でこれは誉め言葉よ。あんたもそう思うでしょ!( ゚Д゚)」
「え、えぇ、まぁ……(´A` )」
 という会話がありました。確かにいつもだったら「愛想がない」と言われても誉め言葉として私は受けるのですが、この時は弱ってただけに内心胸にきました。

2010年5月18日火曜日

今日のニュースの雑感

 今週に入ってから慢性的に頭痛に悩まされているので、どうもブログの方も力を入れた記事が書き辛くなっております。ちょうど今日はいろいろと個人的に注目するニュースが集中したので、一つ一つ短い雑感を集める事で終えようと思います

朝日新聞阪神支局襲撃“実行犯”名乗った男性自殺? 北海道で白骨化(産経新聞)
 私もかつて「週刊新潮、赤報隊事件の犯人手記について」の記事で取り上げましたが、この一連の週刊新潮の誤報記事にて当初朝日新聞阪神支局を襲った犯人だと自称していた島村征憲が北海道で自殺していたそうです。この時の週刊新潮の編集長はこの誤報を流した事が原因となって左遷となりましたが、この元編集長には人間一人自殺に追い込むだけの報道価値はあったのかと直接聞いて見てやりたいです。

公務員採用削減再び見送り 官房長官は21日の閣議決定目指す(産経新聞)
 こちらも先日に関連する「国家公務員、採用半減指示について」という記事を書いたばかりですが、なんでも鳩山首相を初めとしてこの国家公務員の来年度以降の新規採用を半減かする案に対して省庁側は抵抗をし続けているそうですが、それを今週中になんとしてでも閣議を通過させようというのがリンクに貼ったニュースです。この記事では総務省がまとめた具体的な削減案もかかれており、引用させてもらうと、

「(1)I種(キャリア)とII種は2割抑制(2)地方の出先機関職員などは8割抑制(3)国税調査官や刑務官など専門職種は5割抑制」

 だそうで、私が見た朝日新聞の記事ではI種の採用数は前年度維持だったのですがこっちでは二割抑制となっています。ただそれ以上に気になったのは、「国勢調査間や刑務間など専門職種は5割抑制」の部分で、鳩山首相が毎年実母から1500万もの金額を贈与されていたのを国税庁が見逃していたという事を考えると、ここは減らす所じゃなくて増やす所じゃないかとついつい口に出して突っ込んでしまいました。

小沢氏、再度不起訴へ=週内にも最終協議―陸山会虚偽記載・東京地検(時事通信)
 細かい内容をすっ飛ばして結論を述べると、今回小沢氏を検察が起訴しなければタイミング的には参議院選挙直前の七月にまた検察審査会が起訴相当の議決を採り、小沢氏に強制起訴がなされる可能性があります。検察の捜査というのは本来有権者に影響を与えないように選挙前などを避けなければならないのですが、今回の起訴見送りが悪手にならない自信があるのか詳しく聞いて見たいものです。

一定地域内の全頭処分を検討、口蹄疫で官房長官表明 首相、政府対応の問題認める(産経新聞)
 あまりこの口蹄疫という感染症に対して詳しくないためにこれまで発言は控えてきましたが、現時点まで色々情報を集めて私が言いたいのは、民主党は恥を知れ、という一点に尽きます。民主党は政府の対応に問題はなかった等と抗弁していますが政治は過程ではなく結果しか求められない世界で、頑張っているのだから許してくれなんて言う事自体聞いてて反吐が出ます。
 特に本来この問題の最高責任者であるはずの赤松農水大臣は口蹄疫の発症が報告されていたにもかかわらず外遊に出かけ、今も現地宮崎県に足を踏み入れていないという事実には閉口する以外なにも出来ず、過激なことを書きますがたとえこの人が誰かに刺されたとしても私は同情をしないでしょうし、この問題の対策速度に変化も起きないと思います。

2010年5月17日月曜日

土曜授業復活の是非

 一昨日の朝日新聞朝刊にて、土曜授業の復活するべきかどうかについて陰山英男氏と本田由紀氏がそれぞれ賛成と反対の立場で意見を寄せておりました。
 それぞれの意見を要約すると、陰山氏は子供の学力は授業時間を増やせば必ずしも高まるものではなく、むしろ陰山氏が導入して効果を上げた百マス計算などといった教え方の比重の方が影響力が高いとして、現状でも授業時間外にも授業準備などの仕事をしなければならない教師から更に時間を奪ったりせずに授業内容の効率化、充実化を図っていくべきだとして土曜授業の復活に反対でした。

 それに対して本田氏は、国際学力調査で高い成績を収めたフィンランドは今の日本以上に小学校の授業時間数が少なく、こちらも授業時間数が必ずしも学力向上に直結するわけではないとしながらも、土曜授業がなくなったかわりに現在は平日の授業時間数が増加したためにかえって教師の負担は大きくなっていると指摘しております。その上で土曜授業を復活させる一方、もっと教員の数を増やして交代で休暇がとれるような仕組みを作って授業の充実化を図って行くべきではないかと提案しておりました。

 双方の意見を読んだ私の感想はと言うと、どちらの意見にも納得させられる部分が多くてなかなか考えさせられることの多い内容でした。どちらも授業時間数の増加よりも授業内容の充実こそが子供の学力向上につながるとしながらも、教師の意欲や体力を高めるのは週休二日制がいいのか週休一日制がいいのかという点で意見が分かれております。

 実際に私の目から見ても確かに現代の教師の仕事は大変そうで、かつてあった半ドンの土曜日授業は今の公立校にはないものの、部活動の顧問をしている教師は今でもたとえ休みの土日であろうと学校に来て指導などしなくてはなりません。また夏休みなど長期休暇が教師にはあるとかつては言われましたが、最近は世間の目も厳しくなって無理矢理にでも補習、補講授業を夏休みに開校しては出勤させられるようになって来ているそうです。

 またタイムリーな事に先月友人と久々に母校の中学に毛沢東Tシャツを着て行ってみたのですが、土曜にも関わらず職員室を覗くと知っている教師らはほぼ出揃っており、教師たちは土曜授業があろうとなかろうと変わらないんじゃないのかと改めて感じました。
 そういう意味で今回の論者二人の言うように教師の休暇の取り方、休み方についてはもう少し考えるべきであり、予算的に可能であるならば本田氏の主張するように教員数を増やしてローテーションで休みを取れるような仕組みを作るのがいいかと思います。

 最後に私の子供時代の話をすると、ちょうど私はこの土曜休日化の移行期に当たって学年が上がるごとに土曜日授業が減って行きました。しかし当時の私達小学生からしても、確かに土曜日が休みになってくれるのは満更ではなかったものの、午前中で授業が終わって午後に遊びに行けるというあの解放感はなかなか捨てがたい物があると子供ながらにみんなで言い合っていました。今の子供達は土曜の半ドン授業が復活したら、どう思うんだろう。

2010年5月16日日曜日

ストレスは敵なのか?

 以前に読んだ事のある評論文でこんな実験が紹介されていました。実験内容は透明な水槽を二つ用意して、片方にはAという魚、もう片方にはその魚を主に捕食する、言わばAの天敵となるBという魚を入れて、それぞれの水槽を隣り合わせて配置しながら観察したそうです。もちろん水槽が別々なのでAが捕食されるという事はありえないのですが、透明な水槽のためにAは常に自分の天敵を近くで見ている事になり、意図的にストレスを与えながら生活させるとどのような変化が起こるかを調べて見たそうです。
 そうして観察を続けてみるとなんとAの魚は平均的な寿命の三倍も生存し続けたそうで、この実験結果から研究者は、ある程度のストレスは細胞やその他諸々の器官を活性化させる可能性があるのではとまとめたそうです。

 この実験を引用しながら論者は、一般にストレスは社会生活上でマイナスの効果しか引き起こさないと思われがちだが、過剰なストレスならともかく一定度のストレスは身体に対して好影響を与える要素の方が強いとまとめ、その一つの例として元オリックスの清原選手を引き合いに出していました。清原選手は最初に在籍していた西武時代には巨人に行きたいという強い願望(=ストレス)があったがゆえに立派な打撃成績も挙げることが出来たが、巨人に移籍した後はその願望が達成されてしまったがために西武時代ほどの成績を途端にあげることができなくなったのではないかと述べていました。

 清原選手の例が正しいかどうかはともかくとして、この話を一読した私はなんとなく、この論者の言わんとするストレスというのは「プレッシャー」とも言い換える事が出来るのではないかと感じました。もちろんどっちの言葉を使ってもいいのですが、どちらも心的圧迫感を表現する言葉ながらストレスでは負の意味、プレッシャーは負と正の意味を両方兼ね備えているように思います。ほんとどっちだっていいんだけど。

 話は戻りストレスについてですが、やっぱり一般社会では「ストレスは敵だ」、「ストレスをなくそう」という言葉があちこちで言われるほど世間ではストレスは嫌われていますが、私もこの論者同様にストレスは必ずしも敵ではないと考えております。私自身の体験で言えば全くストレスがない状態だった頃、だらけた生活もいい所と思うほどに行動に能動さがなくなり、何かしら小説なり文章なりを書こうと思っても時間があるにもかかわらず実行に移せない日々が続きました。
 それに比して現在は明らかにそのストレスのない時代に比べて自分の周囲の環境や余暇に使える時間的余裕が悪化しているにもかかわらず、当時の自分じゃ決してなし得ないほどの膨大な文章量を毎日このブログで更新し続けております。よく「忙中、閑あり」とは言いますが、あながち間違っていない気がします。

 もちろんうつ病を発症させるような過剰なストレス環境は間違いなく問題ですが、そうでなくてややうっとうしいと思う程度のストレスであれば、そのストレスが全くない状態より人間はかえって能動的に、人間らしく生きていけるのではないかと思います。程度的には、「かったるくて、やってらんねぇよ(´Д`)」と思いつつも毎日それなりに生活していける位が適量ではないかと見ていますが、「このままじゃ、死んじゃう(ノД`)」と思うほどなら明らかに過剰なので無理せずに休んだ方がいいと思います。

 ここで終えても全く問題はないのですが敢えてここで社会学的な発想をすると、今の日本はあまりにもストレスを敵視するあまりにかえってストレスに対する耐性を自ら弱めているのではないかとも感じます。ここら辺は渡辺淳一氏の主張する「鈍感力」にも関連してきますが気にしなくてもいいものまで気にしてしまうと無駄に疲れてしまうようなもので、うつ病を引き合いに出すと、「こんなにストレスを抱えてれば、うつ病になるんじゃ(>'A`)>」という風に無駄な不安を覚えて、自ら追い込む事でうつ病になってしまうという例も実際によく聞きます。

 ではこのような自己暗示的なうつ病を回避するためには何がいいのかと言えば、先程の鈍感力を養うという方法と、ストレスを如何に味方に付けるかだと私は思います。スポーツの世界ではプレッシャーを如何に自分の力にするかというトレーニング方法があると聞きますがそれと同じ事で、自分にかかる心的圧力を、「これだけ期待されているんだ」、「チームにとって自分はなくちゃならないんだ」というように前向きに捉えることで通常時よりもより大きな貢献ができるようになる、所謂大舞台に強い選手となることができるそうです。

 なので今日の内容をまとめると、「ストレスは敵だ」とは言わず、「ストレスは敵にも味方にもなる。お前次第でな」というのが、私の意見というわけです。

2010年5月15日土曜日

最強の指揮官と最強の兵士

 中学生くらいの頃、よく私は将来の自分の育成方針を決めるに当たり、最強の指揮官を目指すのか、それとも最強の兵士とならんとするのかを考えていました。はっきり言って誇大妄想も激しいと言えばそうなのですが、三国志に熱中していた時期もあって自分をどのようなタイプの人材として訓練を積んで行くのかをこの時期にいろいろと考えていました。

 最強の指揮官というのは言うまでもなく組織の指揮、運営を管理するタイプの人材で、三国志で言うなら諸葛亮のようなタイプで、このタイプの人材は手持ちの部下をどのように配置して動かし、また全体の動きの把握に務める事が主な仕事となります。翻って最強の兵士というのは、三国志で極端なものを挙げると張飛みたいなタイプで何も考えず猪突猛進に与えられた仕事を確実にこなすような人材で、それぞれの担当分野の能力をひたすら磨く事が主眼となってきます。

 もちろんどちらか片一方に特化する必要はなく、それこそこれまた三国志で言うなら関羽みたいに両方の役割をある程度兼任できるような人材を目指してもよいのですが、指揮官か兵士のどっちにより比重を加えて自らを磨くとすればどっちだろうかと考えたわけです。私はすでに当時から何かしら文章を書く事で、それもジャーナリズム関係で生計を立てて生きたいと考えており、その業界で指揮官となると編集者、もしくは企業運営者こと社長になり、兵士となるとそのまんま記者か作家になって来ます。

 本音で言えば前線でひたすら戦うだけの記者を目指すだけで十分だろうと考えたのですが、現時点でもそうですが日本の教育は全体的にスペシャリストばかりを育成したがっており、周りを見ても全体を見渡せるだけのジェネラリストとなれるような同世代の人間が見当たらず将来的にこの方面の人材が不足して行くことが目に見えていました。そこで当時はまだ愛国心も強かったがゆえに私は、「国の穴を埋めるのだ!ヽ( ゚д゚)ノ」とばかりに、本音とは逆にジェネラリストたらんと自分の育成方針を定める事にしました。

 といっても特別に何かをするというわけではなく何事に関しても自分とは関係ないと言って切り捨てたりせずに何にでも手を出して勉強していこうと決めただけでしたが、その後の進学先も社会学という専門のしばりが緩い学部で、前にも書きましたが文系学問なら法学以外はそこそこ手を出してやっていたので方針通りのコースを歩んできたと思います。あいにく出版業界には就職は適いませんでしたがこうしていまいち専門範囲のわからないブログを三年近く運営できている辺り、自分を意図した育成方針通りに育てられたという自負があります。

 しかしそんな風に育った今においても、未だに私は最強の兵士への思いを捨てきれているわけではありません。またまた三国志で言うなら諸葛亮を目指すのも満更ではないのですが、やっぱり前線の将軍ながらも臨機応変に対応できてひょっとしたら指揮官でも十分にやれたんじゃないかという趙雲のような人材が私にとっては理想です。

2010年5月14日金曜日

少数精鋭は成り立つのか?

 よく事業に行き詰って人員の少なくなっていく企業ほど、「うちは少数精鋭だからな」などと強がりますが、果たして本当に少数精鋭というのは成り立つのでしょうか。精鋭というと確かに聞こえは良いのですが、戦争などをするに当たってやはり数は多いに越したことがなく、シミュレーションゲームの「信長の野望シリーズ」などでも兵数は質が低かろうが多い方がやはり優位に事を運べることが多いです。
 しかし私が知る中で、この少数精鋭主義を実際に実行して大きな成功を納めた人物が一人おります。その人物は誰かというと、ほかならぬ秦の始皇帝です。

 始皇帝がまだ中国を統一しておらず秦王だった頃、ある日自国の将軍に対して今いる60万の兵を三分の一の20万にまで減らせと命令しました。この命令を受けた将軍は戸惑い、どうして兵力をわざわざ減らすようなことをするのかと始皇帝に聞き返した所、秦国は土地が痩せているため常に兵糧の確保が難しく、役にも立たない雑兵を多く飼っておくよりは精鋭を選り抜いて兵力を削減した方がいいと始皇帝は答えました。
 それでしぶしぶこの将軍も兵力の削減、今風に言うならリストラを推し進めた所、なんと新たに編成された精鋭部隊はそれまでいくら攻めても全く落ちなかった隣国の城を次々と落とすようになり、編成を行った将軍も驚くほどの成果を直ちに挙げるようになったのです。

 この始皇帝のリストラがどこでも通用するというわけではないですが、秦の土地が痩せていた、元々の兵隊がそこそこ強かった、などという当時の秦の状況を鑑みるなら実に的を得た決断だったと私も思えます。ただこの急激なリストラ策は多くの反発者も生み、異を唱えたがために始皇帝に処刑されかけた秦のある将軍は燕国に逃亡して後にあの有名な始皇帝暗殺計画に加担するようになるなど、円満にこのリストラが進められたというわけではありません。それだけ始皇帝の改革や決断がドラスティックだったというわけで、あの広い中国(今の中国に比べりゃ狭いけど)を始めて統一しただけはあります。

 余談ですが私は高校時代に文化祭で出し物をやろうと企画して賛同者を広く募ったのですが、今思いだすと頭数を無理に揃える位ならしっかりと信頼の出来る人間数人とだけ組んでやっとけばよかったと思うほど、引っ張っていく途中で散々な目に遭いました。恐らく私の生まれ育った年代も関係しているでしょうが、やはり私は組織というものはフットワークの軽い小さな少数精鋭組織の方が上手く回るんじゃないかと思います。公務員が嫌いってのも影響しているでしょうが。

 なお今日取り上げた始皇帝ですが、現在ヤングジャンプで連載中の「キングダム」という漫画がまさにこの時代の秦を描いており、中国史好きもあって面白く読ませてもらっております。この漫画は登場人物が着る衣装から時代背景、戦闘の描写などが細かく、どうしてこんな漫画家が今まで日の目を浴びてこなかったと思うほどなのですが、唯一欠点だと思うのは、「男かと思っていたら実は女だった!Σ(・Д・ノ)ノ」、という展開がやけに多い事です。作者の趣味なのかと疑うくらいに多いのですが、それにしても同じヤングジャンプでは「ノノノノ」という、これまた性別を男性だと偽っている女性スキージャンパーが活躍する漫画があるなど、何かとユニセックスの激しい連載陣が続いております。

2010年5月13日木曜日

ひきこもりやニートは救うべきなのか

 なんか時代ゆえかもしれませんが、この所ネットの掲示板を見ているとかなり昔の「こち亀」のあるシーンの画像がよく貼られているのを見かけます。それはどのシーンかというと、それまで不良だった若者が改心して警察署に来るのですが、主人公の両津はこれまで好き勝手していた人間がようやくまともになっただけで、誉める必要もなければ就職の世話とかいちいちしてやる必要もないと言うシーンです。
 これとは別で私が覚えているのだと、恐らく作者も明確に社会風刺をしようとする意思を持って描かれたと思うのですが、不良学生の更正をはかるために自治体が球場を借りて野球大会を開くことに対し、真面目に野球をやり続けている少年らにこそそのようなお金を使うべきだと発言する回が、確か96年くらいにあったような気がします。

 正直な所、私もこれら漫画の中の両津の発言の方が正しいと思います。後者の不良少年更正のための野球大会は当時実際に開かれていて、確か借りた球場というのも東京ドームだったように記憶しております。それまで野球と縁のゆかりもなかったろうな不良にはそんな厚待遇がなされるのを比べると真面目に野球をやっている高校球児が馬鹿を見ているみたいで、当時私はまだ小学生でしたが見ていて嫌な思いをしたのを未だに覚えています。

 ここですこし話は変わりますが、現代の大きな社会問題として「ひきこもり、ニート問題」があります。どうでもいいですが、ちょっと前までは「フリーター、ひきこもり問題」だったような気がするのですが、バージョンアップはいつなされたのだろうか。
 内容はわざわざ説明するまでもないので省きますが、現在国や自治体はこの問題を解消するためにひきこもりやニートの若者への就職支援、社会復帰支援政策に予算を割いております。これらの支援策として具体的にどのような政策がなされてどれほど効果を上げているかはあいにくデータを見ていないのでわからないのですが、今日片道二時間の通勤途中にあるバスの中でふと考えていると、果たしてこれら支援策は現代において優先度の高い政策なのかと少し疑問を感じました。

 私は何もひきこもり、ニート問題は放っておいてもいい問題だとは思っていませんし、これらへの支援策が全く無駄だとも考えていません。ですが現代の若者はひきこもりやニートではなく、学校をきちんと出て社会でもまともにやっていける人ですら不況ゆえに就職口はほとんどなく、地方によってはアルバイトの口捜しすら大変で生活を成り立たせることの出来ない者が数多くおります。そんな状況下で、ひきこもりやニートの支援に割けるだけの予算があるのであれば、その予算をまだやる気もあって社会でやっていける若者への就職支援、訓練などに使う方がまだ効率的なのではないかと思ったわけです。
 仮に普通の若者が普通の生活を送れる世の中であれば、ひきこもりやニートといった弱者への支援はどんどんとなされるべきでしょう。しかし現代はひきこもりやニートでなくとも社会的に弱者となる若者が数多く、同じ弱者であるのに片一方、厳しい言い方をすれば手間のかかる方にだけあれこれ支援策が使われるのはどうにも釈然としないものがあります。

 この私の意見は見方によっては冷酷だと批判されるかもしれません。確かに最底辺の弱者を支援する事は社会的にも意義ある事ですが、その一方でなんとか立ち直ろうと頑張っている若者を放置していれば、生活保護給付が最低賃金額を上回っているのと同様に社会全体で頑張ること、努力する事の価値を下げてしまうのではないかという懸念があります。そしてなにより、リアリスティックに考えるのであれば今いる若者すべてをただでさえ厳しさを増す今の日本の予算で救えるはずなどなく、ある程度の排除と淘汰と、予算の選択と集中が今だからこそ必要だと私は考えます。

 あくまでこれは私の思いつきから来る一意見であって、詳しくデータなどを比較した上での違憲ではありません。しかし最後の選択と集中というのは今の時代、強く社会に求められている事だと見ているので、敢えて現代の若者問題を取り上げて引っ張り出す事にしました。

2010年5月12日水曜日

ポスト鳩山は誰なのか?

 この所の各報道機関の政治系記事は普天間問題が全く進展しないなどといった事から民主党に対して批判的で、この与党民主党に対して野党はどうすれば次の参議院選挙で過半数割れに追い込む事ができるのかという視点で書かれているものばかりが目に入ります。そこで今日は、別に私は今の民主党を支持しているわけではないのですが敢えて逆の視点で、民主党は何をすれば支持率を挙げて次回参議院選を勝ちぬけるのかを考えてみようと思います。

 まず結論から言えば、民主党が支持率を回復するのに最も良い手段というのは小沢一郎氏の幹事長職を解任する事です。タイムリーに今日、検察が先月の審査会の議決を受けて小沢氏に聴取を要請しましたが、普天間問題に次いで民主党の支持率を下げる要因は間違いなく小沢氏の資金問題でしょう。
 渡部恒三氏などは長い付き合いもある事から堂々とテレビカメラの前でも小沢氏に辞任要求をしては鳩山首相に決断を求めているのですが、肝心の鳩山首相も小沢氏同様に自身の資金管理団体の問題、しかもその責任をすべて元秘書に擦り付けたことから事実上解任する事は不可能だと見ております。仮に鳩山首相が小沢氏を解任すれば自分のことを棚にあげておきながらと、野党や国民のみならず民主党内からも批判される可能性もあり、そうなった場合はよっぽど鷹の爪を隠していない限りは政権の維持は完全に不可能となるでしょう。

 このように、支持率を回復するには小沢氏の解任が必要、しかし鳩山首相は解任が出来ないという、小沢―鳩山の相互補完構造が成り立っているとします。となると民主党としてこの際、小沢氏と一緒に鳩山首相を退陣させるしかないように思えます。
 先月までは各評論家らからこのような案、いわゆる五月政局こと普天間問題の決着と引き換えに鳩山首相は退陣するのではという声がささやかれましたが、五月も三分の一が過ぎた今になっても鳩山首相は一切退陣する素振りを見せないどころか、米国に対して約束した五月決着も反古にするかのような発言もこのところ目立ちます。

 こういった背景から私が気になっているのが、民主党内の議員は倒閣を考えないのかという事です。小沢氏に対する辞任要求は確かに少数ながらも、先ほどの渡辺氏や副幹事長の生方氏など何名か声を上げているものの、さすがに鳩山首相に退陣を要求する民主党議員はまだ出てきていません。自民党ではかつての安部、福田、麻生政権、そして現在の谷垣体制に対して公然と退陣要求する議員がごろごろいますが、民主党は結束力が強いと言うべきか、議員一人一人の後ろ盾が弱いのか上層部批判がやはり少ない気がします。

 ではこれまた仮の話で、鳩山首相が自ら辞任した場合は誰が民主党の党首、ひいては首相となるのがベストかとなると、これまた結構悩ませられる話です。
 もし支持率回復だけを目指すのであれば最有力なのは、政権からやや遠ざかった位置にいて小沢氏を度々批判している仙石良人氏なように思えますが、どうもこの人は組織を引っ張る人間としてはいまいち頼りない気がします。ではかつて党首を務めた経験のある菅直人氏ではというと、かつての「イラ菅」から「アホ菅」とこのところは揶揄されるほど人気も低迷しており、周囲の民主党議員からもどうもあまり支持されていないように見えます。

 では外務大臣の岡田克也氏はというと、なんかこのところ急激に老けてしまってテレビ映りの悪さが私は気になります。能力的にも真面目なんだけどそれだけという感じで、党首時代の郵政選挙の大敗もあってイメージ的には非常に苦しい気がします。それならばその岡田氏の後を継いだ国土交通大臣の前原誠司氏ならばどうかですが、顔もイケメンということもあってイメージ的には今の民主党内で最も力を発揮するでしょうが、多分なったらなったで小沢氏を初めとする現上層部から物凄い嫌がらせを受けて党内を維持する事が出来ない可能性があります。更に言えば、かつての偽メール騒動もあるからイメージが良くても支持率には必ずしも結びつかないとも考えられます

 いちおう他にもポスト鳩山としては枝野幸男氏もいますが、どれも選挙で戦っていけるかとなるとどれも一癖足りない面子ばかりです。まして自民党時代に散々党首の代替わりがあって民主党が行っても今じゃあまり効果も見込めないでしょう。
 となると政策で挽回するより他がないのですが、子供手当ても第二次仕分けもすでに終わり、残った普天間問題はまだまだ支持率を下げる要因としかならないため、もう大分手遅れな感があります。何でもやっていいというのであれば残るはネガティブキャンペーンしかなく、ちょっと前に「あいつは部落だから首相には出来ない」と麻生が言っていた野中広務氏が官房機密費の使途(与野党問わず議員に配り、評論家らにも渡していた)を口にしていましたが、あれを洗いざらい公開すれば少しは効果があるかもしれません。

2010年5月11日火曜日

次回参院選の有名人候補擁立について

谷亮子氏:参院選に民主から出馬表明 「五輪は金目指す」(毎日jp)

 すでに各所で報道されているので皆さんも知っての事だと思いますが、上記リンク先のニュースの通りに柔道金メダリストの谷亮子氏が次回の参議院選挙にて民主党から出馬すると発表されました。このニュースに対する私の感想はというと、いつまでもこんな事をやっているから駄目なんだということと、恐らく谷氏のこの出馬は大勢に何も影響を与えないかと思います。

 これまでの参議院選挙でも各政党は比例代表枠での票数をかき集めるためにとにかく目立つ候補、知名度のある人間を擁立してきて、現在でこそ人気の高い桝添要一氏などもこのいわば「有名人枠」から初出馬しております。
 しかし当時の有名人候補は曲がりなりにも学者なり知識人なり活動家なりと、桝添氏を初めとして未だ衰えを知らない田嶋陽子女子などまだ政治や社会に関わる生業の方達でした。しかし近年の参議院選挙はお世辞にもそれまで全く政治とは縁がないとしか思えない候補ばかりが、名指しこそ避けますがただ有名というだけで元スポーツ選手などがスポーツの振興を掲げて取っ替え引っかえ出ているだけで、彼らが当選後に何か立派な政治的活動をしたとも思えません。スポーツの振興ったって、選手の身分でも十分出来るはずなのだし。

 しかも今回の谷選手に至ってはまだ現役の選手で、本人も次回のオリンピックで金メダルを取ると息巻いていますがそれならなおのこと政治活動なんかしないでトレーニングに従事するべきなのではないかと思えます。それと比べるなら自民党は、ただでさえ巨人ファンからも人気がなくて果たして花形候補となるか非常に疑問ですが、前巨人監督の堀内氏を擁立するようなので、まだこちらの方が引退した人間という事からマシなように見えます。

 あくまで私の所感ではありますが、どうも他の日本人もこうした有名人候補擁立に対して疑問を感じ初めているように思えます。先月にも自民党が「美人過ぎる市議」として有名となった藤川優里氏を擁立しようとした矢先に本人が先に辞退したと報じられましたが、この時の反応も一体自民党は何をやろうとしているのかという、冷めたような声ばかりだった気がします。
 それでも有名人候補がいないよりはマシと各政党選対は考えているのかもしれませんが、返ってこういった軟派な候補を出すくらいならこれまできちんと活動していたり実績のある地方議員などを擁立して前に押し出す政党の方を、少なくとも私は評価します。

 こう言いながらも、また広島県尾道市の衆院選でホリエモンが出馬したら、私も亀井静香憎さで多分ホリエモンに票を入れると思います。ホリエモンも決して好きな人間じゃないのですが。

2010年5月10日月曜日

大化の改新とは一体なんだったのか

 確実に証明できる範囲での日本史の始まりはいつからだというと、それは間違いなく壬申の乱後に皇位についた天武天皇の時代からです。事実この天武朝から「日本」という国号の使用、我が国初の貨幣の「富本銭」の発行、そして「天皇」という呼び名が使われるようになったといわれており、その後の系譜においても天武系が奈良時代では主要な皇族となるなど古代史、ひいては日本史全体に天武天皇が与えた影響は非常に大きいといえます。
 しかしこの天武天皇は確実に存在していてその施策などもはっきりしている一方で、有名なのにどうにもよく分からない存在、一体何がしたかったのかがはっきりしないのが天武天皇の兄の、中大兄皇子こと天智天皇です。

 中大兄皇子とくると、「おかしいですよ」の後には必ず「カテジナさん」とVガンダム好きなら続くように、日本史では大化の改新が基本的にセットで必ず付きまとってきます。この大家の改新ははっきりいってこれまでの日本史研究では日本書紀などできちんとかかれているのだからといってほぼ自明の事実として取り上げられて来ましたが、平成に入った辺りから天皇史研究のタブーが薄れてきたのもあって徐々にその内容に疑問符が出てくるようになりました。

 まず一般的に伝えられている大化の改新ですが、聖徳太子、推古天皇亡き後の大和朝廷では蘇我馬子に始まる蘇我氏が徐々に専横を振るうようになり、馬子の子である蘇我蝦夷とその息子の入鹿の代では聖徳太子の一族を滅ぼすなど天皇家すら脅かすようになり、これを憂えた中大兄皇子と中臣鎌足によって暗殺された(乙巳の変)とされています。

 しかし一つ一つ疑問を挙げると、まず第一に聖徳太子自体が本当に存在したのか怪しい存在です。私の友人などは、「十人の人間の訴えを聞き分けたとされる」という逸話から、当時の複数の人物を一つの人物としてまとめ上げられた存在なのではないかと言っていますが、私もこの説を採っていて、太子一族が蘇我氏に滅ぼされたというのはむしろ後付けで、蘇我氏が如何に悪者かということを宣伝するために作られた話ではないかと見ております。

 第二に、中大兄皇子と蘇我氏の政策的対立点が見当たらない事です。
 蘇我氏も中大兄皇子も、当時の豪族たちの連合政権だった大和朝廷を天皇を頂点とする中央集権体制に持って行こうと画策しており、目指すべき方向ははっきり言って全く同じものでした。しかも当時の天皇は中大兄皇子の母である皇極天皇で、何もいきなり暗殺を仕掛けるほど天皇家が危うい立場だったとは思えません。

 そして何よりおかしいのが、このクーデター劇の主導者である中大兄皇子がその後、頑なに天皇の地位に就任していない事です。大化の改新後は孝徳天皇を初め次々と天皇が就任する傍から変わって行き、最終的には適当な人間がいなくなる事態にまで陥っているにもかかわらず中大兄皇子は「称制」といって、実質天皇と変わらないのですが皇太子の立場で政治を運営しており、最終的にはポケモンの進化じゃないけど天智天皇になりますがその過程には怪しい紆余曲折があります。

 この天智天皇の行動については諸説あってWikipedia中でも一項が設けられていますが、やはり私が一番それらしいと思う説は彼の女癖です。なんでも近親相姦が割と盛んだった当時でもタブーであった実妹にも手を付けていたらしく、この妹の死後直後に天皇に就任していることから彼の女癖に対する周囲の批判から天皇になかなか就任できなかったという説があります。また天智天皇はその実妹との話の他に、元々弟の大海人皇子(天武天皇)の妻だった万葉歌人最高峰の額田王を無理矢理奪ったとも言われており、どうもこういうエピソードとかを聞いていると強引で、攻撃的な性格の持ち主というイメージが私の中では湧いて来ます。

 そんな天智天皇の性格を考えると、大化の改新自体が自分が政治の主導権を握るための、いわば天智側から蘇我家への一方的なクーデターだったのではないかとも思えますし、検証できるかどうかは別として、そのような考えから蘇我氏こそが本当の天皇(豪族立ちの首領)だったという「蘇我氏天皇論」というのもあります。
 こういったいろいろと怪しい所があることから、どうも私は日本書紀における天智天皇の記述も曖昧なものとなっているのではないかと思います。日本書紀はまさに天武天皇の正当性を強く出すために作られたような歴史書ですが、今回の大化の改新から壬申の乱のくだりまでがどうもちぐはぐな印象がぬぐえず、想像力を膨らませる内容となっております。

 もっとも天武天皇自体も天智天皇の息子の大友皇子を壬申の乱で破って皇位についているので、クーデターを起こしたという点では天智天皇と一緒です。むしろ逆に、クーデターを起こした事に正当性を持たせるために敢えて、「天智天皇はクーデターを起こして実験を得たからクーデターによってその子孫は追われたのだ」という筋書きにしたのかもしれませんが。

2010年5月8日土曜日

記憶に残る外国人野球選手

 ちょっと思うところがあるので、日本にやってきた外国人プロ野球選手の中から記録よりも記憶に残る選手をここで一部紹介しようと思います。因みに選ぶ範囲は私が知っている中なので、年代としては90年代から00年代が主で、紹介する情報は基本的にWikipediaからの引用です。

1、マイク・グリーンウェル(阪神)
 メジャーでも活躍した実績があるということで当時不振にあえいでいた阪神タイガースが破格の年俸にて契約したものの、シーズン前のキャンプ中に突然一時帰国し、チームに合流したのもシーズンも一ヶ月が過ぎた5/3でした。しかもその八日後の5/11には自打球で骨折し、これを「野球を辞めろとの神のお告げだ」として、なんとそのまま引退宣言を行うという問題児振りを見せ、十年以上経った今を以ってしても「最悪の外国人助っ人」とまで呼ばれております。

2、マイク・キンケード(阪神
 この人はほんの少し前(2004年)にいた人なので覚えている方もおられるかもしれませんが、2003年の阪神優勝時の功労者であるジョージ・アリアス選手に代わる後釜として阪神が獲得したもののわずか26試合の出場で退団となってしまいました。しかもその26試合でなんと12個もデットボールを受けており、当時は「当たり屋」とも言われ、あのまま行けばシーズン最多デットボール記録を間違いなく塗り替えられたでしょう。
 何気に上のグリーンウェル選手同様に名前が「マイク」で、阪神と「マイク」にはなにか良くないジンクスでもあるのかと疑いたくなります。

3、郭源治(中日)
 私が子供の頃によく遊んだファミコンゲームに「ファミリースタジアム」という野球ソフトがあり、友人らと遊ぶ中で人気のあった投手は「のも」こと野茂英雄選手と、「かく」ことこの郭源治選手でした。
 この郭選手は台湾出身の選手で、かっこいい容姿から女性からの人気も高い選手でした。よく日本にやって来る外国人スポーツ選手は主に行きつけの飲み屋の女性から日本語を学ぶために話し言葉が女性っぽくなると言われており、郭選手もそうであったかまではわかりませんしそれが悪いわけではないのですが、インタビューの際は女性っぽい優しい口調で話すことも彼の人気を大きく押し上げた要因となっていたようです。
 今思うと、ヨン様ブームの走りのような気もしないでもありません。

4、郭泰源(西武)
 もうひとりの「かく」こと、郭泰源選手も私の子供時代は人気投手でした。
 こっちの郭選手の何がすごいかって言うと、「オリエンタルエクスプレス」と称された最高時速156km/hの剛速球に加え、これまた異常に速度のある高速スライダーで、当時の動画を見ても惚れ惚れする投球振りです。

5、ダン・ミセリ(巨人)
 巨人がクローザーとして獲得したこのミセリ選手ですが、彼がマウンドに立った際の安心感は絶大でした、巨人ファン以外は。
 鳴り物入りで日本にやってきたもののオープン戦での成績はとても目も当てられず、開幕後も立ち直ることなくことごとく救援に失敗しては相手チームに勝利をもたらし、同点時には相手チームから「ミセリコール」が起こるほどでした。そのため一時期の防御率は天文学的数字にまで上り詰め、結局一ヶ月と経たずに退団する事になりましたが個人的にはパワプロに彼のデータが入っていなかったのが残念でした。

6、バルビーノ・ガルベス(巨人)
 恐らく私くらいの世代の人間であれば、ガルベスと聞けばパッと思い出すことが出来ると思います。
 このガルベス選手は巨人の外国人投手としては初めて開幕投手を務めたほど長くチームに貢献し、実力も最多勝を取るほどの折り紙つきでした。ただそういった成績面での彼の活躍よりも、苛立つと度々マウンドを蹴ったり、しょっちゅう乱闘を起こしたりするというプレイ外での彼の活躍の方が私の記憶に残っております。
 特に一番すごかったのはWikipedia中にも書かれている98年の阪神戦での乱闘で、判定に不服を持った審判目掛けてボールを投げつける(当たらなかったけど)という暴挙を行い、子供ながらに外国人は怒らせたら恐いと私の心に深く刻み込む事件となりました。

 先日に会った友人が、「夢の中でガルベスとキャッチボールをしてたんだけど」と言った事からこの記事を書こうと思ったのですが、いざ実際に書いてみるとなんか中途半端な文章になりやすく、短い紹介、批評文というのは以外に難しいものだということを痛感しました。またやる気があれば、続きを書くかもしれません。

若者と年長者の議論を見て

 一昨日のテレビ番組の話ですが、またNHKが一般パネリストを集めて若者についての討論番組をやっていました。主な議題は年長の世代から見て今の若者はどうしてこんなに元気がないのか、草食系なのかという内容で、案の定というか若者と年長世代とでお互い議論が平行線となることが多かったです。

 私はこの番組を七時半から八時過ぎにうちのお袋が「アンビリバボー」を見るまでほんの少ししか視聴していなかったのですが、見ていてちょっと面白かった議論で、どうして今の若者は定時になるとすぐに家に帰りたがるのか、飲み会などを嫌がるのかという年長世代からの質問に対して若者は、現代は競争が厳しくなって休める時間にしっかり休まなければならない、音楽やテレビといった自分の趣味を優先したいなどと回答があり、これについては年長世代の元銀行員の方も。自分たちの現役時より明らかに現代は忙しくなっているので最初の休みたいという理由には納得していました。

 しかしそれにしたって会社に残って残業をしたり、先輩の教えを請うことだってあってもいいじゃないかとある年長世代の方が言うと、若者側からは今は残業しようにも残業制限が掛けられていたりして、また先輩に教えを請おうとすると、そんな事も分からないのかと怒られたり、追い返されたりすると反論してきました。
 また番組内ではアンケート調査の結果を用いながら以前と比べて現代の若者は出世意欲が少なくなっていると紹介し、若者側は会社に尽くしたり出世したりするよりも個人の趣味を優先したいからだなどと理由を話していましたが、これについては私のほうから細くしておくと、今の時代は出世しても給料はほとんど上がらず、下手すりゃ残業代が加算されなくなって無制限に働かされるようになったり、果てには権限そのままで責任だけがでかくなるのを若者が見ているせいだと思います。実際に私が知っているある会社だと「担当部長」という職位があり、ある部署なんて部長以下全員が担当部長という笑える部署まであります。

 そんなこんだでテーマこそ面白いものの議論にどうも盛り上がりがないなぁと見ていたのですが、この定時で早く帰ろうとする若者の議論の最後の方にて、ある若者がこんなことを逆に年長世代に質問していました。

「逆に、どうして会社に遅くまで残ろうとするのですか?」

 この若者からの思わぬ質問に、呆気に取られたか年長側は一瞬の沈黙の後で一気に笑い出しました。
 結局この質問に対して年長者側からは具体的な回答はありませんでしたが、物は確かに考えてみるもので、若者の側からすると現代の年長者は何かと会社に遅くまで残ろうとするように映るのかもしれません。主にフェミニストなどから一時期、日本の男性は高度経済成長期に仕事にばかりかまけて家庭を省みず、会社にしか居場所がないなどと言っては育児や家族サービスに参加するべきだなどと主張されてましたが、なんかこのやり取りを見て唐突に思い出しました。

2010年5月7日金曜日

普天間基地移設問題の雑感

 多分期待されている方もいるんじゃないかと思うので、今盛り上がっているこの沖縄普天間基地移設問題について私の見方を今日は紹介します。

 そもそもなんで政治系ブログなのにこれまで全くこの問題を取り上げなかったのかというと、私自身がこの沖縄問題とその歴史についてこれまであまり勉強した事がなく、国防にも関わる事から中途半端な知識で書くべき内容ではないと考えていたからです。かといって他に取り上げる話題も充分に勉強しているわけじゃないのですが、大分進展もしてきているのでちょこっと書くくらいなら問題はないかと思って今日は書くことに決めました。

 まず結論から言うと、ここまで民主党の対応が悪いとは私も思いませんでした。この問題の最前線に立っている岡田克也外務大臣が一部の雑誌メディアにはすでに話していますが、岡田外相は当初から現行案であったキャンプ・シュワブへの移設が最も望ましいと考えていたものの鳩山首相が腹案があるからといってこの案は採用されず、では一体どんな腹案なのかと思っていたら初めから鳩山首相は何も持っていなかったそうなのです。私はてっきり今日の鹿児島県徳之島の三人の町長との会談の際にもまた、「腹案があるよ(・∀・)」とでも言うのかと思っていましたが、さすがに事態がここまで来ると初めから実態のなかった「腹案」という言葉も出てこなくなってきたようです。

 そもそもなんで鳩山首相は県外移設にこだわったのかと言えば、突き詰めて言うと私はマニフェストにそう書いてしまったからだと見ております。私自身、というより各種世論調査を見ているとその他大勢の方も初めから民主党のマニフェストには期待しておらず、子供手当てを初めとしてどちらかと言えば実行に反対という意見の方が多かったように思えます。ひとえに民主党が選挙で勝ったのは自民党への不信からで、国民としては旧来の構造から脱却、あとできれば年金などといった社会保障の改革さえしてくれればいいと考えていたとと、去年の衆議院選挙の民主党の大勝を私は分析しました。

 しかし民主党としては、どうも支持率を維持するためにはマニフェストの完遂がどうしても必要と思ったのか、高速道路無料化は小沢氏の鶴の一声で見送りとなったものの、それ以外の政策についてはそれこそ財源の目処もないのに強行に実行しようとする節があります。今回の普天間問題も同じような傾向が見られ、マニフェストに県外移設と書いたという理由だけでどうも推し進めようとしている節があります。
 これは言い換えるなら、なにかほかに必然とさせる理由をもたずに県外移設をしようとしているという風に考える事が出来ます。

 確かに沖縄の基地負担を軽減しようとするという考えなどはあるかもしれませんが、その分どこがかわりに負担できそうなのか、また国防上どこに移設するのがベストなのか、そういった問題決定をする上での哲学は民主党には何もないように思えます。それがゆえに沖縄から近いという理由だけで、今回のように根回しも全くないまま徳之島移設案を唐突に打ち出してきたのでしょう。

 私の友人なんかはこの際だから米軍の完全撤退も視野に入れて議論すべきだと主張していますが、それならそれで現代において領土に対しややいびつな価値観を持つ中国と本気でやりあう覚悟が必要になってきます。
 私としては米軍基地を動かすのは難しいとした上で、沖縄の負担を減らすのに何が一番いいかといえば日米地位協定の更なる改定を求める事だったのではないかと思います。それこそ基地外での犯罪についてはすべて日本国法で裁き、証拠が揃っているのであれば身柄引き渡しは必ず行わなければならないなどとより厳しく定めるなど、こういったところで日米双方の不信を取り除くように動くのがまず先だったのではないかという気がします。

 最後にこの問題で気になっていることとして、日本政治における最大のタブーとされる沖縄利権は今回の騒動で何かしら影響を受けるかどうかです。民主党がこの利権に切り込みを入れようとしているのか、はたまた乗っかろうとしているのか、ちょっと現段階では見えにくいので誰か分かる人がいたらコメントに書いてください。

2010年5月6日木曜日

ネット左翼は何故いないのか?

 もう最近だとあまり言われなくなって死語となりつつありますが、ネット上では「ネット右翼」といって、一般に右系とされる意見や主張を強く主張する集団、もしくは傾向があるとかねてから言われております。

 このネット右翼という言葉が初めて大きく取り上げられたのは今を遡ること六年前の2004年に起きたイラクでの日本人人質事件で、この時人質となった三名の方は最終的には解放されて無事に日本に帰国する事が出来たのですが、この事件の発生当時、外務省が戦争による治安の悪化から渡航禁止を呼びかけていたにもかかわらずわざわざイラクに行って誘拐されたとして、ネット上ではこの三名の方が人質となったのは自業自得だという意見が支配的と言っていいほど主張されていました。
 この時に出た意見というのがこれまた最近めっきり使われなくなった「自己責任論」なのですが、この自己責任という言葉をめくって新聞やテレビといった大メディアの意見とネット上の意見が激しく対立し、大メディア側が、「ネット上には一部、右系の思想が強い集団がいる」と述べたことから、そのようなネット上の右系思想集団の事を「ネット右翼」と呼ぶようになりました。

 折も折で小泉元首相の靖国参拝についてもあれこれ意見が交わされていたことで当時は盛んに議論されていましたが、最近だと何が右で何が左なのか、対立点が分かり辛くなっている事からあまり使われなくなっているように思えます。この辺については私が以前に書いた、「「右翼」、「左翼」という言葉の問題性」に詳しく書いております。

 ただ「ネット右翼」という言葉が使われなくなったとはいえ、今でも右系(とされる)意見や主張をすれば好意的に受け止められ、左系(とされる)意見を言えば叩かれるという傾向はブログなりホームページの運営者ならば多かれ少なかれ認識しているかと思います。私のこの「陽月秘話」なんて小さいものですから反発こそ少ないものの、大きいブログだったらたとえどのような理由だとしても外国人参政権に一言でも賛成と言おうものならば激しく批判されるのは目に見えているでしょう。

 ここで今日の本題ですが、一体何故「ネット右翼」という言葉はあっても「ネット左翼」という言葉はないのでしょうか。仮に現実世界も右系の世論一色であるのならば理解できますが、現実にはネット右翼に激しく糾弾される朝日新聞の熱心な購読者や左翼政党もまだ存在しており、ネット右翼ほど強烈でなくともネット上に左翼的な意見を持つ集団がいてもおかしくはないように思えます。

 考え方はいろいろとありますが、ネット左翼が存在しない理由として私が持っている見識としては、わざわざネットで主張しなくとも他のメディアで誰かが意見を言ってくれるため、だからではないかと見ております。
 今一番ホットな話題でもあるので左翼的だとネット上でよく言われる外国人参政権を例に取ると、産経新聞なんかは割と強く参政権付与に反対という主張を打ち出していますが、それ以外の大新聞だと、「国際化に遅れる」、「優秀な外国人がやってこないなど」と言っては賛成を主張するか、読者の反発を恐れて賛成反対双方の意見を軽く載せて中立を装うかのどちらかです。テレビの意見も大体は同様で、関西の「たかじんのそこまで言って委員会」とかならともかく、全体的には賛成派の知識人らを招いてそっちの方で意見をまとめようとします。

 仮に自分が賛成派の立場であるならば、大メディアの主張が自分の意見と同じだと感じれば大きな安心感を得られて、殊更に自分でも何か主張しようという気は起きなくなります。逆に自分が反対派の立場であるならば、どうして自分の意見を大メディアは取り上げないのか、大メディアは自分の持っている意見や知識を知らないのではないかという風に覚え、何でもいいから主張したり伝えようという風に感じるのではないかと思います。
 またもう少し卑近な例で説明すると、自分が不味いと思う料理を周囲の人も不味いと言うのであればあまり気にしないものの、周りはそれほど不味くないと言うのであればどれだけその料理が不味いのかをやけに熱心に説明しようとはならないでしょうか。

 要はこのような感じで、公の意見とは別の意見を持つ者ほど自分の意見を強く主張したがるため、匿名性の強いネット上にて右系の意見が強くなるのではないかと私は思います。この場合、公の意見というのは多数派とかそういったものではなく、やはりテレビや新聞といった影響力の強い大メディアの意見のことを指しております。大メディアの意見が左系の物が多いかどうかまではわかりませんが、少なくともネット上の意見は大メディアに対して批判的なものが多いというのは間違いない気がします。

 勘のいい人ならもうわかるでしょうが、私はネット右翼と呼ばれる集団は基本的に何か特定の思想に偏った集団ではないと考えております。ただ単にネット上の意見は宿命的に大メディアの意見と対立するものであって、ネット上の人間、もしくはネット人口が多い若者が右系(とされる)思想に偏りつつあるというのは間違いじゃないかという風に思います。

 もう少し話は広げられますが、気絶しそうなほどに頭痛がひどいので今日はここまでです。校正も無理だ……。

2010年5月5日水曜日

戦前の日本人の天皇観について

 本当かどうかは知りませんが、太平洋戦争中、捕虜となった日本兵をからかってやろうとアメリカ兵がこんな事を言ったそうです。

米兵「お前ら、ダーウィンの進化論ってのを知っているか? ダーウィンによるとお前らが神様と崇めている天皇もサルから進化したんだってよ( ゚∀゚)」
日本兵「それくらい知ってるよ。で、それがどうかしたの?(・д・` )」
米兵「あれっ?( ゚д゚)」

 恐らく米兵としては、日本人が神様、もしくは神様の子孫と崇めている対象が下等生物とみなしているサルから進化したのだと言われると、日本人は馬鹿にされてカチンと来るか相当なショックを受けるだろうと考えていたのだと思います。しかし言われた日本人はそんな当たり前のことを何を今更といった様に受け取った、というのがこのお話ですが、多分実際に会話があったとしてもこういうことになったんじゃないかと私も思います。

 戦前、日本は極端な皇民化教育が行われてそれまでの日本史上においても極めて高いレベルにまで天皇の神格化もはかられていましたが、私は終戦後のマッカーサーを初めとしたGHQによる大転換があれほどスムーズに行われたことを考えると、口では激しく天皇の神性を述べながらも、日本人は内心では天皇も自分たちと同じ人間だと認識していたように思えます。一時期に外国人からよく日本人のわからないところとして、口で言っていることと心に思っていることが一致していないというものがありましたが、私は戦前の天皇観も日本人お得意の本音と建前がきちんと分けられていたのではないかと考えています。

 このような日本人の面従腹背というような態度は日本に限らず中国などといった東アジア圏ではよく見られますが、欧米人からしたらなかなかに理解できない態度なのかもしれません。またそもそもアメリカでは今に至るまでダーウィンの進化論に懐疑的で、公教育で教えるべきかどうかについて激しく議論されるほどだそうです。

 話は戻り戦前の日本人の天皇観ですが、私は現代で一般的に思われている以上に当時の日本人はクールに捉えていたように思えます。また天皇制を熱烈に信奉していたとされる旧陸軍幹部や右翼活動家らも、実際には天皇制を最も軽視していたのではないかと思われる節があります。

 最近は右翼活動をしても寄付金が集まらなくなって街宣車なども見なくなるほど右翼活動家もなりを潜めるようになったため、こうした戦時の歴史についてもかなりきわどい所まで調べる事が出来るようになりましたが、最近の研究だと天皇制を最も信奉して忠実であったと思われていた陸軍がどのように天皇制を見ていたかについて徐々に明らかになってきました。

 結論から言うと陸軍は戦時中、天皇制の維持以上に陸軍という組織の維持に腐心していた節があり、昭和天皇がもし独断で終戦工作に動こうものなら無理矢理取り除いて天皇の弟(第一候補は秩父宮)の中から新たに天皇を立ててでも戦争を継続しようという、なんというか本末転倒のような計画までも持っていたそうです。
 こうした状況である事は昭和天皇を含め天皇の周りにいる侍従らも理解しており、迂闊に終戦工作を行おうものならクーデターを起こされるとの認識があり、あの鈴木貫太郎内閣の御前会議へとつながったのかと思います。

 なお余談ですが、戦後初めて自民党を下野させる事に成功した細川護煕元首相の父親である細川護貞氏はまさにこの戦時中に昭和天皇の侍従を務めており、当時の状況を「細川日記」にて詳細に記しております。その日記によると、悪化する戦局にも関わらず依然と戦争を継続しようとする東条英機に対し、「もはや東条を刺殺するより他がない」と言ったものの同じ侍従の木戸幸一に滅多な事を言うなと口止めされ、部屋を出た途端に足ががくがくと震えてきたと記しております。
 更についでに書くと、息子の護煕氏が総理就任時にインタビューを求められ、「息子は飽きっぽい性格だから長続きしないだろう」と述べているあたり、観察眼のある人だったのだろうという気がします。

2010年5月4日火曜日

中国人が意外にはまっている日本文化

 上海万博が始まったことからこのGW中のトップニュースはそれこそ中国一色でしたが、その中でも万博開始前に上海市政府が住民に対し、「パジャマで外を出歩くな」という呼びかけなどといった紹介をよく見たように思えます。これなんて私も今まで知らなかったのですが、なんでも中国ではパジャマは富の象徴でよくパジャマを着たまま外に出歩いたり買い物をしたりする人が多かったそうなのです。言われてみると、そんな格好をしたような人が朝方なんてよくいたような気がします。

 このパジャマの例を筆頭に、近いのに、いや逆に近いがゆえに日中ではお互いの文化や生活習慣について意外に知られていない内容が数多くあります。ご多分に漏れず私も決して中国の生活習慣などについて詳しいというわけじゃないのですが、中国の若者が日本に対してどのように考えているか、または日本の文化をどれほど知っているかについて、日本人は知らずに損しているなと思う事が多くあります。そこで今日は幾つか、といっても私の中国人の知り合いから得た日本への見方について紹介しようと思います。

1、熱血高校
 ある日私の中国人の友人と一緒に歩きながらゲームの話をしていると、「熱血高校って知ってる?」と唐突に聞かれました。最初は何のことだか分からなかったのですが詳しく話を聞いてみると、どうやらかつてテクノスという会社から出ていた「熱血高校くにおくんシリーズ」というゲームのことを言っているのだとわかりました。

 このゲームは私くらいの世代なら何かしら触れた事のある、ファミコンからスーパーファミコン時代における代表的なパーティーゲームのシリーズです。あいにくこのゲームを作っていたテクノスが倒産した事から続編が作られなくなってしまったのですが、仁義ある不良のくにおくんがいろんな人の求めに応じて他校の友人(元ライバル)の彼女を救いに殴りこみに行ったり、ドッヂボールで戦ったり、果てには時代劇で空中電気あんまを披露したりなどと、下手したら今の最新のゲームなんかよりずっと自由度の高いゲームでした。
 その友人は子供の頃、この熱血高校シリーズを友人同士でやっては楽しく遊んでいたそうです。まさかこんなゲームを日中で共有していたとは思いもせず、妙なショックを受けました。

2、スラムダンク
 さすがに今の中高生くらいだとちょっと知名度が落ちてくるかもしれませんが、現在「バガボンド」を連載中の井上雄彦氏がジャンプ黄金期に連載した「スラムダンク」という漫画は、今に至るまでの日本におけるバスケットボールの地位や人気へと大きく押し上げる原動力となったと間違いないでしょう。最近少し思うところがあってこのスラムダンクを読み返しており、連載当時に私は小学生だったのですが、そこそこ年のいったこの年齢で改めて読んでみると小学生時代とはまた違った視点で読め、実に良く出来た漫画だと再認識をしております。「バガボンド」はそんなに好きじゃないんだけど。

 それでこのスラムダンク、恐らく日本以上に中国では大きな影響力を持っているのではないかと私見ながらに思っております。なんでも例の私の中国人の友人に聞くと、中国でもこのスラムダンクは大ヒットしてバスケットボールを始める中高生が続出したそうで、実際にその後中国ではアメリカのNBAでも活躍する選手を輩出するほどバスケットボール熱は高まり、今でもこのスラムダンクは中国では経典の如く扱いを受けているそうです。

3、浜崎あゆみ
 日本では往年ほどの勢いはなくなっている歌手の浜崎あゆみですが、さすがに今はどうなっているかまでは分かりませんが、ちょっと前までは中国人も非常に愛好しておりました。今回の万博直前の岡本麻夜の音楽パクリ騒動といい、日本のアーティストは中国でも全般的に受けがよく、私の留学時代などはよく街中でKiroroの曲を耳にしておりました。
 ただ浜崎あゆみが中国で権威を持つのは彼女の曲が中国人に受けるからというだけでなく、彼女流のメイクが中国の都市部の若者に非常に受けがいいという理由も大きく絡んでおります。私なんかは彼女のメイク方はちょっとけばく思えてそんなに好きではないのですが、件の友人に言わせると浜崎流の日本人女性のメイクは世界一だなどと聞いててこそばゆくなるほど誉めておりました。

4、村上春樹
 これは中国に限るわけじゃないのですが、村上春樹の小説はかねてより中国でも高く認知されております。この前に出版された「1Q84」も相当売れたそうですが、私が留学した頃は「海辺のカフカ」が大ブレイク中で街の至る本屋どこでも平積みにされていたほどでした。また例によって、私はそんなに好きじゃないんだけど。

2010年5月3日月曜日

何故マルクスの予言は外れたのか

 マルクスと言えば社会主義思想を現代に伝わる形に完成させた偉大な大家で、社会主義国の大半が滅んだ今に至ってもなお思想界、経済界に大きな影響力を残している人物であると評価されています。もちろん中には彼の思想や予言は結局は大はずれで、彼が述べたのとは逆にソ連が崩壊するなど社会主義が滅んで資本主義が勝ったではないかと言われる方もいるかと思います。

 実際に私もかつてのソ連や東ドイツ、そしてお隣の北朝鮮や中国のかつてのお国事情、それこそ私が連載して解説した中国の文化大革命などを見るとやはり社会主義というのは人間の意欲というものを完全に無視した欠陥のあるシステムだったと思え、現在に至るまでその考えは間違ってはいないと信じております。だからと言ってマルクスが夢想者であったと見るのではなく、彼の社会主義に対する価値観やそれとは離れて倫理学で語られる、こちらもかつて私も記事にした「疎外論」など、その思想や考え方は当時においても超一流で社会主義が滅んだからと言ってもう学ばなくていいというような対象ではないと評価しております。

 そんなわけで短い時期で、しかもかなり中途半端に社会主義思想、マルクス経済などを適当に学んだ事のある私なのですが、まず彼の理論は古典派の資本主義経済には欠陥があるというところからスタートします。結構面倒くさい理論や現象などを駆使してマルクスはこの資本主義の欠陥を自身の著作において証明しようと作業しているのですが、簡単に結論を述べると運用できる資産を保有する上位、中産階級と、資産を持たないで自身の労働によって賃金を得る労働者階級の収入や生活待遇の差というのは資本主義社会においてはどんどんと二極分離する、つまり富む者はますます富んで、貧しいものはどんどんと貧しくなっていくとしております。

 これは労働者階級にとってすればいわば負の連鎖で、この連鎖から抜け出すために社会主義社会の実現が必要だという風に続いていくのですが、皮肉な事にこのスタート地点からしてマルクスは間違っていたと現代では評される事が多いです。一体どのように間違えているのかと言うと、日本やアメリカといった国を始めとして1900年代の中盤から後半にかけて資本主義側諸国ではケインズに始まる統制経済の概念が強まり、経済全体が大きくなるに伴って労働者階級の属する下位層の生活も、「一家に一代の自家用車」に代表される言葉の通りに底上げされていき、マルクスが予言したようにどんどんと貧しくなる事はありませんでした。

 資本主義側はマルクスのいた時代に対して資本主義も進化したのだと自分たちの勝利を誇りましたが、このマルクスの予言がはずれたことについて、これまた以前にも取り上げた堺屋太一氏が面白い事を述べていたので簡単に紹介します。

 堺屋氏は、マルクスの考えだと貧富の差がどんどんと広がっていくであろう資本主義社会で何故下位層が減少して中間層が拡大していったのかと言うと、石油や鉄といった資源が非常に安価で豊富な時代だったからだと述べています。もう少し具体的に説明すると、二次大戦後は技術の発達に伴って石油や鉄などといった主だった資源の発掘が急激に進み、これら資源の価格が今から考えると驚くべき価格にまで低下しました。実際に石油は一時期のアメリカだと1リットル当たり水道代より安くあった時代もあり、事実上使い放題だったようです。

 堺屋氏はこの点に注目し、本来であればマルクスの主張通りに資本主義社会では貧富の差が拡大するはずだったものの、こういった資源が二次大戦後は安価で大量に使用できたことで下位層の底上げも達成する事が出来た。逆に言えば、中国やインドを初めとした大量の人口を抱える発展途上国が台頭して資源価格が徐々に高等してきた現代に至っては、マルクスの予言通りに貧富の差が拡大する可能性が高いと述べています。

 資源については枯渇しないまでも、産出量が減るだけでも発掘コストは跳ね上がるのでこの堺屋氏の主張も決して無理な意見ではないように思えます。最近の日本は格差社会になってきたということで一時マルクスの復権だなどとマルクス経済学者を中心に主張されましたが、彼らの意見を聞いているとただ単に格差とマルクスを繋げているだけでどうにも脈絡のなさを感じずにはいられませんでした。しかしこの資源価格に注目した堺屋氏の意見には私も同感する所があり、今後世界は資源争奪戦となると各所で予想されている事からしても、心にとどめておくべき意見だと思います。
何故マルクスの予言は外れたのか

 マルクスと言えば社会主義思想を現代に伝わる形に完成させた偉大な大家で、社会主義国の大半が滅んだ今に至ってもなお思想界、経済界に大きな影響力を残している人物であると評価されています。もちろん中には彼の思想や予言は結局は大はずれで、彼が述べたのとは逆にソ連が崩壊するなど社会主義が滅んで資本主義が勝ったではないかと言われる方もいるかと思います。

 実際に私もかつてのソ連や東ドイツ、そしてお隣の北朝鮮や中国のかつてのお国事情、それこそ私が連載して解説した中国の文化大革命などを見るとやはり社会主義というのは人間の意欲というものを完全に無視した欠陥のあるシステムだったと思え、現在に至るまでその考えは間違ってはいないと信じております。だからと言ってマルクスが夢想者であったと見るのではなく、彼の社会主義に対する価値観やそれとは離れて倫理学で語られる、こちらもかつて私も記事にした「疎外論」など、その思想や考え方は当時においても超一流で社会主義が滅んだからと言ってもう学ばなくていいというような対象ではないと評価しております。

 そんなわけで短い時期で、しかもかなり中途半端に社会主義思想、マルクス経済などを適当に学んだ事のある私なのですが、まず彼の理論は古典派の資本主義経済には欠陥があるというところからスタートします。結構面倒くさい理論や現象などを駆使してマルクスはこの資本主義の欠陥を自身の著作において証明しようと作業しているのですが、簡単に結論を述べると運用できる資産を保有する上位、中産階級と、資産を持たないで自身の労働によって賃金を得る労働者階級の収入や生活待遇の差というのは資本主義社会においてはどんどんと二極分離する、つまり富む者はますます富んで、貧しいものはどんどんと貧しくなっていくとしております。

 これは労働者階級にとってすればいわば負の連鎖で、この連鎖から抜け出すために社会主義社会の実現が必要だという風に続いていくのですが、皮肉な事にこのスタート地点からしてマルクスは間違っていたと現代では評される事が多いです。一体どのように間違えているのかと言うと、日本やアメリカといった国を始めとして1900年代の中盤から後半にかけて資本主義側諸国ではケインズに始まる統制経済の概念が強まり、経済全体が大きくなるに伴って労働者階級の属する下位層の生活も、「一家に一代の自家用車」に代表される言葉の通りに底上げされていき、マルクスが予言したようにどんどんと貧しくなる事はありませんでした。

 資本主義側はマルクスのいた時代に対して資本主義も進化したのだと自分たちの勝利を誇りましたが、このマルクスの予言がはずれたことについて、これまた以前にも取り上げた堺屋太一氏が面白い事を述べていたので簡単に紹介します。

 堺屋氏は、マルクスの考えだと貧富の差がどんどんと広がっていくであろう資本主義社会で何故下位層が減少して中間層が拡大していったのかと言うと、石油や鉄といった資源が非常に安価で豊富な時代だったからだと述べています。もう少し具体的に説明すると、二次大戦後は技術の発達に伴って石油や鉄などといった主だった資源の発掘が急激に進み、これら資源の価格が今から考えると驚くべき価格にまで低下しました。実際に石油は一時期のアメリカだと1リットル当たり水道代より安くあった時代もあり、事実上使い放題だったようです。

 堺屋氏はこの点に注目し、本来であればマルクスの主張通りに資本主義社会では貧富の差が拡大するはずだったものの、こういった資源が二次大戦後は安価で大量に使用できたことで下位層の底上げも達成する事が出来た。逆に言えば、中国やインドを初めとした大量の人口を抱える発展途上国が台頭して資源価格が徐々に高等してきた現代に至っては、マルクスの予言通りに貧富の差が拡大する可能性が高いと述べています。

 資源については枯渇しないまでも、産出量が減るだけでも発掘コストは跳ね上がるのでこの堺屋氏の主張も決して無理な意見ではないように思えます。最近の日本は格差社会になってきたということで一時マルクスの復権だなどとマルクス経済学者を中心に主張されましたが、彼らの意見を聞いているとただ単に格差とマルクスを繋げているだけでどうにも脈絡のなさを感じずにはいられませんでした。しかしこの資源価格に注目した堺屋氏の意見には私も同感する所があり、今後世界は資源争奪戦となると各所で予想されている事からしても、心にとどめておくべき意見だと思います。

2010年5月2日日曜日

反逆の儒学

 一昨日は飲み会、昨日は午前に風呂屋に行って半日眠り、FFタクティクスをやっていたので更新が滞っておりました。それにしても、寝ようと思えば半日寝られるようになった自分がこのところすごいと思う。

 そんな言い訳はどうでもいいとして今日の本題に移ります。
 一般に儒学と言うと日本人にとってすれば江戸時代の学問で、主君に対して何が何でも忠孝を尽くすべきだと教えるような学問だと捉えられがちですが、結論から言うとこれは儒学は儒学でも朱子学という一派の考え方で、必ずしも儒学全体の価値観ではありません。では本来の儒学は一体どんな事を教えているのかと言えば、学派によっていろいろ違いますが原典である孔子の論語を紐解いてみると、確かに「忠」、「孝」の重要性は強く説かれているものの、それ以上に「仁」や「義」の重要性との比較も行われていて必ずしもそんな事は述べられておりません。

 では具体的に孔子はどのようにこの辺のことについて書いてあるのかというと、さすがに論語のどの編に書かれてあるかまではいちいち覚えていませんが、まず主君に対して心から仕える重要性は全体を通して貫かれているのですが、そんな中でこんな一遍があります。

「もしお前(弟子)が仕えた君主が仁の道に背く者であれば、直ちにその主君に暇乞いして離れなさい」

 簡単に言い換えると、誰かに仕官が出来たとしてもその主君が暗愚、もしくは冷酷な人間だと分かったら決して与してはならず、その人物の元を辞去しなさいと孔子は述べております。
 この編に限らなくとも孔子は論語の中で一貫として理想の統治者(君子)に近い人物には持てる力を尽くして協力して、逆に道に背くものには殺せとまでは言いませんが、いくら生活のためだとしても与せず、またそうした人物を遠ざけて逆に社会に有意義な人物を取り立ててくべきだと強く主張されています。

 私が最初に論語を読んだ時、孔子というのはこうも砕けた考え方をしていたのかとちょっと驚きました。それこそ最初は朱子学のようにたとえ主君が暗愚だと分かっていながらも精一杯に忠義を貫くべきだという風に書かれているのかと思っており、まともな人じゃなければ仕えちゃ駄目だよといっているようなこの部分を読んで考え方を改めさせられました。

 この辺について私の恩師(中国古典が専門)に詳しく話を聞いてみたところ、何でも朱子学というのは儒学の中でも極左派とも言うべき極端な学派で本国中国では創始者の朱熹が亡くなった後は割と廃れていったのに対し、何故か遠く離れた朝鮮半島と日本に渡るとメジャーな一派となっていったそうなのです。
 確かにそういわれてみると、論語に書かれている内容と朱子学の概念というのはどうにも距離があるように私にも思えてきました。それとともに、日本で儒学というとどうにも古い価値概念のように捉われがちですが、改めて原典から発掘していく価値があるのではないかと思うようになって、その後現在に至るまで論語は繰り返し読み続けております。

 ちなみに日本に渡ってそこそこ広まった別の儒学の学派に陽明学というのもあります。これは王陽明に始まる学派で物凄く簡単に一言で言い表すなら、「あれこれ考えてる暇があったら、行動してなんぼでしょ」と言わんばかりの、実践第一を旨とする学問です。そのせいかこの陽明学を信奉していた江戸時代の人物を並び立てると、

・大塩平八郎
・佐久間象山
・吉田松陰
・高杉晋作
・西郷隆盛
・河井継之助


 と、見るからに喧嘩っ早そうで、実際に革命なり反乱を起した人物が見事に並んできます。こうしてみると思想がどれだけ人間に影響を与えるのかがよくわかるのですが、今日のお題ともなっている反逆の儒学を信奉している私はどうなるのか、上記の陽明学徒同様に目上の人間を見限ることが早い人間になるのではないかと早くも心配です。