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2008年9月22日月曜日

文化大革命とは~その五、毛沢東思想~

 今回は本筋の話から少し外れて毛沢東思想、通称マオイズムについて解説しようと思います。本当はこの辺りの解説は最後まで連載を終わらせてから追記のような形で書こうと思っていたのですが、これから本格的に文化大革命の経過について解説するにはやはり最初に説明していたほうがよいだろうと判断し、こうして書くことを決めました。

 最初に言っておきますが、私はこの毛沢東思想については専門的に勉強したことはありません。毛沢東語録も読んだことはありませんし、何かしら取り上げる授業すら受けたこともありません。いいわけじみたことを言いますが、恐らく日本で毛沢東思想の教育なんてする場所なんてまずありませんし、解説する人も少ないと思います。そんなのしてたら変な人みたいに思われるし。
 なので、今回書く話は正当な解釈ではなくあくまで私の解釈と前提してください。私が聞く限り、理解する限りの毛沢東思想なので、くれぐれも他人にこの情報を分ける場合は最初に今の注意を行ってから伝えてください。それなら最初からいい加減なことを書かなければいいじゃないかという人もおられるかもしれませんが、自分の理解を確かめる、まとめるという意味で本音では書いてみたいというのが素直な気持ちなので、どうかご勘弁ください。

 さてそれでは早速本解説に移りますが、まず基本的に毛沢東は反骨の士でした。これはどの評論家からも、この文革の時代を生きた人間の目にも共通した認識です。とにかく何かあったら何でもいいから反抗したい、まるで反抗期の中学生がそのまま大人になったような人間でした。

 特に彼が生涯強く反抗し続けた代表的な対象というのが、知識人でした。これは彼の学歴コンプレックスが影響しているといわれており、なんか今詳しく確認できないのですが、毛沢東は若い頃に北京にて滞在した際にどうもどっかの大学(確か北京大学)の入学試験の面接に受からなかったそうなのです。かといって全く勉強ができなかったというわけではなく、読書量や詩の創作技術では歴代中国君主の中でもトップクラスと、「中国の大盗賊」という本の著者で中国研究家の高島俊夫氏は評しております。
 できたばかりの中国共産党に入党した後も、当初の指導部はソ連からの留学帰国組によって幹部席が占められたのを恨めしく思ってたらしく、抗日戦争の最中に自分が主導権を握ってくると、最終的に周恩来を除いて留学組をほぼすべて指導部から追い出しております。ちなみに周恩来は言い方は悪いですが、毎回絶妙のところで味方を裏切り毛沢東に従っております。だから長生きしたんだけどね。

 このように、毛沢東は徹底的に知識人を否定し、それが毛沢東思想の大綱となっている「実事求是」につながっています。この実事求是というのは、「現実から理論を作れ」という意味で、机上で理論を組み立てても現実には適用できない理論が出来上がるので、それよりも実際に自ら農場や工場で働いて物事の実感を積んで正しい理論を作るべきだという主張で、大学等にいる知識人は手を動かさないで労働者をこき使っているから悪だと、文革時に効力を発揮した大綱です。

 私の解釈だと、毛沢東は個人的な感情で知識人の締め出しを行ったのでしょうが、この主張を正当化した言い訳というのはいくつかあり、まず一つは先ほども言ったとおりに手を動かさずに頭だけ働かすというのは現実から乖離した理論を作ってしまい誤りを犯すというもので、もう一つがこの次に説明する永久革命の必要性からだと考えています。

 この「永久革命」という考え方が、ある意味毛沢東思想の最も危険な箇所です。毛沢東は生前にも前漢の劉邦や明の朱元璋といった、一農民という出身から才気一つで中国を支配した君主を誉めそやしており、世の中というのは常に古い既成概念に対して新しい改革的思想が打ち破ることによって徐々によくなるというようなことを主張していました。この概念を応用し毛沢東は、知識人というのは基本的に既成概念を守る保守主義者であって、新たな時代を作るのはかえって古い既成概念に染まっていない無学の意欲ある徒、つまり農民であると説明したのです。なので、劉邦や朱元璋が天下を取ったのは自明であるとまで説いたのです。

 この考え方を毛沢東はさらにさらに援用し、共産主義思想では労働者VS資本家という二項対立の構図で物をすべて考えますが、これを農民VS知識人にすげ替え、労働者が資本家を打ち倒すことで理想の共産社会(ユートピア)が達成されるという理論を先ほどの劉邦、朱元璋の例を持ち出してやはり正しいのだと証明された……的なことを言っているのだと私は思います。正直、この辺は書いてて結構きわどいのですけど。

 なので、世の中というのはザリガニの脱皮みたく農民(労働者)による革命を繰り返すごとにどんどんよくなるという、「永久革命」を維持することが社会の発展につながると主張したのです。通常の共産主義思想でも確かに「労働者による社会主義革命」の必要性が強く叫ばれていますが、基本的に革命が成功した後はもうそれで万々歳、後は他の国へも革命を支援せよ言っているくらいで、「革命で作ったものをまた新たな革命でぶっ潰せ!」みたいなこの毛沢東思想ほど過激ではありません。

 こうして自分で書いててなんですけど、一見、筋は通っているように見えないこともありません。とまぁこんな具合に毛沢東は教育をあまり受けていない農民や中高生のやろうとしていること、考えていることの方が下手な知識人、果てには既に教育を受けてしまった大人より正しいのだと後押ししたのです。その結果が、次に詳しく説明する紅衛兵などの悲劇歴史を生んでしまうのです。ちなみにこういった考えは、今のフランスの教育制度における積極的自由論にもなんだか近い気がします。シュルレアリスムとでも言うべきか。

 ここで終わるとまるで毛沢東思想の礼賛者っぽくみられそうなので最後にケチをいくつかつけておきますが、私に言わせると毛沢東の思想の最大の欠陥は劉邦と朱元璋を過大に見たという点にあると思います。朱元璋はあまり詳しくありませんが、劉邦の場合は確かに彼自身は特に教育を受けたわけじゃなく無学でありましたが、彼の傍には軍師の張良や策士家と呼ばれた陳平、そして国士無双と謳われた韓信が控えておりました。また三国時代の劉備もまた農民出身ではありましたが、諸葛亮や法正といった知識人を保護し、活用しております。このように、知識人というのは確かにそれだけだと古今東西の官僚制度のように腐敗する恐れもありますが、全くいないというのもまた問題なのです。この知識人の軽視がこの思想の欠陥、ひいては文化大革命やカンボジアのポルポト派による虐殺という悲劇を引き起こしてしまったのだと、私は解釈しております。

 さて、次回からいよいよ文革の本番だ(*゚∀゚)=3

3 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

毎日更新、お疲れ様です。
やはり毛は第二次大戦まではヒーローででそれ以降は・・・ですね。

花園祐 さんのコメント...

 応援、ありがとう。
 二次大戦中もそれほどではないけど、国民党との戦争時はすさまじい指導力を発揮しているね。やっぱりそういう目で見ると、彼は政治家ではなく軍人だったのだと思う。

jwh-122 さんのコメント...

正直に言うと、私もそれは上記のトピックに情報のまともな作品を見つけることがいかに難しいか想像できませんでした。私はあなたのサイトに出くわした前に、それは私に数時間かかりました。
jwh-122