2008年9月1日月曜日

人の意見を自分の物とする者

 以前、というか今でもそうですが、私があれこれ政治談議を若い人間にしていると、

「花園さんの話とか聞いているとためになるのですが、一体こういった問題だと、誰の話を信用したらいいのかわからないのです」

 という風に言われることが非常に多いです。 
 確かに、政治政策などの問題だと複雑であるし、何が実際に効果があるのかといったことは非常にわかり辛いということはあります。しかしそれにしても、何が良いか悪いかはじっくりその人の意見、果てには対抗意見をよく聞いて、その上で自分で考えろ、人の意見を鵜呑みにするなと叱り飛ばしてやりたいのが本音ですが、最近だとこういう人間の方がマシだったと思うようになりました。

 というのも、最近だとろくすっぽ知識もないくせに、人の意見は聞かずに根拠なく自分の意見が正しいという人間が増えてきました。それこそネットの意見をそのままなぞるだけなので、「それはどこそこのサイトの○日の記事だね」といって私はそういった人間を黙らせているのですが、その際にはいつも異様な不気味さを感じます。何故かというと、確かに人の意見を参考にしてそれに同意するというのはわかるのですが、そういった人は他人の言った意見をまるで自分が考えて出した意見のように言うからです。

 私は問題意識を持たずに考えない人間よりあれこれ物事を考える人間の方を評価します。しかし、わからないことをわからないという人間はソクラテスの「無知の知」ではないですが、先ほどのセリフを言った人間のようにそれはそれでまだ素直さもあり、まともな人間だと思えます。できれば考えてほしいけど。
 ですが、人の意見を自分の意見かのように言う人間は言語道断です。さらにその問題について自分から対抗意見や掘り下げたりもせず、漫然とその意見の正当性を主張するなんて持っての外でしょう。

 引用なら引用だとあらかじめ言い、その意見に賛同しているというならそう言えばいいだけです。別にこれは恥ずかしいことではなく、その意見に対して同意か不同意か、何故そう考えるに至ったのかという過程は非常に重要ですし、曲がりなりにも問題を考えているといえます。ですがこのところ私が出会う変な人たちはそういった過程を一切経ずに、最初に目に入った意見だけをひたすら盲信する傾向が特に強いです。
 そういった人たちのもう一つの特徴を言うと、最初の意見を盲信するあまり、どれだけ別の意見の有効性を訴えたところで考えを変えないというところもあります。どうも考え方を変えるのは、自分が負けると勘違いしているのかもしれませんが、そういうことは全くないのですし、こっちとしても勝ち負けにこだわっているわけじゃありません。

 やや散文的に内容がばらばらになりましたが、こういった人間らが増えるということは社会にとって大きなマイナスです。人の言葉や姿だけを取り込むしかできない「カオナシ」という妖怪が千と千尋で出てきますが、一人や二人ならともかく、こんなのがそこら中にいる社会は私はごめんです。

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